ベルシエール=モンレーヴィル・ライン
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──ベルシエール=モンレーヴィル・ライン
第016号計画は防衛線をベルシエール=モンレーヴィル・ラインに定めている。
「今のところは予定通りだが……」
ベルシエール=モンレーヴィル・ラインを防衛する南部戦域軍司令官の二コラ・ヴィレット上級大将は司令部にて地図をにらみながらそう呟いていた。
国境線の部隊は無事に遅滞作戦を行い、魔王軍をベルシエール=モンレーヴィル・ラインに引き込んだ。後は魔王軍がその兵站線が伸び切り、さらにはこの防衛線で出血を強いられることで弱体化したところを叩くのだが。
「魔王軍の動きが妙だ。このベルシエール=モンレーヴィル・ラインに近づくにつれて、連中の動きがよく分からなくなっている。まるで大規模な欺瞞工作を行っているかのようである」
魔王軍は彼らが撤退する汎人類帝国軍の部隊に容赦なく追撃を行っていたときは、その動きはある程度把握できてたが、その追撃を振り切ったのちにその動きが不明瞭になっている。
無線は傍受しているし、残地工作員からの報告もあるのだが、魔王軍の部隊の動きは途端に分からなくなり始めていた。
なお悪いことに航空優勢は魔王軍の側にあって、航空偵察も行えない。
ローランド空襲の影響もあり、汎人類帝国空軍は後方に下がりきっている。前線に進出しようとせず、友軍を支援しようともしない。
「魔王軍は間違いなく南部を目指しているはずだ。旧ニザヴェッリル領での動きは完全な陽動だった。敵の主攻は間違いなく、この南部だ」
「ですが、魔王軍はどこへ?」
この南部戦域軍司令部の疑問に対する答えは魔王軍南方軍集団司令部が有していた。
「ツュアーン上級大将閣下。部隊は確実に集結しつつあります」
「うむ。我々は汎人類帝国の作戦に付き合ってやる義理はない。迅速にベルシエール=モンレーヴィル・ラインを突破するぞ」
魔王軍は夜間などの移動を限定し、汎人類帝国に悟られぬように前線に集結しつつあった。その狙いはもちろんベルシエール=モンレーヴィル・ラインの突破と、その後方にある穀倉地帯の制圧だ。
「これから北方軍集団が再び陽動を仕掛ける。そののちに総攻撃だ」
南方軍集団はブラウ上級大将指揮する北方軍集団と連携して、ベルシエール=モンレーヴィル・ラインの突破を目指す。
「砲兵に十分な砲弾はあるな?」
「もちろんです」
「よろしい。後は待つばかりだ」
ここでもっとも秘匿されていた部隊は装甲ワームを擁する装甲部隊だ。
装甲ワームは第一次・第二次土魔戦争で有益と判断され、部隊の規模は拡大されていった。今や装甲ワームを含めた装甲連隊を2個を基幹とする装甲旅団まで編成されている状態である。
魔王軍はこの装甲ワームを引き続き、破城槌にして戦線の突破を試みるのだ。
そして、密かな機動と攻勢準備が進められ──。
1745年9月。
魔王軍はまずは北方軍集団が陽動のための小規模な攻勢に出た。
本来ならば疑う余地もなく、南部が魔王軍の狙いだと分かっており、動揺する必要もなかったが、魔王軍がその動きを欺瞞し続けたために、ヴィレット上級大将を含め司令部は動揺してしまった。
北部が主攻かもしれないという考えは予備戦力の投入を慎重にさせてしまう。
そして、その間に魔王軍の本当に主攻である南方軍集団が攻勢に出た。
「第1装甲旅団、前進、前進!」
かつて装甲大隊を指揮していたゴルト少佐は今や異例の昇進によって瞬く間に少将となり、そして第1装甲旅団を指揮していた。
魔王軍はこのような装甲ワームを擁する部隊を破城槌としながらも、他にも改革を行った部隊を主役にしていた。
まず人狼の武器がM1722小銃ではなくなった。
これまで改良を続けられながらも配備されていたM1722小銃であったが、機関銃が台頭すると火力不足が否めなくなった。
そこで魔王軍が新たに配備したのはM1742短機関銃だ。
口径7.62ミリの拳銃弾を使用するもので、M1722小銃よりも小さくて携行性に優れ、かつ近距離の火力は高いという武器である。
これが空中突撃部隊や特殊作戦部隊、また装甲旅団の随伴歩兵となる人狼を中心とした精鋭歩兵に配備され、彼らはより向上した火力と機動力によって敵の後方に回り込むことを狙いとしていた。
魔王軍の攻勢が開始されてから、その効果は表れつつある。
「塹壕を制圧して、速やかに進め!」
装甲ワームを盾にして前進した人狼の精鋭砲兵たちは塹壕で、このM1742短機関銃の真価を発揮した。狭い塹壕内では銃身の長い通常の小銃よりも、短機関銃の方が効果が高い。近距離で火力を発揮する武器は持ってこいなのだ。
魔王軍装甲部隊による突破があちこちで発生し、小規模な包囲がいくつも繰り返されては汎人類帝国軍の部隊が撃破されて行く。
しかしながら、汎人類帝国軍も第二次土魔戦争のときのように全く打つ手なしであったわけではない。彼らも装甲ワームを脅威として、対策を進めていたのだ。
さて、ベルシエール=モンレーヴィル・ラインを突破すべく、前進していた第1装甲旅団の装甲ワームが突如として頭部を吹き飛ばされた。さらに後方の1体が撃破される。
「下がれ、下がれ! 狙われているぞ!」
前線指揮官が素早く指示し、装甲ワームは後退。
装甲ワームを撃破したのは、新たに汎人類帝国に配備された対装甲砲だ。口径37ミリの小型のものから、口径75ミリ、口径90ミリと高射砲を転用した大口径のものまで、さまざまな種類を有する火砲である。
その威力は口径37ミリでは苦戦するが、大口径のモノでは先ほどのように一撃で装甲ワームを撃破するほどだ。
第1装甲旅団は最初に汎人類帝国軍の対装甲陣地に出くわした部隊であった。
「敵の対装甲ワームの火砲が配備されている、と」
そののちに偵察に出た部隊によって、その陣地は確認され、第1装甲旅団旅団長のゴルト少将に報告された。
「どうなさいますか、閣下?」
「どうもこうもあるか。損害を恐れず前進せよ。ゴブリンどもの群れを叩きつけつつ、装甲部隊も前進だ。そうやって敵の攻撃を正面に引き付けつつ、人狼たちは別方向から浸透して陣地攻略を目指せ」
「了解」
そして、第1装甲旅団による対装甲陣地再攻撃が実施された。
ゴブリンの群れが陣地に押し寄せては機関銃によって薙ぎ払らわれ、装甲ワームは対装甲砲が火を噴いて迎え撃つ。
しかし、人狼たちは密かに敵の抵抗の薄い場所から浸透しており、側面から対装甲陣地に向けて襲い掛かった。
「人狼どもだ!」
「お、応戦しろ!」
側面からの奇襲を受け、肉薄された対装甲陣地が陥落するまでは、あっという間のことであった。対装甲陣地は陥落し、対装甲砲は鹵獲された。
そして、魔王軍はまるで限界がないように前進していき、あちこちで汎人類帝国軍を撃破し、包囲し、殲滅する。魔王軍の主攻は未だに北部ではないかと疑う司令部の決断の鈍さもあって、予備戦力は適切に投入されなかった。
今やベルシエール=モンレーヴィル・ラインで敵を迎え撃つという第016号計画は完全に破綻している。
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