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バランス・オブ・パワー

……………………


 ──バランス・オブ・パワー



 魔王軍は汎人類帝国との戦争を決意している。


 彼らは旧()()()()()()()領──今のリヒテンハイン政権領にグレートドラゴンを展開させた。


 さらには魔王海軍の北方艦隊が再びリヒテンハイン政権領の海軍基地に展開。


『我々は友邦たる魔王国の助けを得て、ローランドでニザヴェッリル政府を僭称するものたちを打ち払うであろう! 我々真のドワーフたちが勝利するときは近い!』


 リヒテンハイン政権のプロパガンダ放送のパターンも変わった。


 これまではヴェレンホルム島に関する放送だけを行っていたプロパガンダ放送は汎人類帝国の帝都ローランドとニザヴェッリル亡命政府に関する放送を増やし、あたかも攻撃は近いかのように述べていた。


 この変化のパターンを汎人類帝国は攻撃の兆候と見た。


「リヒテンハイン政権の攻撃だとして、魔王軍が我々を攻撃する可能性があります」


 汎人類帝国では臨時の閣議が開かれ、国防大臣のオリヴィエ・デュフォールが報告。


「わざわざそんな見え透いた偽装工作をする意味は?」


「魔王軍も今は全面戦争を望んでいないということでしょうか」


「限定的な戦争にするため、か」


 リヒテンハイン政権と汎人類帝国は戦争状態にはなかったが、激しく対立している関係にある。それに以前から領土問題として存在していた国境地帯の係争地域を、ニザヴェッリルが崩壊すると同時に制圧したことから、恨まれている。


「狙うとすれば国境の係争地域でしょう」


「待て。我々はこれまで何度もそのような魔王軍の動きに騙されてきていた。ニザヴェッリルもエルフィニアもだ。今回もリヒテンハイン政権の動きは陽動ではないか?」


「確かに……」


 首相のジャック・デュヴァルが指摘するのに列席した閣僚たちが頷く。


「よってだ。全軍に警戒状態を取らせたい。それから動員についても準備を」


「分かりました。手配します」


 こうして汎人類帝国は魔王軍側の不審な動きに、全軍が警戒してことに当たった。国境線の警備は強化され、動員対象の市民は地元から移動することが禁止される。


 この情報は潜入していた陸軍参謀本部と国家保安省の特殊作戦部隊によって確認されていた。


「敵は我々がニザヴェッリルと汎人類帝国の係争地域を狙った小規模な戦争ではなく、全面戦争を狙っていると察知しているようです」


 ジェルジンスキーがソロモンにそう報告する。


「欺瞞工作が十分ではなかったようです」


「仕方あるまい。今の汎人類帝国の政権は用心深い。それに連中は大した根拠もなく、全面戦争準備を始めれば、それを口実に我々は戦争を始められる」


「そうなれば情報工作も容易になるかと」


 ソロモンが言い、ジェルジンスキーが頷く。


 汎人類帝国の過剰反応を理由に戦争を始めれば、戦争の原因を汎人類帝国に押し付けられる。そうなれば汎人類帝国内のハト派などを扇動して、反戦デモを引き起こして、汎人類帝国の動きを鈍らせられるだろう。


「しかし、連中は非常に情報戦に強い。じっくりとやらなければ、あまり効果のある行動を扇動することはできないだろうな」


 ソロモンは汎人類帝国が統一党一党独裁であるが故に、外部からの政治工作に強いことを認識していた。


 少なくとも汎人類帝国はニザヴェッリルのような醜態をさらすまい。


「それから、だ、ジェルジンスキー。少しは手柄を軍部に譲れ。お前は軍部の老人たちに恨まれているぞ」


「……それはやむを得ないかと」


 オリーフ退役上級大将とカリグラ元帥が手を結んだことは、ジェルジンスキーも認識していた。彼は軍部に恨まれる理由は分かっていたが、軍部を監視する立場からして、それを必要な憎悪と認識していた。


「今のタイミングで軍部に反乱や内戦など引き起こされたくはない。お前は一歩下がり、軍部を立てろ。それぐらいのことはできるであろう」


「分かりました。そのようにいたします、陛下」


「結構だ」


 ジェルジンスキーはそう言って退室した。


「カーミラ。お前はジェルジンスキーを嫌っていたな」


「……いえ。そのようなことは」


「隠さずともよい。やつを嫌う理由は私にもよくわかる」


 カーミラが言いにくそうに言うのにソロモンはそう返した。


「情報戦というのは、どうしても監督することが難しくなる。情報機関というのは得てして派閥化し、秘密結社めいた側面を持つからだ。誰も知らない情報を握っているという優越感がそれを産むのだろう」


 私ですらジェルジンスキーたちが実際に何をやっているのか完全に把握できていないとソロモン。


「だが、連中は必要だ。恨まれようと、嫌われようと必要なのだ」


「はい、陛下」


 この後、ソロモンは陸軍のシュヴァルツ上級大将を呼び出し、改めて陸軍から汎人類帝国の動きについて報告を受け、それを最初の報告として扱った。


 ソロモンが求めたようにジェルジンスキーは一歩下がり、今は軍部を讃えるプロパガンダが流されていた。だが、ジェルジンスキーは軍部の老人たちを見張るのを止めたわけではない。


 オリーフ退役上級大将とカリグラ元帥は政治的過ぎる軍人であり、そういう軍人は得てして不穏分子となりやすいのだ。


 国家保安省、軍部、文民、魔王ソロモン。この4つの派閥がバランスを保ちながら、魔王軍という存在は成り立っている。だが、今は軍部にて陸軍と空軍という二大派閥は手を結んだことで均衡は崩れかけていた。


「カリグラ元帥を呼べ」


 ある日、ソロモンはそう命じた。


 カリグラ元帥は副官を連れて王都バビロンを訪れ、急な呼び出しに訝しみながらも、宮殿へと入った。


「カリグラ元帥。よく来た」


「あなたの呼集とあらば、我らが魔王」


 ソロモンはカーミラを連れたのみでカリグラ元帥を出迎えた。


「これからの戦争において我々は統一された動きを求められている。陸海空軍が互いに連携しあう戦いだ。それについて異論はあるまい」


「確かに異論はない」


「だが、今の状況ではそれを成し遂げることはできない」


 ソロモンはそういう。


「だから、軍部に改革をもたらすつもりだ。新たに私の直属となる統合参謀本部と統合参謀本部議長の地位を設置する。陸海空軍に対して強い権力を有するものだ」


「なるほど。有意義なものだと思うが」


 カリグラ元帥は自分が呼びだされた理由が少しずつ分かってきた。


「カリグラ元帥。お前を大元帥に次ぐ人民元帥に任じるとともに、初代統合参謀本部議長の地位に任じたい」


 ソロモンの提案はカリグラ元帥が予想したものであった。


 ソロモンは何もカリグラ元帥を評価して、この提案をしているわけではないのだろう。カリグラ元帥を高く評価するようにみせかけ、陸軍の反発を引き起こし、オリーフ退役上級大将との同盟を無力化するつもりだ。


 しかし、しかしである。


 カリグラ元帥がオリーフ退役上級大将と手を結んだのは、自分たちを監視し、下に見ている国家保安省に対抗するためだ。


 もし、カリグラ元帥が単独でそれをなせるなら、陸軍の面倒まで見てやる必要はない。そして、恐らくカリグラ元帥に提示された人民元帥という地位は政治的にそれを可能にする。


「謹んで引き受けよう、我らが魔王」


 かくして勢力均衡バランス・オブ・パワーは保たれた。


……………………

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