ゲリラ戦
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──ゲリラ戦
1740年12月。
魔王軍南方軍集団はようやく攻撃の準備が整ったとして、土石流作戦を発動。
魔王軍は一斉に攻勢に出た。
しかし、エルフィニアはそう簡単に自分たちの祖国を蹂躙させるつもりはなかった。彼らは備え続けていたのだ。
「攻撃だ!」
そう声が上がるのは前線ではなく、その後方。魔王軍の兵站線を担う道路であった。
そこで馬車で物資を運んでいた魔王軍の隊列が突然の砲撃と銃撃を浴びて、輜重兵のゴブリンやオークたちが必死に逃げていく。
「やったぞ! ざまあみろ!」
魔王軍の車列を狙ったのはエルフィニア軍のエルフたちだ。
そう、彼らは敵地後方でのゲリラ戦を始めたのである。
ゲリラ戦力の半数以上は緊急に徴募された一般市民だが、彼らは土地に詳しく、またエルフたちはほぼ全員が射撃の腕がいい。
これをエルフィニア軍の将校たちが指揮することによって、彼らは絶大な戦果を挙げつつあったのだった。
彼らは車列だけでなく、通信機材や物資集積所、果ては司令部までを襲撃し、ブラウン大将がその襲撃で一時負傷した。
魔王軍は再び物資不足に陥り、前進が停止してしまう。
「またしても停止してしまうとは……」
慎重だったツュアーン上級大将も再びの前進停止を迫られるのに渋い表情だ。
「敵のゲリラ戦は無視できなくなりつつあります。いかがしましょうか?」
「車列や物資集積基地、そして司令部などの護衛戦力を強化するのがひとまずだ。それから根本的にゲリラを殲滅していく」
参謀の質問にツュアーン上級大将がそう答える。
「敵ゲリラはさほど重装備でもなく、敵は航空優勢を喪失している。確実に敵を潰していくぞ。あらゆる火力を以てして、エルフたちを狩り尽くせ」
「了解」
そして、南方軍集団によるゲリラ狩りが始まった。
占領地の統治を行っている内務省の警察軍も動員され、大規模な捜索が行われた。
占領下の住民たちはゲリラとの関与を疑われて、拘束され、拷問され、そのまま死んでいった。魔王軍の拷問は凄惨で、仮に拷問に耐えても、精神が崩壊しているのがほとんどのことであった。
また魔王軍はゲリラの情報を提供したものに褒賞を与えるとした。
魔王軍の占領下になってから物価が急騰し、生活にあえいでいたエルフたちは、ついに同胞を売るという行為に及んだ。
彼らの情報で魔王軍はゲリラの一部を撃破することに成功したが──。
「駄目だ。この程度の掃討作戦では結果がでない」
ツュアーン上級大将は苦し気にそう言った。
「閣下。ゲリラ戦において敵を撃破する手段は包囲殲滅戦です。確実に敵のゲリラを包囲しして、殲滅する必要があります」
「それは分かっている。だが、この状況では包囲も何もない。敵が具体的にどこにいて、どこを包囲すればいいのかも分からないのだからな」
ツュアーン上級大将が言う通り、エルフィニアのゲリラは神出鬼没にして、捕捉するのが不可能に近いものであった。
魔王軍をさらに苦しめたのは、森の中に張り巡らされたブービートラップの類であった。手榴弾とワイヤーで作ったものや、落とし穴に鋭利な槍を備えたものまで、様々な悪意あるトラップが魔王軍を襲った。
これによって士気は激減し、魔王軍の将兵に苛立ちと恐怖が見えるようになる。
「まずは敵の補給路を断て」
魔王ソロモンは南方軍集団が苦戦しているとの報告を受けてそう指示する。
「敵の武器弾薬は無から生まれていきているのではない。補給をうけることで補充されているのだ。それを断てば、おのずとゲリラの活動は縮小するであろう」
ソロモンはそのように語った。
そして、魔王軍による大規模な補給路切断作戦が始まる。
「我々はこのケレブレス・ルートを断たなければならない」
南方軍集団司令部にてツュアーン上級大将がそう言った。
ケレブレス・ルートというのは、汎人類帝国からエルフィニアへの物資の輸送ルートであり、大した工業力もないエルフィニアが今も戦えている要因だ。
ケレブレス・ルートのひとつは深い山林の中にあって、航空偵察でも把握することは難しく、今なおその全貌は明らかになっていない。
しかし、あるケレブレス・ルートについては分かっている。
それは海路だ。
未だに南方海で影響力を持っているのは汎人類帝国海軍であり、彼らはその海上での優勢を生かして、海路でエルフィニアに物資を送っていた。
南方軍集団はこの陸路と海路のケレブレス・ルートを切断しなければならない。
「やはり爆撃ですか?」
参謀がツュアーン上級大将に尋ねる。
現在、考えられていたケレブレス・ルートの遮断は爆撃によるものであった。ケレブレス・ルートを徹底的に爆撃し、補給を遮断しようというわけだ。
「そうしたいところだが、小規模の地上部隊も投入する必要があるだろう。まずはケレブレス・ルートを把握しなければならないのだ」
陸路のケレブレス・ルートはどこにどう通っているのか、完全には分かっていない。そうであるが故に爆撃を実施するにしても、偵察部隊を投入して、ケレブレス・ルートの把握を行う必要があった。
「閣下。それならば空軍の空中突撃部隊か、あるいは独立特殊任務旅団に任せることになるかと思いますが」
「うむ。そうだな。独立特殊任務旅団を投入しよう。作戦の策定を求める」
「了解」
こうしてケレブレス・ルートを巡る戦いが始まった。
各独立特殊任務旅団から4名の偵察要員とそれを支援する部隊で編制された長距離偵察部隊が発足。深夜に海路や空路でエルフィニアの森林部に浸透し、ケレブレス・ルートの偵察を実施した。
「大佐殿。音がします。馬車の音です」
「やっとか。そろそろだとは思っていたが」
オランジェ大佐の部隊も長距離偵察部隊に編入され、任務に当たっていた。
オランジェ大佐はある程度大きな道路を数日にわたってじっと監視し、これがケレブレス・ルートなのかを確認しようとしているところだ。
「来ました。馬車の列です。かなりの規模ですよ」
「間違いないな。ここがケレブレス・ルートのひとつだ」
軍事物資を積んだ馬車が森に覆われた道路を移動していくのに、オランジェ大佐たちが獰猛な笑みを浮かべた。獲物を前にした笑みだ。
「空軍に爆撃を要請しろ。根こそぎ吹っ飛ばすぞ」
「了解」
オランジェ大佐たちは位置を記録し、空軍に爆撃を要請。
レッサードラゴン複数に護衛されたグレートドラゴン──ぺルナティクスが飛来し、通報があった位置に向けて熱線を照射した。
大地が裂け、森が燃え、エルフたちが蒸発していく。
同時に軍事物資に引火し、弾薬が激しく爆発した。きのこ雲が立ち上り、数トンもの爆薬が消し飛んだ。
このようなケレブレス・ルートへの攻撃が続き、魔王軍はじりじりとエルフィニアを苦しめていったのであった。
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