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大剣作戦

……………………


 ──大剣作戦



 1738年12月。


「報告いたします、陛下」


 魔王ソロモンの御前にて、陸軍参謀総長のシュヴァルツ上級大将が声を上げる。


「我々はエルフィニア先制侵攻計画として大剣作戦を策定いたしました」


「述べよ」


 シュヴァルツ上級大将の報告にソロモンがそう求める。


「はい。我々がまず達成しなければいけないのは、エルフィニアの国境付近に流れる川であるラウィンドール川です。ここを早急に突破しなければ、エルフィニアに対応の時間を与えます」


「ラウィンドール川にはダムがあったな」


「その通りです。もちろん敵も無思慮にダムを爆破することはないでしょうが、爆破の可能性はゼロではありません。そうであるからにして、迅速にラウィンドール川を突破し、ダムの制圧も急ぐ必要があります」


「分かった。最大限の努力をせよ」


 魔王国とエルフィニアの国境付近を流れるラウィンドール川には治水用のダムがあり、そのダムが爆破されるなどすれば、ラウィンドール川は氾濫して周辺のインフラを全て破壊しつくしてしまう。


 そうなれば魔王軍の侵攻も足止めを食らうだろう。


「エルフィニアにはこれといって強固な要塞は存在しません。我々はまず南方軍集団を編成し、同軍集団による北部を主攻として攻撃を実行します。ですが、恐らく最初の攻勢では敵首都であるアルフヘイム制圧は困難でしょう」


「攻勢限界か」


「はい。エルフィニアのインフラは正直なところニザヴェッリルに劣っています。エルフたちは大きな道路を整備することに消極的でしたから。そのためニザヴェッリルでの進軍より遥かに困難な進軍になるものと予想できます」


 エルフィニアのエルフたちはあまり道路を作ったり、橋をかけたりすることに熱心ではなかった。それらは彼らの愛する自然の光景を破壊するものであり、先祖代々の伝統に反するというのが理由だ。


 陸軍参謀本部は利用可能な鉄道路線も少なく、大規模な工兵部隊の編成が必要であると見込んでいる。


「他に問題は?」


「陸軍参謀本部で非常に悩んだ案なのですが、女王ケレブレスの暗殺について陛下はどうお考えでしょうか?」


「ふむ。陸軍は斬首作戦を考えているのか?」


「その通りです、陛下。エルフィニアの体制からして有効かと」


 斬首作戦。


 それは敵国の指導部の排除を狙った暗殺などの方法を取ることで、指揮系統をマヒさせ、その隙に攻撃を成功させるというものだ。


 しかしながら、今のところ魔王軍ではそれは教本に乗っているだけで、成功例などはない机上の空論に等しいものだった。だから、シュヴァルツ上級大将たちは、この冒険的な計画を実行するのか悩んでいた。


「確かに効果的だろう。あの国は国政のほとんどを女王であるケレブレスが決断し、実行している。軍事においてもそうだ。そうであるならば、それを失った際の打撃はとても大きなものに違いない」


「では、実行を?」


「だが、失敗した場合、我々が送り込む部隊は首都アルフヘイムで孤立しかねない。その点をどう考えるか、シュヴァルツ上級大将?」


 斬首作戦は当然敵首都に乗り込んで行うものだ。しかも前線を押し上げながら向かうのではなく、空中機動などで敵の防衛線を飛び越え、少数が敵地のど真ん中に投入されることになる。


 もし、斬首作戦に失敗すれば、敵地のど真ん中で孤立した部隊は危機に陥るだろう。


「少数の犠牲で多数の命が助かるならば、そうするべきかと」


「……そうか。ならば、そのようにするがいい」


 斬首作戦を実行する部隊が犠牲になるのを容認して、正面から攻め入る大軍勢の犠牲を減らす。一種のトロッコ問題だ。


 このトロッコ問題においてシュヴァルツ上級大将は少数の犠牲を容認した。


「海軍と空軍には引き続きヴェレンホルム島に注意を引かせておく。その間に準備を進めよ。我々はエルフィニアを滅ぼさなければならない」


「はい、陛下」


 ソロモンはシュヴァルツ上級大将にそう命じ、彼を退室させた。


 現在、魔王軍はヴェレンホルム島に注意を向けさせながら、同時にヴェレンホルム島への関与を抑えてていくことで平和を印象付け始めている。


 事実、汎人類帝国は戦争は回避できたと思っているし、ニザヴェッリル亡命政府も安堵の息を吐いていた。


 しかし、戦争は回避できてなどいない。


 魔王軍は戦争を計画している。


「カーミラ。何故我々がエルフィニアと戦争をしなければならないか。分かるか?」


「先の第二次土魔戦争に介入したことからでしょうか」


「それもある。我々に敵対行動を取っても、それを問題視しないというのは、これからの安全保障において問題になる。敵対行動にはそれ相応の報復をしなければならない」


 カーミラの言葉にソロモンはそう語る。


「だが、私にはひとつの懸念があるのだ。魔術に優れたエルフと工業力に秀でた人類。このふたつが団結した場合、我々は敗北するのではないかとな」


 エルフも優れた魔術と汎人類帝国の膨大な人口から生まれる工業力。そのふたつが合わさった時、何が生まれるのか。


 恐らく工業力しか秀でていない魔王軍の予想を上回るものとなるだろう。


 既に魔王軍にはない魔力探知機などの技術は、あらゆる場所で役に立っており、汎人類帝国とエルフィニアはそれを入手できない魔王軍に差を付けている。


 ソロモンが危惧しているのはそういう事態だ。


「よって、エルフィニアと汎人類帝国が本格的に連携する前に叩く必要がある」


 これは将来を見据えたことであった。将来的に魔王軍が不利になれば汎人類帝国もエルフィニアも容赦なく魔王軍を攻撃するだろう。


 ならば、自分たちが優位な間に相手を叩いてしまえばいい。


「幸い、今は我々に勝算がある。だから、今やらねばならないのだ。覇を唱えるためではなく、ただ我々が生き残るために」


 どこから力なくソロモンはカーミラに語った。


「いや。これは私の我がままだな。私は戦争をするのにあれこれと理由を付けて、自分を納得させようとしている。ただ、純粋に奪い、殺すという行為に強引に付加価値を付けようとしている。私を愚かだと思うか、カーミラ?」


「いいえ。陛下は愚かなどではありません」


「そうか」


 ソロモンはそう呟くと黙り込んだ。


 政治の季節は一度終わり、戦争の季節が再び訪れる。


 魔王軍は新たに南方軍集団を編成し、司令官に人狼の陸軍将官ツュアーン上級大将を任命。彼の下にオッカー軍、グラウ軍、ブラウン軍を置いた。


 南方軍集団は徹底した偽装の下にエルフィニア国境へと集結し、軍の戦略機動を悟られぬように鉄道路線に沿って国家保安省の捜査官たちが立つことすらあった。


 この動きにエルフィニアは気づいておらず、エルフィニアは演習を終えて、一度動員を解除するということに。再びすぐに動員をかければ間違いなく混乱が生じるが、エルフィニアは魔王軍が攻めてくる可能性は低いとしていた。


 1739年3月6日。


 魔王軍はエルフィニアの国境を越えて同国に侵攻。


……………………

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