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アルトヴァルトの戦い

……………………


 ──アルトヴァルトの戦い



 アルトヴァルトに対する魔王軍の砲撃は未だに続いている。


「連中、諦めるという言葉を知らんな」


 その様子をアルトヴァルトから眺めるのはニザヴェッリル陸軍のトレスコウ中将だ。彼はアルトヴァルト防衛の指揮を執っており、彼の下には寄せ集めながら4個師団という軍団規模の兵力が集っていた。


 既にアルトヴァルトからは市民は避難していた。ニザヴェッリルでは東部を失った際に多くの難民が生まれ、犠牲になったことから市民の疎開について徹底した訓練が行われていたのである。


「しかし、魔術障壁はまだ持ちそうなのか?」


 トレスコウ中将はアルトヴァルト防衛軍団司令部にて魔術参謀に尋ねる。


「エルフィニア義勇軍の方からはもうあまり持たないだろうと……」


「そうか。それでもよくやってくれた。魔王軍はこの都市を落とすのに無駄に砲弾を使ったわけだからな」


 このアルトヴァルトにエルフィニア義勇軍部隊が残っていたのは幸運だった。彼らは僅かとは言えど、多くの魔術師が所属する部隊を引き連れていた。そしてトレスコウ中将は彼らを動員してアルトヴァルトに魔術障壁を展開させたのだ。


 他にもアルトヴァルトで足止めを食らっていた部隊は根こそぎ動員され、逃げようとするものは懲罰部隊に編入されて戦列に組み込まれた。


 しかし、エルフィニアのエルフたちによる魔術障壁もそろそろ限界だった。飽和が既に始まっており、いずれエネルギーを受け止めきれずにはじけ飛ぶだろう。


「魔王軍には徹底した市街地戦を仕掛ける。連中がこの都市の全ての家屋の全ての部屋を制圧するまで、連中にここを通させるな」


「了解」


 ここにいる将兵は自分たちはここで死ぬのだと分かっていた。友軍は助けに来るどころか、どんどん撤退していっている。その撤退を支援することが自分たちの役目なのだと彼らは理解していた。


 さらに多くの防衛に動員された将兵はドワーフたちで、彼らはここで自分たちが1秒でも多くの時間を稼ぐことで、祖国が守られる可能性が上がると信じていた。


 ある将軍は言っていた。『自分たちが自らの国を守っているということを普通の兵士たちが理解していなければ、どんな兵器や支援も意味はない』と。


 その点においてドワーフたちは完全に自分たちが戦う意味を、死ぬ意味を理解していた。彼らは後方に暮らす大勢の国民のために命を捨てるのだ。


 そして、ついに魔術障壁が飽和し、決壊した。


 砲弾がアルトヴァルトに降り注ぎ、破壊の嵐が吹き荒れる。


「前進、前進」


 魔王軍は相変わらずゴブリンとオークをけしかけて人海戦術に出ている。ゴブリンとオークが怯えて前進しないならば、後ろから砲撃して無理やり前進させるほどだ。


「もう既に砲兵による支援はあまり期待できないそうです」


「砲弾不足か……」


 前線で指揮を執る人狼の将校が部下の報告に唸る。


 アルトヴァルトの防衛を行っている三国同盟軍は上手くやった。魔王軍はとにかく魔術障壁を飽和させようとありったけの砲弾を使ってしまい、砲弾が不足する羽目になっているのだ。


 これまでの追撃戦が慌ただしかったことも理由のひとつである。兵站線はどんどん伸びていき、前線に届く物資は先細って減りに減っていく。


 そんな中で大規模な砲撃戦をやったのだから、砲兵の砲弾が底を突きかけていると言われても不思議ではないだろう。


 さらに言えばまさにそんな状況だからこそ、このアルトヴァルトを魔王軍は確保したがっていた。この街には鉄道の路線も集まっており、都市内で焦土作戦が行われる前に確保できればまだまだ前進できるのだ。


 しかい、もはや魔王軍は無傷でアルトヴァルトを確保するどころか、アルトヴァルトを確保するという時点で疑問に感じるほどの物資不足だ。食料などはこれまでの村々で略奪してきたものの、弾薬と医薬品は畑で取れない。


 前進するのに武器がなければ困るのは当然だ。またゴブリン、オーク、トロール程度ならば負傷しても捨ておいていいものの、人狼やドラゴンたちはそういうわけにはいかない。医薬品も必要だった。


 こんな状況を受けて、いくら使ってもいなくならないのがゴブリンくらい、と魔王軍の将校は冗談を言う。


 とはいえ、このゴブリンの人海戦術はされる方にしたら馬鹿にならない。


「クソ! 地面が見えない! 敵だらけだ!」


「なんてこった!」


 砲弾に限りがあるのは籠城しているアルトヴァルト防衛軍も同様だ。彼らはありったけの砲弾をかき集めて籠城を始めたが、もう既にアルトヴァルトの後背は魔王軍よって断たれ、補給の見込みはない。


 だが、ゴブリンの人海戦術を粉砕するには砲撃がなければならない。それなくして自分たちの数十倍どころか、数百倍は存在しているゴブリンの軍勢を食い止めることなど不可能である。


 砲兵は余力あるうちは砲撃を行ってゴブリンたちを迎撃する。野砲の水平射撃にはキャニスター弾も使用され、ゴブリンたちは薙ぎ払われては、ミンチになった友軍の死体を越えて進み続ける。


 ゴブリンは次々と波状攻撃を仕掛け、粉砕された城壁に閉じこもっていたドワーフたちを駆逐し、都市内に戦線を押し上げた。


「前進だ! 前進することだけを考えろ!」


 人狼の将校たちが叫び、オークが進み始めた。さらに火砲を引いたトロールが進む。トロールは旧式ながら使い勝手のいい口径57ミリ山砲や迫撃砲を引いている。


「ロート大将閣下。第99狙撃兵師団がアルトヴァルト市街地に乗り込みました。一番乗りです」


「よろしい。師団長と最初に乗り込んだ小隊の指揮官に後で勲章を申請しておこう」


 この時点で魔王軍にはさほど抵抗もなくアルトヴァルトを落とせるのでは? という楽観的な予想すらあった。砲兵が欠けたことは痛いが、既に救出の見込みもなく、全滅を待つばかりの三国同盟軍の士気は低い、と。


 だが、そんなことがないことはすぐに証明されてしまう。


 ある魔王軍の歩兵小隊が前進中に下士官の人狼の頭がはじけ飛んだ。狙撃だ。


「伏せろ、伏せろ!」


 すぐさま将校が叫び、兵士たちが伏せる。すぐに次の銃弾が飛んできたが、それは外れて、その隙に歩兵小隊は遮蔽物に退避した。


 遮蔽物から砲撃によって壁面が破壊された建物の並ぶ市街地を見ると、様子を見ていた将校の傍に銃弾が着弾し、将校が慌てて引っ込む。


「クソ。狙撃手をどうにかしないとここは通れないぞ」


「砲撃支援は?」


「もうない」


 魔王陸軍の砲兵はよほどの必要性に迫られない限り、砲撃支援を行わなくなった。それだけ砲弾の備蓄が危機的だということだ。


 狙撃手は立て籠もっていると思われるのは通りを見渡せる教会の尖塔と思われ、何度かゴブリンをけしかけながら、歩兵小隊は狙撃手の位置をもっと正確に掴もうとする。


「間違いない。あそこだ。どうにかして辿り着かなければ……」


「ゴブリンをけしかけてから、それとは別方向から攻撃を仕掛けては?」


「上手くいくと思うか? 俺にはどうにも相手に気づかれる気がする」


「ですが、他に取り得る手段はあまり」


「分かっている。一斉にゴブリンどもを放って、煙幕を展開したのちに突撃だ」


 狙撃手という存在はただひとりで自分の何十倍もの戦力を拘束する可能性がある兵科だ。これに対応するにはこちらも狙撃手を繰り出すか、狙撃銃より圧倒的に射程が長い火砲で叩くか、あるいは波状攻撃で対応能力を飽和させるかだ。


 この小隊に狙撃手はおらず、火砲の援護はないため、最後の手段が取られた。


「行け、行け!」


 ゴブリンたちが放たれ、一斉に教会に向けて突撃。それに続いてオークも教会へと向かっていく。手にはM1722小銃を手にし、ゴブリンたちはそれを乱射しながら、ひたすらに教会へと押し寄せていった。


 同時に人狼たちは建物内を通過して狙撃手の目を避け、別方向から教会に向けてアプローチ。狙撃手を叩くために忍び寄る。


 こののち狙撃手は討ち取られたが、小隊は甚大な被害を出した。


……………………

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