独立特殊任務旅団
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──独立特殊任務旅団
開戦と同時に空中機動してグスタフ線後方に回り込んだ陸軍参謀本部隷下の独立特殊任務旅団。第1から第4までが動員され、グスタフ線後方での攪乱任務に当たっていた。
オランジェ大佐は最後までゴルト少佐にも自分の正式な所属部隊を明かさなかったが、彼が所属していたのは第1独立特殊任務旅団で、そこにある敵地での情報活動を含んだ多岐にわたる特殊作戦を担当する連隊の指揮官であった。
「行くぞ、諸君」
オランジェ大佐がそう指示し、彼らはシュタインバッハ村へと向かう。
彼らの姿は人間そのもの。彼らが纏うのは汎人類帝国陸軍の軍服。彼らが下げているのは汎人類帝国のフレジール小銃。
つまりどこからどう見ても汎人類帝国の将兵だった。
そして、オランジェ大佐たちは装甲ワームが攻撃を仕掛けた方角ではなく、ボートでレーテ川支流を渡り、全く反対の方向からシュタインバッハ村に接近した。
「止まれ!」
「撃つな! 味方だ!」
シュタインバッハ村では汎人類帝国の憲兵が街道に立っていた。グスタフ線から逃げ出してきたわけではなく、構築中だったエミール線から派遣された部隊だ。
「銃を降ろせ、友軍だ!」
「増援か?」
憲兵たちは銃を降ろし、しげしげとオランジェ大佐たちを見る。
「第78歩兵師団第783連隊第A大隊だ。私は指揮官のミシェル少佐」
「第78歩兵師団ですか。しかし、大隊にしては規模が小さいようですが……」
「途中で魔王軍に待ち伏せされた。後方にはもう既に魔王軍の大部隊がいるぞ。私たちはお前たちの撤退支援に来たようなものだ」
「ま、魔王軍の大部隊が後方に……!」
この会話はわざと兵士たちに聞こえるような声でオランジェ大佐は言っていた。
「指揮官に会いたい。どこだ、伍長?」
「こちらへ」
それからオランジェ大佐は部下を待たせて、このシュタインバッハ村を防衛する三国同盟軍の指揮所に向かった。
彼の部下たちは村の中に入り込み、鋭い嗅覚でエルフを捉えた。それからゆっくりとエルフたちに近づいていく。
「やあ。エルフィニアからの援軍か?」
「そうだが……」
にこにこと笑ってオランジェ大佐の部下が話しかけるのに、エルフたちは何やら不審に思うところがあったらしく警戒し始めた。
「なあ、あんた方は汎人類帝国のどこの出身だ?」
「シャトーヌーヴ。そこの生まれだ」
「ほう。じゃあ、あんたの好みはサーモンかね。あれはどう料理しても美味い」
「大好物だよ」
エルフたちはオランジェ大佐の部下と最初は笑っていたが、人狼の兵士がそう答えたのと同時に銃を構えた。
「南部のシャトーヌーヴでサーモンは取れないんだよ。知らなかったか?」
「らしいな」
エルフに指摘に人狼たちは降参だというように両手を上げ──。
「芝居は終わりだ」
人狼の、その獣としての姿を見せるとエルフたちに襲い掛かった。
「じ、人狼だ!」
「殺せ!」
周りにいた兵士たちが悲鳴を上げ、エルフたちはすぐに発砲した。
「エルフの血を味わうのは久しぶりだな」
エルフの兵士が発砲した銃弾を鋭い爪で弾き飛ばし、人狼がエルフに食らいついた。エルフは首に食らいつかれ、その肉を引きちぎられて頸動脈から鮮血を噴き上げる。
「ま、魔王軍だ! もう回り込まれている!」
「に、に、逃げろ! 撤退だ! このままじゃ包囲される!」
誰が最初に叫んだが撤退の声が上がり、これを正規の命令だと思った兵士たちが次々に撤退というなの潰走を始めた。
「何が起きた!?」
ファノン曹長の重砲部隊にも撤退命令は響いてきたが、彼は今撤退するはずがないと長年の兵士としての勘からそれを疑った。
「曹長殿! 人狼の襲撃です! 連中がエルフたち……!」
「クソ。この戦争はこれだから嫌になる」
戦争のルールなどクソ食らえの魔王軍の所業はファノン曹長もよく知っていた。連中にあるのは殺意と敵意だけだと。
あとたっぷりの悪意かとファノン曹長は思う。
「工兵に連絡をとって橋を爆破させろ! 魔王軍のさっきのワームどもが渡河するのを防ぐんだ! それから指揮所にも人を送って知らせろ! 急げ、急げ! 死にたくないなら走るんだ!」
このファノン曹長の取った行動は明らかな指揮系統を外れた行動だったが、この場合は正しかった。
既に指揮所は壊滅しており、指揮官は不在なのだ。
「おうおう。始まったなあ」
先に指揮所を単独で壊滅させたオランジェ大佐は。その外で部下たちが主にエルフの部隊と交戦状態に突入したのを確認した。
「血を流せ、エルフども!」
「魔術師、援護を頼む!」
人狼たちが襲い掛かるのにエルフの魔術師が素早く魔術障壁を展開して攻撃を防ぐ。さらに魔術障壁に意図的に多くの魔力を流して暴発させ、それによって人狼を狙った。
傷を負った兵士にも魔術師が治癒魔術で傷を可能な限り癒していた。
世界にはかつてはもっと様々な魔術があったらしい。
氷を生み出す魔術や炎を燃え上がらせる魔術。そういうものがあったそうだ。
だが、それらは時を経るごとに科学によって代替され、隠されていた神秘を失って行った。時代を経るごとにそれは加速していき、今や僅かな奇跡だけが残されている。
それはエルフだけではなく、魔族にしても同じことだが、エルフたちは魔族より魔術に固執していた分、時代の進歩は彼らにとって残酷なものだった。
覚えているだろうか。エルフィニア外務大臣のティリオンも、自分たちが存在し続けるには神秘が必要だと語っていたことを。まさにその通りなのである。
「梱包爆薬!」
そんなエルフたちの抵抗に人狼たちが素早く対処した。
彼らはずっと魔術などに頼ってこなかった。彼らが信じるのは己の爪と牙、そして残忍な狩人としての本能のみである。
魔術障壁に対して叩き込まれた梱包爆薬が魔術障壁を飽和させて消し飛ばし、次の魔術障壁が展開させる前に人狼たちが切り込む。既にフレジール小銃には銃剣が付けられ、それを突き出してエルフたちを屠っていく。
「この卑怯者どもがっ!」
エルフの将校が手榴弾のピンを抜いて自分ごと人狼に突撃する。
人狼は彼を一瞬で爪でなぎ倒し、その死体を空高く放り投げた。空で爆発が起き、血と肉が僅かに降り注いだ。
「我らは狩人だ。ただの獲物を狩るのに卑怯もクソもあるか」
「我ら妖鬼のごとく!」
この時点でシュタインバッハ村のエルフィニア義勇軍はほぼ壊滅していた。エルフィニアの魔術師たちは最後まで抵抗を試みたが、本来なら友軍に守られて運用されるはずの彼らが白兵戦で人狼に敵うはずもない。
エルフたちはひとり残らず血祭りにあげられた。
「さあ、次は橋を押させろ。爆破させるな!」
「了解です、大佐殿」
そして爆破が急がれる村の橋を巡って争奪戦が起きる。
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