破棄
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──破棄
1733年4月4日。
連続した砲声がヴィオレット線にこだました。
『赤色作戦発動、繰り返す赤色作戦発動! 我々に勝利を! 我ら妖鬼のごとく!』
魔王軍はカッツェハイム停戦協定を放棄を一方的に宣言したのちに、ニザヴェッリル西部侵攻計画たる赤色作戦を発動。
用意された口径305ミリ列車砲も一斉に火を噴き、グスタフ線に砲弾が降り注ぐ。
列車砲はまるで山のように聳えるグスタフ線に砲弾を着弾させるたびに、その山を削っていく。口径305ミリの砲弾の威力はすさまじく、グスタフ線がいくら鉄筋コンクリートで作られていようと破壊からは逃れられていない。
砲撃とと同時に動き始めたのは、魔王空軍の空中突撃部隊、そして魔王陸軍参謀本部隷下にある独立特殊任務旅団だ。彼らは空軍のエアカバーを受けながら、グスタフ線の背後に向けて飛行していた。
「敵の空中突撃だ!」
「阻止しろ! 対空射撃、対空射撃!」
グスタフ線に配置されていたニザヴェッリル陸軍のドワーフたちが声を上げて、魔王軍の空中突撃を阻止しようとする。
ここで使用されるのは汎人類帝国が開発したガトリング砲だ。口径7.7ミリで、その銃弾は汎人類帝国の主兵装たるフレジール小銃と互換性がある。
それが対空射撃に使用され、魔王空軍のドラゴンやワイバーンを銃撃。
魔術障壁を持たないワイバーンを庇うようにレッサードラゴンが魔術障壁を展開して盾になり、魔術障壁が飽和して決壊する前に別のレッサードラゴンと後退する。
魔術障壁は無敵のように思われるが、そうではないのだ。一定の外部からの圧力を受けると魔術障壁はエネルギーの飽和が生じ、そして無力化されてしまう。
もっともグレートドラゴンともなれば、その魔術障壁を飽和させるのは非常に困難ではあるものの、それでも不可能ではない。
レッサードラゴンは賢明に友軍を援護しながら、敵の防空網に対して反撃。爆炎が浴びせられて防空監視哨や魔力探知機、そして対空火器が無力化されていく。
ここにきて最大規模の火力支援も魔王空軍は切っていた。、、
グレートドラゴンだ。
そう、第3航空艦隊に新たに配置されていたグレートドラゴンたるドミティアヌスが投じられ、グスタフ線の防空網制圧が開始された。
『こちらウァレリウスからドミティアヌスへ! 目標を指示した! 攻撃せよ!』
『ドミティアヌス、了解』
魔王空軍はカリグラが指揮する傭兵団であったころから、グレートドラゴンとレッサードラゴンを組み合わせた戦闘を行っていた。
グレートドラゴンが直接目標を捜索するのではなく、小回りの利くレッサードラゴンが爆撃目標を指示し、グレートドラゴンが攻撃。その後の爆撃評価までを含めてレッサードラゴンが後始末をする。
この方法は非常に効果的にグレートドラゴンの火力が発揮でき、無駄がないのだ。
防空網は瞬く間に制圧されて行き、空中突撃部隊はグスタフ線後方に到達。
「降下、降下!」
人狼のコマンド部隊が降下し、作戦を開始。
すなわち後方の攪乱だ。
第一次土魔戦争で行ったような司令部の襲撃や電信の切断などに鉄道の爆破、トンネルや橋といった要衝の制圧が実施される。
さらに空中突撃部隊にはグスタフ線そのものへの攻撃も任せられていた。
「行け、行け! 扉を爆破しろ!」
降下した空中突撃部隊によってグスタフ線後方にある鋼鉄製の扉が爆破され、そこから空中突撃部隊の兵士たちがグスタフ線内に突入していく。
空中突撃部隊の人狼たちはグスタフ線を背後から攻撃し、彼らが万全の状態でグスタフ線に迫りくる魔王軍の迎撃することを困難にすることが目的だ。
この攻撃に対処するために少なくない数の三国同盟側の戦力が拘束され、この攻撃は成功と言える結果を残した。
しかし、まだ魔王軍はグスタフ線を突破したとは言えない。
突破はこれから始まるのだ。
「前進、前進」
特別に編成されたゴブリンの大部隊がグスタフ線に波状攻撃を開始。
地面を覆いつくすゴブリンの群れがグスタフ線に迫っては火砲と小銃によって吹き飛ばされる。それでもなおゴブリンは進み続け、爆弾を背負ったゴブリンがグスタフ線のトーチカに飛び込んでは爆発する。
三国同盟側は野砲の水平射撃やガトリング砲の乱射を以てしてゴブリンたちを薙ぎ払うが、ゴブリンは銃弾の数より多いのではないかと思うほど押し寄せてくるのだ。これらを全て迎撃するはの不可能なように思われた。
「少佐殿。ゴブリンが敵のトーチカに取り付きました」
「よろしい。第501独立重装地竜大隊、前進開始」
ここで振るわれるのは魔王軍が破城槌として計算していた第501独立重装地竜大隊の装甲ワームたちだ。
ゴルト少佐が指揮する中で、装甲ワームが前進を開始。
タンクデサントならぬワームデサントで、装甲ワームの外装を掴み、オークたちが一斉にグスタフ線に突っ込んでいく。
三国同盟側は既にゴブリンによって多くのトーチカが封じられ、本来投入されるはずだった戦力も空中突撃部隊に拘束されている。
「ワ、ワームだ! ワームが突っ込んでくる!」
「砲撃を浴びせろ! 直接照準射撃準備!」
ここで汎人類帝国が配備していた口径75ミリ山砲が榴弾を装填して、ワームに向けて直接照準射撃を実施。榴弾は装甲ワームを直撃し、爆発がワームデサントしていたオークたちを吹き飛ばす。
「駄目だ! 畜生、向かってきている!」
「諦めるな! 次弾装填、急げ!」
砲兵たちは努力を続けたが、戦車並みの装甲を有するワームを相手に榴弾では勝ち目は薄かった。ワームが十分な距離まで接近したところで爆炎を吐き、彼ら砲兵たちの努力を終わらせた。
現在、グスタフ線は魔王軍の総攻撃を受けつつあり、状況は際どい。
既にいくつかの地点で魔王軍の装甲ワームに突破を許し、対処すべき予備兵力は魔王空軍の空中突撃部隊に拘束されている。
魔王軍は次々に兵力を突撃させているが、これはただ兵士をグスタフ線にけしかけているだけではない。人狼の将校たちはグスタフ線で抵抗の薄い場所を探り、その地点を選んで突破しているのだ。
司令部は人狼たちに全てを命じているわけではなく、上級司令部が求めるものを伝え、それを達成するための手段は現場に委任しているのである。
いわゆる訓令戦術ともいわれるもので、火砲の発展や機動力の増大、兵員数の増加などによって戦争の展開するテンポが激しくなるのに対処したものといえた。
しかしながら、グスタフ線は未だ陥落はしていない。この要塞線は強固に魔王軍に抵抗している。だが、それも時間の問題だろう。
グスタフ線は見積もりが甘かったと言えば甘かった。そして、魔王軍がその甘さを決して逃しはしなかった。
あるものはこうも言う。機動力こそが戦争の主役となる中で、要塞に立て籠もった三国同盟側は愚かであると。彼らは無駄な要塞など作っている暇があるならば、もっと別のことにリソースを使うべきだった、と。
歴史的に見てこの講評は正しいのかもしれない。
無敵を誇るはずのグスタフ線は崩壊寸前だ。
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