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防衛条約

……………………


 ──防衛条約



 1731年12月。


 ニザヴェッリルへ遠征軍を派遣した汎人類帝国とエルフィニアだったが、それはあくまでカッツェハイム停戦協定における停戦監視を目的としており、ニザヴェッリルとの何らかの軍事同盟によるものではなかった。


 そう、現時点ではいかなる軍事同盟も存在しない。


 ニザヴェッリルとの軍事同盟はおろか、汎人類帝国とエルフィニア間での軍事同盟も存在しないのだ。


 というのも、この3か国はこれまで良好な関係にあったわけではないからである。


 これまで根深い領土問題や歴史問題などが残り、魔王軍がそれを扇動し続けたために、ニザヴェッリルが既に国土の東半分を失ってもなお、3か国は軍事同盟を結ぶにまで至らなかった。


 だが、この状況を変えなければと、外交官たちは動き出した。


 まず汎人類帝国がエルフィニアとの同盟を目指し始めた。


 そのため王都アルフヘイムに外務大臣エリザベト・ルヴェリエが派遣される。


「問題は」


 エリザベトを迎えたエルフィニアの外務大臣ティリオンが切り出す。


「参戦条項をどうするか、です。貴国がニザヴェッリルとの軍事同盟を将来的に計画しているならば、その点を深く考慮したい」


「連鎖的に魔王軍との戦争状態に突入することを恐れておられるのですね」


「ええ。ニザヴェッリルのために流す血は、ニザヴェッリルに派遣した若者だけにしておきたいのです」


 ニザヴェッリルとエルフィニアを緩衝地帯にしている汎人類帝国と違って、エルフィニアは魔王軍と国境を接している。迂闊に参戦すると自国が戦場になってしまう。


「我々がこれから締結するであろうニザヴェッリルとの間での軍事同盟に巻き込まれることがないようには配慮します。参戦の義務は同盟を結んだ当事国間に限定するという条項を設けましょう」


 ニザヴェッリルと汎人類帝国の軍事同盟において、両国のいずれかが攻撃された場合に参戦する義務があるのは、同盟を結んだニザヴェッリルと汎人類帝国のみ。


 エリザベトはそうすることでエルフィニアが連鎖的に戦争に巻き込まれることを避けると約束すると提案。


「しかしながら、我が国かエルフィニアが攻撃を受けた場合、自動的にニザヴェッリルに参戦を求めるのも困難になります。その点はよろしいですか?」


「ええ。ニザヴェッリルは参戦するよりも、その軍事プレゼンスによって魔王軍をニザヴェッリル東部に留めておくことの方が重要だと認識しています」


 他国の戦争には参加しないのに自分の戦争には他国を巻き込むというのに、ニザヴェッリルが納得するはずもない。エルフィニアが連鎖参戦を拒むのであれば、ニザヴェッリルにも同様の条件を持ち掛けるべきだ。


「我々としては貴国との同盟は非常にありがたい。貴国が我が国の背後にいると魔王軍が思えば、彼らも迂闊に我が国に攻め込むような真似はしないでしょう。ただです。貴国の国民はこの条約に納得されるのか?」


 もう一度言うが、汎人類帝国はエルフィニアとニザヴェッリルという魔王軍に対する緩衝地帯を持っている。すぐにでも魔王軍との交戦状態に陥る可能性は低い。


 エルフィニア、ニザヴェッリルとの同盟はそのような利点を投げ捨て、自国民を他国のために死なせるような行いであった。


 ティリオンにとって今のボードワン政権は話の分かる政権である。無理なことを押し付けてこないし、過去のことをいちいち蒸し返しもしない。


 そうであるが故に彼らが国民からの支持を失って、失脚することは避けたかった。今まさに魔王軍の脅威が間近に迫っているのに、エルフィニアとの領土問題の方を取り上げるような人間に首相になられては困る。


「ご心配なく。今のところアンドレ首相は党内外から一定の支持を得ています。すぐに失脚することはないでしょう。ただ、我々が失脚したのちも、現実的な視点から引き継ぎが行われるかは……」


「ふうむ。あなた方人間は政治を物事を円滑に進めるシステムではなく、ひとりひとりの政治家によるパワーゲームとして扱う節がある。そのおかげであなた方は発展したのでしょうが、こういう場合は不適切ですな」


「我々の文化のようなものですから。非効率だと分かっていても、闘争が行われなければ健全ではないという考えすらあるほどです」


「様々な文化があることは私も知っています。しかし、現実的に政権が代わることで突然外交政策が変更になるのは困るのですよ」


 エルフィニアは女王ケレブレスによる絶対王政が永遠に続いている国だ。彼らの国で政変があったのは遥か昔のこと。


 だがらか、彼らには汎人類帝国やニザヴェッリルで繰り返し起きる政変が面倒なだけのことのように思えてならないのだ。


「分かっています。もちろん政変で問題に対するアプローチは変わるかもしれませんが、問題そのものが変わるわけではないということは理解されてください。我々の後でも、魔王軍という問題はなくなりません」


 頼れる友がニザヴェッリルとエルフィニアだけであることもとエリザベト。


「そうであればいいのですが。我々としも譲歩はすべきでしょう。あなた方のためではなく、自分たちのためにも」


 ティリオンはニザヴェッリルが再び魔王軍と交戦状態に突入した場合、エルフィニアは派遣しているエルフィニア義勇軍団が支援するだけでなく、物資援助などを行うことを約束した。


 こうしてまずは汎人類帝国、エルフィニア間での防衛条約であるアルフヘイム条約が締結。両国はいずれかの国が攻撃を受けた際に自動参戦する義務を有するとされた強固な同盟を結んだのだ。


 その後、汎人類帝国はニザヴェッリルとも防衛条約を結ぶことになったが、これとは違う結果となった。


『どうしてグスタフ線のために死ななければならないのか?』


 統一党内のタカ派が扇動した反条約キャンペーンにより、条約締結は妨害された。上のスローガンはタカ派が好んで広めたものだ。


 これによってニザヴェッリルとの間でエルフィニアと同様に自動参戦条項が盛り込まれた防衛条約を締結することはできなかった。


 ニザヴェッリルと同盟であるゾンネンブルク条約に盛り込まれたのは、いずれかの国が攻撃を受けた場合には両国はお互いのために可能な限りの努力をするということだけ。ニザヴェッリルとしても不満のある結果となってしまった。


 この時期から首相アンドレ・ボードワンへの批判が高まり始める。


 彼はハト派からは当初の理想を全うできず、ニザヴェッリルにおける帝国海外遠征軍の起こした犯罪などについても甘い処置を続けていると批判され、タカ派からは他国に妥協し続けていると批判された。


 またタカ派はジャック・デュヴァルを中心として首相の座を奪うために、大規模な反ボードワン政権キャンペーンを続けた。


 だが、そのような動きをアンドレは甘んじて受け入れていた。


「どうせ嫌われるのであれば、汚れ仕事をやってから退陣するよ」


 彼は戦争のために必要な市民の自由を大幅に制限する国家緊急権の拡大や軍拡のために必要な増税などの法案を次々に通し始め、民衆からの支持も低下し始めた。


 アンドレの行ったこれらの()()()()は後々になって汎人類帝国の助けとなる。


……………………

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