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テクノクラートたち

……………………


 ──テクノクラートたち



 1731年6月。


 スタハノフが失脚したのちに実行された第三次五か年改革の指揮を執るのは、男吸血鬼の技術官僚(テクノクラート)のクズネツォフだ。


 魔王軍にはこの手の技術官僚(テクノクラート)が多く、権力を握っている。


 魔王軍内の派閥では最大のものが陸軍で、その精神的指導者は人狼のオリーフ退役上級大将。かつて陸軍の重鎮であった人物だが、ソロモンが即位し第一次貴族戦争に従軍したのち退役している。多くの戦争に従軍した英雄だ。


 次に大きなものは空軍である。カリグラ元帥は言うまでもなく、空軍の利権をあの手この手で増やし、ソロモンの支持という政治的後ろ盾を武器にしていた。


 無視できないのは国家保安省も同様。ジェルジンスキーは陸軍からも空軍からも恐れられ、嫌われている。


 そして、技術官僚(テクノクラート)たちだ。


「メアリー大臣。私はあなたに感謝しているのです。このような重要な地位に推薦していただいて、本当に」


 クズネツォフはバビロンにある内務省庁舎は大臣執務室でそう言う。


「しかし、あたなが本当に我々の政治的後ろ盾になってくださると?」


 そして、そう疑問の声を上げる。


「ええ。考えてみて、クズネツォフ。私たちは結束するべきではないか、と」


 メアリーが僅かに微笑んでそう言った。


「軍は間違いなく結束している。陸軍はオリーフという過去の英雄の下に。シュヴァルツ上級大将も表にはあまり出さないようにしているけれど、陸軍の利権のためならば何だろうとするでしょう」


「オリーフ退役上級大将は今も大きな影響力をお持ちではありますが」


「でも、影響力という意味ではカリグラ元帥には及ばない。カリグラ元帥は軍唯一の元帥であり、空軍利権のためにその影響力を行使している。海軍はそこまでの政治力はないけれど、陸軍と空軍は凄まじいわ」


 クズネツォフが相槌を打ち、メアリーが言葉を重ねる。


「国家保安省も忌々しいことにし勢力としては大きい。あなたの前任者であるスタハノフを失脚させたのも彼らだから。ジェルジンスキーの下で彼らは結束している」


 そして、メアリーが本題を切り出す前に一区切り置く。


「それに対して私たち文民は? 私たちの指導者は誰で、どれほど影響力があるのかをあなたは答えられる、クズネツォフ?」


「だから、私たち官僚を支援する、と?」


「私たちも軍や国家保安省のように団結すべきだとは思わない?」


 軍人や国家保安省の捜査官たちが結束していたのに対して、文民官僚たちはそうでもなかった。彼らは魔王国の内務省や産業省、農林省などの多岐に及ぶ分野でばらばらの権力に従っていた。


 技術官僚(テクノクラート)たちは確かにそれぞれの庭では絶対に近い権力があった。だが、それは軍などと争う上では些細なものでしかない。


「なるほど。そして、あなたはオリーフ退役上級大将やカリグラ元帥のような地位につくわけですね。文民派閥の代表として」


 そう、メアリーは今は分断されている文民勢力を纏め、オリーフ退役上級大将たちのような派閥のリーダーという影響力を持とうとしているのだ。


「あなたたちにとって悪い話ではないはず。文民派閥は今は大きな後ろ盾もなく、勢力としては無視されてしまう。けど、ここで私が後ろ盾になれば、その状況も変わるかもしれない」


「ただ、あなたはそのためにグリューンを降ろせと仰るのでしょう?」


 メアリーの言葉にクズネツォフが疑わし気にそう言った。


 メアリーとグリューンの不仲はもはやクズネツォフたちも知るところだった。


 グリューンを降ろすために、彼の仲間である技術官僚(テクノクラート)を派閥への政治的後ろ盾になるのと引き換えに、自分の側に引き入れようとしている。


 クズネツォフはそう考えた。


 しかし、メアリーは僅かに口角を歪めると、その予想を裏切る言葉を告げた。


「いいえ。あなたたちには私とグリューンの関係改善を取り持ってほしいの」


「ほう?」


 メアリーがそう言うのに逆にクズネツォフは警戒した。自分がその予想を完全に外した展開になったからだ。


「確かにグリューンは私の職務権限をたびたび侵犯する行為をしてきた。だから、腹は立てている。だけどね。私たちはこうして争うことは、業務の効率を低下させ、さらには国家保安省などの派閥に付け入る隙を作るだけ」


 このメアリーの発言には裏がある。


 それはニザヴェッリル東部占領地域での統治に問題が生じているということ。


 メアリーはパルチザンはいずれ物資が尽きて、その行動は低下すると考えていた。しかし、汎人類帝国が行ったエスポワール作戦によって、パルチザンの物資切れは先のものとなってしまっている。


 終わらないパルチザンの破壊工作の責任を追及する声が上がり、特に軍から彼らの兵站線に影響が生じていることに批判が集まっていた。


 メアリーとしては苦しい立場にあった。この状況を打開しなければ、重鎮たちの中で孤立し、スタハノフが辿ったような最後となってしまう。


 そこでメアリーは失脚を避けるために、少しでも政治力を高めようと、技術官僚(テクノクラート)たちからの支持を得て、さらには宿敵であったグリューンとも手を取ろうと考えたのだ。


 文民たちをまとめ上げる力を見せれば、ソロモンも決して彼女を見捨てはしまい。


「分かりました。可能な限り、グリューンとの関係も取り持ちましょう。しかし、約束はできませんよ」


「ええ」


 こうしてメアリーが文民派閥の取りまとめを始め、クズネツォフたちはメアリーとグリューンの関係改善を試みた。


 技術官僚(テクノクラート)であるグリューンにとっても、これは悪い話ではなかった。内務省が農林省に協力してくれるならば、彼が進めたいプロジェクトをいくつか進めることができるし、彼にないものを補える。


 それは政治能力だ。純粋な技術官僚(テクノクラート)に過ぎないグリューンには政治家特有のバランス感覚や根回しということができない。腹芸ができないのだ。


 彼は大学で様々な学問を学び、その通りに物事は進むと思っていた。しかし、現実には理想とされる物事に様々な制約が課せられる。つまりは政治の名において。


 第一次五か年計画から続く食糧危機がそれを端的に示している。


 食糧危機を解決するには工場での動員を解除して、農場に魔族を送ればよかった。だが、そんなシンプルな解決手段ですら、政治ができなければ通せないのだ。


 グリューンはそれによって政治家になる必要に迫られたが、一朝一夕でなれるほど政治家というのは簡単な職業ではない。グリューンは経験不足が過ぎた。


 ただ、そのグリューンの欠点をメアリ-が補ってくれるのであれば、彼女と手を結ぶ意味はあるだろう。


 こうしてメアリーとグリューンは密かに手を結び、メアリーは文民派閥の代表者の地位に収まったのだった。


……………………

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