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パルチザン

……………………


 ──パルチザン



 1728年1月。


 現在、魔王軍はニザヴェッリル東半分を占領下に置いている。


 それら占領地における統治は内務省の管轄するところであり、同省の警察軍部隊が展開していた。大規模な警察軍部隊だ。


 しかしながら、占領政策には反発が生じていた。


 そもそも魔王軍がどうして突如としてニザヴェッリルに攻め込んだかといえば、それは奴隷狩りのためであり、食料不足によって生じた国民の不満をそらすためだ。


 奴隷狩り。


 そのことそのものは魔王軍では珍しくなかった。魔王軍は昔からドワーフ、エルフ、人類の生存圏に攻め込んでは技術者や労働者を拉致していた。


 王都バビロンの宮殿などもそうやって拉致されてきたドワーフたちが建てたものである。魔王軍はかつては技術力で圧倒的に他の種族に劣り、そのようにしてその遅れを取り戻していたのであった。


 しかし、今回のそれは今までのそれとは異なった。魔王軍は純粋な労働力として、ニザヴェッリルの住民をほぼ根こそぎに魔王国へ強制移住させていたのだ。


 女子供もいれば、老人もいる。技術者や単なる労働者の区別もなく、魔王軍による奴隷狩りでドワーフたちが強制移住を強いられている。


 そんなニザヴェッリル東部魔王軍支配地域にて、警察軍の精鋭部隊と魔王陸軍部隊が警備する中、魔王ソロモンを乗せたお召列車が駅に停車した。


「ようこそ、陛下。歓迎いたします」


「ああ、ご苦労、メアリー」


 内務大臣メアリー自らソロモンを出迎え、ソロモンはカーミラを伴って占領された都市のひとつ工業都市ラインブリュックに入った。


「占領は順調か?」


「問題がないと言えばうそになります」


「述べよ」


 ソロモンはドワーフたちの築いた都市を見渡しながらメアリーに命じる。


「まず大量の住民を魔王国へ移送するのと魔王軍の兵站を維持するのとで、鉄道がパンクしかかっているということです。今は軍の兵站を優先していますが、このままでは住民の移住が延々と滞るでしょう」


「他には?」


「やはり占領に抵抗するパルチザンの存在です。鉄道路線への破壊工作や内務省職員及び警察軍将兵への攻撃はもちろん、我々の分析によれば残置工作員が我が軍の後方の動きをニザヴェッリル軍に通報してるようです」


 ソロモンはメアリーの報告を聞きながら無言で頷いていた。


「通常、この手の占領政策は飴と鞭だ。だが、我々は鞭しか振るわない。飴をくれてやるつもりはさらさらない」


 メアリーの報告を聞き終えてからソロモンがそう告げる。


「メアリー。この地に農場を作ることは可能か?」


「と、おっしゃりますと……」


「グリューンがドワーフの土地は我々の国土より農業に向いているとの報告をしている。ドワーフたちを移住させるのが難しいのであれば、この土地に農場を作り、作物だけを魔王国へと運べばよい」


 今回のソロモンの視察の目的はそういうことかとメアリーは納得した。彼はドワーフたちを全て魔王国へ強制移住させるのを無謀と考え始めているのだ。


「お時間をいただければ、必ず住民は移住させますが」


「無駄を省きたい。どうなのだ、メアリー?」


「ご命令であれば、鉱山だろうと農地に変えてごらんに入れます」


「そうか。頼もしいな。だが、グリューンの指導は受けておけ。専門家とはこういうときのためにいるんだ」


 ジェルジンスキーの次はグリューンだとメアリーは思う。絶大な内務省の権限を奪いたがっている連中は大勢いる。周りはハイエナだらけで油断でもできないと。


「……スタハノフを五か年計画大臣から解任する」


 そこでソロモンがふとそう述べた。


「この食糧難の責任は誰かが取らなければならないからな。メアリー、お前が後任を推薦しろ。第三次五か年計画は実施予定で、五か年計画省は暫く存続する」


「はい、陛下」


 メアリーは小躍りしたくなる気持ちを抑えた。これで次の五か年計画大臣には自分の息のかかった魔族を送り込める。その魔族は同時にメアリーに深く感謝するだろうし、メアリーはその感謝を政治力に変換するつもりだ。


 そんなメアリーの思惑を理解しているのか、していないのか、ソロモンは何も言わず、当初の予定通りドワーフの工業地帯というのを訪れた。


「なるほど」


 工業地帯というのはつまりは手工業ギルドが拠点を置く場所であり、徒弟制度において製造を行う場所である。


 その立ち並ぶ小さなギルドの建物とそこにあった道具を見てソロモンが頷く。


「ドワーフの技術はかつて大陸で一番ものだった。彼らの手先に器用さと鉄への理解の深さは我々の憧れであった。それらはこのギルドにおいて、ベテランの職人が弟子を教育することで実現した。しかし、だ」


 ソロモンは語る。


「彼らは製造ということを神聖視しすぎた。特権としてしまった。本来ならば学問の力で効率化すべき点を拒絶したのだろう。それによって、彼らは大きく遅れていった」


 ギルドとは特権構造の表れである。自由参入を拒絶し、市場競争を拒絶する特権だ。競争を拒絶した分野はやがて衰退するのが世の定めであるというのに。


「ドワーフの槌が脅威であったのは遥か昔のこと。もはや、連中は我々の奴隷でしかない。我々は勝利したのだ」


「魔王陛下万歳!」


 そんなソロモンの説明を聞いていた内務省の官僚のひとりが声を上げ、万歳の声が広がっていった。


「そうだな。今は万歳の声を上げても許されよう」


 内務省官僚の突然の行動を許そうとしたソロモンがそう言いかけた時、銃声が響いた。魔王軍のものではない銃声だ。


「陛下!」


 カーミラが思わず声を上げた時、ソロモンの展開した魔術障壁が銃弾を弾いた。


「あそこだ。捕らえよ」


「はっ! 直ちに!」


 警護に当たっていた警察軍の兵士たちがすぐに動き、狙撃者を拘束した。それは若いドワーフで、警察軍の将兵によって連行されていった。


「すぐに背後関係を調べ、ご報告いたします。しかるのち報復を」


「適切に対処せよ。この地にドワーフたちを残すのであれば、この地はずっと戦場となり、占領地となるのだからな」


「畏まりました」


 メアリーはそこで表情を青ざめさせて退去した。


「カーミラ。無事か?」


「はい、陛下。しかし、御身をお守りできず……」


「警察軍の警備の穴だ。狙撃手の展開できる場所は先に押さえておくべきだった。彼らはまだ要人警護の何たるかを理解している途中だからな」


 ああ。陛下。この方は叱りつけてほしいと思う場面ですら、あまりにもお優しい。そうカーミラは思った。


「ドワーフのギルドがこうであるならば、鉱山もきっと非効率に運営されているのだろう。であれば、連中にもう製造業や鉱山業をやらせる意味はない。鎖でつないで農耕馬として使うだけだ」


 ソロモンはそう決定した。


 ドワーフたちの強制移住は一時止まり、それから内務省と農林省が主導して、ニザヴェッリル東部一帯に広大な集団農場を作ることが実施される。


 そこでドワーフたちは鎖に繋がれ、慣れない農業への従事を強いられた。


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