アルベンハーフェンの戦い
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──アルベンハーフェンの戦い
魔王軍は今のところ、大洪水作戦の意図をニザヴェッリル軍に掴まれていなかった。
ニザヴェッリル軍はドゥンケルブルクが魔王軍の目標だと信じ込んだし、既にアイゼンベルグで猛攻をかける魔王軍を相手になけなしの予備戦力を投じたし、残存艦隊はウィッテリウスを前に全滅した。
もはやヒメロペ軍団によるアイゼンベルグ湾上陸作戦を防げる手はない。
「上陸準備、上陸準備!」
丁度、日が昇り始めた時間帯に上陸作戦は開始された。
歩兵たちは輸送艦からボートに乗り移って浜辺を目指す。まずはいつものようにゴブリンが放たれ、それから主力部隊の上陸が続く。
いちいちボートを海上に下ろして、そこに乗り移っていくという動作が必要なため、そこまでスムーズな上陸とは言い難かったが、他に方法もない。それに今現在、ニザヴェッリル軍の抵抗はなかった。
だが、問題となるのは重装備の揚陸だ。
火砲などはボートで運ぶには重すぎるし、仮に乗せることができたとしてもバランスを崩せば小さなボートなどあっという間に転覆してしまう。
そこで魔王軍で開発されたのが、艦首にパウドア・バウランプを有する揚陸艦だ。比較的喫水線が浅い中型の輸送艦を利用し、可能な限り海岸に近づいてから、ビーチングして重装備を揚陸する艦艇である。
と、記すと何も問題はないかのように思えるが、そうでもない。
この北方海の波は高く、荒れやすい。そこに海岸に近づけるほど喫水線の浅い船を航行させれば──船内は酷いことになる。この作戦において敵の攻撃によらず1隻の揚陸艦が沈んでいるのがそれを物語っていた。
また陸軍の将兵にとっても慣れない海に加えて、この荒天に波である。彼らは敵よりも忌々しい北の海の方を憎むほどだった。
「上陸作戦は進行中。敵の妨害はなしとのこと」
「順調だな」
まず先陣を切ったのは第1海軍歩兵師団であり、彼らは無事に上陸を果たすと同じ第1梯団の第99狙撃兵師団とともに前進して橋頭保を拡大する。
それから彼らはまず橋頭保を敵火砲の射程圏外とするべく、前線を押し上げていく。
ニザヴェッリル軍はこの段階になって魔王軍の上陸に気づいた。しかし、投入できる戦力が存在しない。アイゼンベルグ陥落の危機に戦略予備を含めて全軍を投じてしまっていたからである。
ニザヴェッリルの軍司令官はそこでノルトハーフェンで辛うじて生き残った海軍の将兵を陸戦部隊に編成し、そこに動員した民兵を加えて投入することとした。
そんな寄せ集めの軍隊で本当に魔王軍を生みに追い落とせるとは思っていなかったが、時間を稼がなければ、戦線は完全に崩壊してしまう。
「第2梯団上陸後に司令部を地上に移す。世話になったな、テルクシエペイア提督」
戦艦ルサルカでは上陸作戦の指揮を執るヒメロペ大将がそう言っていた。
ニザヴェッリル軍が編成した寄せ集め部隊が魔王海軍第1海軍歩兵師団と交戦したのは、そんなときであった。
事前に揚陸艦などを準備したが、それでも重装備の展開が遅れていた第1海軍歩兵師団はニザヴェッリル軍の寄せ集め部隊の足止めを受けてしまった。進軍が停止し、上陸の予定が狂っていく。
「敵軍防衛戦力はアルベンハーフェンの西5キロの地点にある村落を中心に戦線を展開している。規模はそこまで大きくはないが、無視もできない」
この時点でヒメロペ軍団の参謀たちも、これが寄せ集め部隊であることに気づけずにいた。彼らはニザヴェッリル側が事前に上陸作戦を察知しており、橋頭保を粉砕するための部隊を予備としており、今まさにそれを動員したのではないだろうかと疑っている。
橋頭保では第2梯団が上陸準備を進めており、今橋頭保を粉砕されれば大損害である。そのためヒメロペ軍団の参謀たちが過剰な反応を示したのも無理はない。
彼らは艦艇による砲撃支援を決定したのだ。
「友軍の現在地はこの位置で、敵軍によって足止めを受けています。よって我々は洋上から艦砲射撃によって、橋頭保を粉砕せんとする敵部隊を叩きます」
北方艦隊司令官テルクシエイピア提督に対して、陸軍の将校が説明。
「友軍に十分な距離を取るように言ってくれ。艦砲射撃はすさまじいことになる」
「了解」
ルサルカの主砲は口径30センチ連装砲4基だ。魔王陸軍が保有している、いかなる火砲より巨大な砲である。さらにはルサルカとともに行動する僚艦も同様の主砲を装備しており、この火力は倍増する。
装甲巡洋艦の主砲は口径21センチで、防護巡洋艦は口径15センチ、駆逐艦は口径76ミリと続く。これらが一斉にニザヴェッリル側がかき集めた戦力に火を噴くことになる。
北方艦隊は旗艦ルサルカを先頭に単縦陣で海岸線に近づいていく。主砲が鎌首をもたげ、その狙いをニザヴェッリル軍が立て籠もる村落に向けた。
村落には中央にある教会の地下に住民が避難しており、ここを抵抗の拠点とするために武器弾薬も運び込まれ始めていた。
「もはや我々に洋上の脅威は存在しない。ありったけの砲弾を叩き込め」
「了解です、提督」
ニザヴェッリル海軍の壊滅は空軍によって確認されており、今積み込んでいる弾薬を後生大事にとっていても使う機会はもう巡ってこない。
ならば、そのまま積んで帰るより、敵に向けて思いっきり叩き込もう。そう、テルクシエイピア提督は決定していた。
そして、単縦陣で海岸に接近した北方艦隊は十分に狙いを村落に定め──。
「撃ち方始め!」
主砲が轟音を響かせて火を噴いた。
放たれた砲弾は村落に確実に降り注ぎ、全てのものに等しい破壊を及ぼした。衝撃波と炎が吹き荒れ、ドワーフたちがその衝撃波に薙ぎ払われて死んでいく。
榴弾の炸裂で生じた鉄片は建物を破壊し、人体を破壊する。
村民が隠れていた教会にも砲弾が降り注ぎ、教会は崩れ、住民は生き埋めとなった。砲弾はさらに運び込まれていた弾薬を誘爆させ、巨大な煙を生じさせながら弾薬が爆発していったのがルサルカからも見えた。
砲撃は30分程度続き、それが終わったとき村落は消滅していた。
「地上部隊より『艦砲射撃に感謝する』とのことです」
「結構」
第1海軍歩兵師団はそのまま橋頭保を拡大していき、それらは第2梯団も加わり、港湾都市アルベンハーフェンへと迫った。
通常、防衛戦力を喪失した都市は降伏を行い、敵に都市を明け渡すことで、都市の破壊や住民の被害を防ごうとする。徹底抗戦というのは聞こえはいいかもしれないが、戦えない非戦闘員の被害が大きい。
しかし、アルベンハーフェンは降伏しなかった。
アルベンハーフェンに戒厳令を布告した軍司令官は、市民の動員と徹底抗戦を宣言。アイゼンベルグ=ドゥンケルブルク線後方の友軍のために、魔王軍の侵攻を少しでも遅らせようと試みた。
魔王軍はこれに市街地への艦砲射撃で答えた。
魔王軍にとっては港湾のインフラさえ確保できれば、それでよく、彼らは市街地の被害など気にしなくともよかった。
この艦砲射撃ののち魔王軍部隊がアルベンハーフェンに投入。艦砲射撃で士気を砕かれたアルベンハーフェン市民の抵抗はほとんどなく、魔王軍はついにアルベンハーフェンを占領下に置いた。
一連の戦闘による犠牲者は1万人とも10万人とも言われている。
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