ゾンネンブルクを見つめるもの
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──ゾンネンブルクを見つめるもの
「汎人類帝国とエルフィニアはゾンネンブルクに外相を派遣しました。現在、ニザヴェッリル外相も踏まえた3か国会談が行われています」
そう魔王ソロモンに報告するのは国家保安大臣のジェルジンスキーだ。警察軍の軍服姿の彼はいつものように無感情に報告を行っていた。
「会談の内容はいずれ新聞にでも出るのだろう。無理に探る必要もあるまい」
ソロモンはゾンネンブルク会談にさして興味を示していなかった。
「よろしいのですか? 汎人類帝国やエルフィニアと今はことを構えるおつもりはないのだとばかり思っていましたが」
「我々との戦争を望んでいないのは汎人類帝国とエルフィニアも同様だ。全員がこれまで『実際に戦争なんて起きるはずもない』とそう考えていたのだからな」
いささか自嘲するかのようにソロモンは重鎮たちに語る。
「ゾンネンブルクで何を話し合っているにせよ、ニザヴェッリルを見捨てるという話ではあるまい。そして、今さらこの戦争に汎人類帝国とエルフィニアが介入するかと言われれば、その可能性も低い」
「つまり、彼らは次の戦争に備えている、と」
「その通りだ、ジェルジンスキー」
もう既に汎人類帝国とエルフィニアが、この戦争の次の戦争のことを考えている。そのことをソロモンたちは予想したが、それは事実であった。
汎人類帝国とエルフィニアはニザヴェッリルを防波堤にする、実際には戦火を交えない冷たい戦争を仕込もうと考えていた。
「ゾンネンブルクを爆撃することは可能だ」
そう進言するのはカリグラ元帥で、赤い瞳でソロモンを見ていた。
「第3航空艦隊にはグレートドラゴンとしてウィテッリウスとウェスパシアヌスが配備されている。グレートドラゴン2体が同時にゾンネンブルクを空爆すれば、それを防ぐ手段はないはず」
「カリグラ元帥。言ったはずだ。戦争なんて起きるはずがないと全員が考えていたと。我々もまだエルフィニアや汎人類帝国と争う準備はできていない。それなのに両国の外相を殺害するような真似をするのは愚かだ」
ソロモンがそう言うのにカリグラ元帥は黒煙を僅かに吐いて黙った。
「戦争で避けるべきは戦力の逐次投入であり、戦争で望むべきは敵の各個撃破だ。我々はまずニザヴェッリルを撃破することに全力を注ぐ。現段階で汎人類帝国やエルフィニアを相手に戦線を開くことはしない」
「……承知」
ソロモンの説明で納得したのか、カリグラ元帥は頷いた。
「失礼します」
ここで警察軍の将校が入室し、ジェルジンスキーに何かしらの資料を渡してから耳打ちすると立ち去っていった。
「陛下。ゾンネンブルクでの会談の内容が報告されてきました」
「述べよ」
そしてジェルジンスキーがソロモンに言われ報告を始める。
「ゾンネンブルクにて汎人類帝国とエルフィニアはニザヴェッリルの独立を尊重することを確認し、それを脅かす我々魔王軍を非難する声明をまず発表しました」
ゾンネンブルク会談の目的であったニザヴェッリルの独立を守ることと魔王軍を批判するということの共同声明は無事に発表できた。
「続いて汎人類帝国とエルフィニアは、現在の戦闘が停戦した場合、ニザヴェッリルに遠征軍を駐留させることを発表しました。軍の駐留費の負担などはニザヴェッリルが追うものとすることも含めて」
「なるほど。汎人類帝国とエルフィニアは独立を尊重するとしながら、ニザヴェッリルを二等国として扱うつもりのようだな」
「その通りかと」
ソロモンがジェルジンスキーの報告にそう言い、重鎮たちが頷く。
「やつらの狙いはニザヴェッリルを我々にけしかけ続け、我々の攻撃の重心をコントロールすることにある。しかしながら、我々としても今はニザヴェッリルを放置して、エルフィニアを攻撃するという意志はない」
「彼らの企てに乗られるのですか?」
「陰謀が上手くいってるとき、人間は油断するものだ」
彼らの企ての目的を知らないという風に振る舞っていれば、これからも敵は油断し続けてくれるとソロモン。
「ゾンネンブルク会談についてはこれ以上の進展はないだろう。全員がこの戦争が一度終わるという想定をしている。我々としても戦争の無駄な長期化は望まない」
「どのような形で戦争の終結を?」
「アイゼンベルグ。この都市を落とし、北方海とレーテ運河を経由した海上補給の段取りがつけば、後は消耗戦をやるだけだ」
シュヴァルツ上級大将が尋ね、ソロモンはそう答えた。
「戦争は目的があってやるものだ。我々のこの戦争の目的は?」
ソロモンはそう重鎮たちに尋ねる。
「労働力の確保と国内の不満の矛先をそらす、でしょうか」
それに答えたのはカーミラだった。
「まさにそうだ。既に国内の不満は解消された。魔族たちは勝利を祝い、軍を讃え、飢えを忘れた。もはやこれ以上戦争を続けることは逆に経済の萎縮などを招き、別の不満を産ませるだけになるだろう」
ソロモンはそう語りながら、視線を内務大臣のメアリーに向けた。
「内務省。占領地における財産の接収と労働力の確保にかかれ。労働可能なものたちは全て連行し、農場に配置せよ。全てだ。全てを奪い、連れ去れ」
「はい、陛下。治安維持と同時に進めてまいります」
「ああ。しっかりとな。内務省の働きはジェルジンスキーから報告を受けている。今のところは統率が取れた占領地の統治を行っている、と」
ソロモンがそういうのにメアリーがジェルジンスキーに向けて作り物めいた笑みを浮かべた。それは明らかに内務省が国家保安省によって監視されているのが気に入らないという具合に。
ソロモンはまるで重鎮同士を争わせたいかのようだ。
「以上だ。それぞれが義務を果たすことを願う」
「魔王陛下万歳」
重鎮たちはいつものように万歳の声で締めくくり、退室していった。
「戦争が本当に計画通りに行くと思うか、カーミラ……」
ソロモンは自室に戻るとカーミラにそう尋ねる。
「難しいかと。不確定要素は物事が大きくなればなるほど増えていきます」
「そう。不確定要素だ。戦争は参謀本部でやるような机上演習通りには進まない。そこに生きたものがいて、その生きたものが生きようとするごとにずれていく。生々しい肉によって精密な時計を作ることはできない」
参謀本部の将軍たちは部下たちを可能な限り、どこまでも命令通りに正確に動く、あたかも時計のような存在にしたがり、軍隊はそれを達成するためにいくつもの非人間的処置を行ってきた。
だが、ソロモンの言うように肉で時計は作れない。
「私はあたかも戦争の成り行きを完全に予想できるかのように語ったが……どうなるかは保証できない。ひとつの小さな歯車のずれが、大きな不具合になることもあるのだ」
「陛下は最善を尽くしておられます」
「だといいのだが」
ソロモンはカーミラにそう呟くように言った。
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