ウルフ・アサルト
パブロフが出す強力は唾液。強力とは言ったが錬金溶液のような力はなく「皮膚に当たれば火傷のような症状を起こす」といった具合だ。
それは少し痛むくらいだし時間が経てば跡もなく完治する。
問題はその後にある。パブロフはその炎症傷を狙って攻撃してくるという事だ。
小さな傷だろうとパブロフの爪に裂かれては大怪我となる。唾液は狩りの下準備というわけだ。
*
「陣形は変えるな、そのまま進め!!」
攻撃は最大の防御というわけ……ではないのだろうが前衛は戦略を変えずに突き進んでいく。
「タカヤくん!」
もちろん被害がそのままなわけはなく、薬剤はどんどん足りなくなっていく。
補給班が来るまでは俺が他の薬剤を使いまわさなければいけない。
分量などの調整は他の人がしてくれている。後は俺が繋ぎ合わせるだけだ。
「錬金します!」
腕輪のいつもより大きな錬金石が俺の体力を放出していく。
今度はミス無しでやってやる……
*
それは一瞬の出来事だった。
「後衛逃げろ!」
その声が届くと同時に目の前の補給倉庫に白狼が突っ込んで来たのだ。
誰も予想していなかった大跳躍である。
一瞬時が止まったように静寂が流れ、それから後衛は大パニックとなった。
現実感の無い大きさに動けないでいると白い影が横切っていった。左腕に少し衝撃が走る。
腕輪の錬金石が半分ほどしかない。
「…………」
少し後ろではさっきまで前にいた筈の白狼が休憩中だった二番隊の人と攻防を繰り広げている。
もう一度腕輪の錬金石を見る。何かに当たって欠けたというよりは齧られたような跡がある。
つまりさっきの白い影は白狼で、俺がほんの少しでも左にいれば……
「……!」
遅れに遅れた恐怖が奥の方から湧き出してくる。ここはもう安全じゃない。
「逃げ……なきゃ」
何処でもいい、とりあえず白狼から遠い場所に。
逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ……!
白狼のいない方に走る。
いやだ、死にたくない。死んでしまう。離れなければ。走らなければ。
目的地も無く走り、走り、走り……転ぶ。
急いで起き上がってまた走る。更にしばらく走ったところで自分が戦場の中心に来てしまった事に気づく。
気づいた時には数匹のパブロフに囲まれていた。
護身用の剣を抜くが戦える気がしない。万事休す、か……
「俯くな、少年」
後ろにいたパブロフが情けない鳴き声をあげて倒れた。残りのパブロフがそちら
を見て威嚇する。
「冷静になれ少年、見極めろとは言わないが戦場を見るくらいの余裕は持たなければならない」
そう言いながら残った数匹のパブロフをいとも容易く仕留めたのは棋王だった。
「確か準連勤薬学師であったな。手持ちの薬はあるか?」
「は、はい」
薬剤置場に届ける筈だった薬が幾つかポシェットに残っている。
「ならば共に来るがよい」
「どこに……」
棋王は長剣を鞘に収めて前を見据える。
「最早陣形を立て直す事は難しい。ならば即興でも新しいモノを作るのがやり方だ」
「新しい……陣形ですか」
「うむ、将棋のように終わりとはいかないが王を取れば戦場でも相当有利に働く」
棋王がこっちを見てニヤリと笑った。
「精鋭を集めた白狼討伐戦線を結成する」




