燃えるそれは布だけで
「お前だったか」
数分走った先にアルスは立っていた。片手にはコカナシが抱えられている。
「コカナシを離せ」
「…………」
今の言葉で敵と判断したらしい。アルスが合図を出すと同時に正面にいた大ネズミが襲い掛かってきた。
なんとか直撃は回避して後ろから麻酔毒をかける。避けきれなかった尻尾型のミミズ腫れが痛むが気にせず走り抜ける。
「その手を離せ!」
カプセルに詰めた麻酔毒がアルスの顔に命中する。
「ナイスコントロー……ル?」
大ネズミを縛り上げていたセルロースさんの語尾が疑問形のソレになる。
「痺れ……いや、鎮痛のモルヒネが強いか」
そう呟いたアルスが一瞬で錬金を終え、ソレを縛られたネズミに命中させる。
「ちょ、うそ!」
大ネズミがロープを食いちぎってアルスの元に戻る。まさか成分を当てられて解毒薬を作るのにかかるのが数秒だとは……いや、それより
「なぜ毒を受けながら動いた……?」
隙をみてもっと強力な毒を作るか……それとも量を増やして……
「無駄だ。ワタシに毒は無意味だ」
とてもハッタリとは思えない。どんな身体をしているんだアイツは。
そういえばさっき身体を作るとか言っていたような気がする。
「どういうことなんだ」
「…………」
今まで錬金術に関する質問を投げかけるとある程度の答えはあったが、今回はそんな暇はないらしい。
無言のまま広げられた両手にはいくつもの指輪……錬金石がついている。
手が二匹のネズミの上に来ると同時にその全てが一瞬光を放った。
一回の瞬きの間にネズミは炎を纏っていた。燃え上がったわけでは無い、現にネズミは暴れることなく普通の様子だ。
「火鼠……燃やせ」
アスベストスとのキメラなのだろう。ネズミは意思を持った炎となり俺たちに襲い掛かってくる。
「……くそっ」
このままネズミから逃げていたのではアルスを逃がしてしまう。
何度も何度も避けた後セルロースさんと背中合わせになる。
「少しだけ耐えて」
その一言の意味を理解する前にセルロースさんがアルスに向かって走り出した。
ソレを追おうとしたネズミの尻尾を掴む。尻尾自体は燃えていないが身体からの火が手を焦がす。
「チューチュー鳴いてないでこっち来やがれ!」
手を離すとネズミは俺を追い始めた。意思があるのは厄介だがそれが幸いしたようだ。
とは言っても足の速いネズミを主とした炎だ。上がることに弱いからなんとか逃げきれているが長くは持たないだろう。
セルロースさんはいったいどんな作戦を……
「はあっ!?」
横目で見るとセルロースさんはただただアルスに向かって走っていた。まさか策がないのか
アルスは一瞥した後、瞬時に火をおこして彼女に放つ。あれも錬金術……?
火はまっすぐに飛んでいき……セルロースさんのローブに着火した。
「……ローブ?」
そう、着火したのはセルロースさんではなくローブ。まさかあれは……
「こっちもアスベストよ!」
セルロースさんはそのままアルスに抱き着く。ローブからアルスの服に火が伝わって強くなる。
「燃えちゃいなさい!」
「……これもまた無意味、どちらも燃えない」
燃えているのはローブとアルスの服のみ……アルスは毒だけでなく火をも意に介さなかったのである。




