燃える水で記憶を飛ばし
夜になってもコカナシは帰ってこなかった。
ずっと不機嫌でふて寝している先生から逃げるように俺は外に出ていた。
「久しぶりだな、若き錬金術師」
持たれた肩から冷や汗が出る。小さいのに体の内側に響いてくるこの声は……
「アルス・マグナ」
「警戒する必要はない。キメラの件は事故であり故意ではない」
俺がアルスを警戒している理由はキメラの件ではない。彼が先生やコカナシを狙っているからである。
「こんな所でどうしたんですか?」
「前と変わらず人探しだ。で、何をしている、師はどうした?」
少し動揺したが何とか態度には出さない。アルスは俺の師がシャーリィさんだと思っているはずだ。
「シャーリィさんはアルカロイドですよ。俺は知り合いの服屋の付き添いです」
「そうか……ところで」
生気の無かったアルスの目に感情が宿る。
「キミア・プローションについて何か情報はあるか?」
「え……いや、特に」
「そうか」
立ち去ろうとしたアルスを見て口を開く。
「あの、なんでその人を探しているんですか?」
「キミア・プローションの持っている素材が必要だ。あれは錬金学の発展に必要不可欠だ」
「それって……」
「エルフの生き血。あとキミア・プローションの近くにはもう一つ有用なモノ、大いなる小さき娘がいると推測している」
返事をする間もなくアルスは言葉を続ける。
「情報があれば大歓迎だ。連絡手段はあるか?」
「……はい、番号さえ教えてもらえれば」
バックの中にPHSがあるが……コカナシの番号もある事から念のためアルスの番号だけを聞いておいた。
「報酬が必要なら錬金素材を用意しよう」
そう言ってアルスは去って行った。
アルスが見えなくなったのを確認して俺は走り出す。ここに留まるのはまずい、とりあえず先生に報告しなければ!
*
宿に入ると先生がソファに突っ伏していた。
「先生! まさかアルスに……」
「うあ……きもちわるい」
こっちを向いた先生の顔は真っ青だ。まさか毒を……
「……うわ」
鼻を塞ぎたくなるほどの刺激臭。でもそれは毒とかそういうのではなくて……
「先生、酔ってます?」
「……なぜあいつはおこってかえってこない!」
酒は強い方だったはずだけど……やけ酒かな。
いや、今はそれより。
「先生、大切な話が……」
「むり。クスリ。かんいはこ」
「いや、本当に至急の話で」
「むり、クスリ」
ため息をついて簡易薬箱を開く。中にはいろんな種類の錠剤が少しずつ入っている。
確か二日酔い防止は丸いヤツだったけど。
「どれでしたっけー?」
「もってこい、みずも」
言われた通り水を渡して箱を開いて先生の前に出す。
「……これ」
「え、ちょ、それは」
先生が数粒取ったのは細長い錠剤。俺が止める間も無くそれを飲んでしまう。
確かあの錠剤は……睡眠薬。
思い出すと同時に水が床に吸い込まれる。
「先生……先生?」
いくら揺らそうが先生は起きない。あの睡眠薬は一錠でもある程度の効果があった筈だ。
特に体調の変化はなさそうだが……恐らく起きないだろう。
普通に寝てる時でさえ中々起きないのだから。
「ああもう、こんな時に……」
ため息をついて水を一杯飲む。
十分ほどかけて先生をベッドに運んでベランダに出る。
少し前まで賑わっていた商店通りの光は一つも点いていない。見える唯一の大きな光は駅だろう。
昼と夜では随分と印象が違う。そんな事を考えながらコカナシに電話をかける。
数回かけ直してようやく繋がる。
『……なんですか』
「今どこにいるんだ?」
『どこでもいいじゃないですか、どうせタカはキミア様の肩を持つんでしょう?』
先生と似たようなことを考えてた事もあったから少しドキッとしたが何とか声には出さない。
なんだか今日は偽装技術を試される日だな。
「違う違う。で、どこにいるんだよ」
『別にどこでも……うわっ』
電話の奥からセルロースさんの声が聞こえてくる。
「いや、もうどこにいるかは分かった。ちゃんと宿にいるならいいんだ」
『なんですかそれ、私の方が年上なんですけど』
「とりあえず明日一回会えないか? 先生の方の意見しか聞いていなんじゃ不公平だし」
数秒の沈黙の後、渋々と言った感じの声が聞こえてくる。
『……キミア様がこないなら』
「分かった。じゃあまた明日電話する」
通話を終えて部屋に戻る。念のため覗いてみたが先生は起きる様子もない。
「まあ……この宿から出ないのなら安全ではある、か」
こんな状態ではさすがの先生も錬金をしないだろう。いくら敏感なアルスであっても錬金術を使わなければ見つからない筈だ。
コカナシの方に言う事も考えたが……前言っていないから言っていいのかが分からない。
とりあえず明日はコカナシに会って説得、それから先生が起きたらアルスの事を話す。この予定で行こう。
ここまで考えてため息が出る。首をツッコむつもりは無かったのに……本当に面倒くさい。




