この世界の通信手段
作業は一時間ほどで終わったようで、皆で休憩をすることにした。
ヨロズさんはコカナシが持ってきたビスケットを数枚口の放り込み、それを珈琲で流し込んで俺の方を向いた。
「ツェットに行くんだって?」
「……え?」
ツェット? どこだそれ
「資格試験が行われる場所ですよ」
「ああ、なるほど」
「儂はツェットに店を構えているからな、よかったら一緒に行かんか?」
「おお、それはいいな」
ずっと自室にこもっていた先生が食べ物の匂いにつられて出てきた。
「タカ一人じゃ確実にたどり着けないだろうしな、ちょうどいい」
「案内は任せときな」
「念の為一週間前にはここを出た方がいいだろう」
「そんなに時間かかるんですか?」
「いや、朝に出れば夕方までには到着する。試験前にこことは違う空気に慣れておいた方がいい」
「……そんなに違うものですか?」
「ここは田舎、ツェットは都会かな。僕も始めて行った時には驚いたものだ」
元の世界では都会に住んでいたからアデル程驚くことはないだろうが……念の為というのには同意だ。
「わかりました……案内お願いしていいですか?」
「おう、任せときな」
先生が椅子に座ると同時にコカナシが珈琲を運んで来る。
「ああコカナシ。お前もタカについて行け」
「……え?」
コカナシがお盆を持ったまま固まる
「キミア様と離れるということですか?」
信じられないといった様子のコカナシに対して先生は何事もなかったかのように答える。
「ああ、そうだな」
「ならキミア様も……」
「行かん。ワタシはまだキメラの調査がある」
「そんな……家事はどうするのですか」
「セルロースに頼んである」
「なら私が家事をして……」
「セルロースはまだ治療が残っている。それも兼ねての事だ」
それに、と先生は悪そうな笑みを浮かべて続ける。
「お前が行っても行かなくてもセルロースはここに泊まることになっているぞ」
「うっ……それは……」
「家にいたら一日中アイツの相手をすることになるぞー」
「……わかりました。仕方がないのでタカに同行します」
なぜ仕方ないを強調する。そんなに嫌か。
「ついでに観光をしてこい。タカにとっては試験だがお前にとっては休養だ」
「それはまあ……そうしますけど」
コカナシは少し不満そうな顔をしながらキッチンに向かった。
先生はそれを見て俺を手招きする。
「ちょっと耳を貸せ」
「なんですか?」
「ツェットとは反対の方角でキメラが出たという情報が入っているから問題はないと思うが……一応こまめに連絡を取り合うようにしていてくれ」
「それはいいですけど連絡手段がありませんよ」
「これをやる。使い方はわかるか?」
「えっと……たぶん見たことはありますけど」
渡されたのは携帯電話のような物。しかしガラパゴス携帯よりも前のもの、確か……PHS?
この世界に携帯電話はないと思っていたが……元の世界より少し技術の進歩が遅れているだけのようだ。そのうち携帯電話も普及するかもしれない。
「先生そんなもの持っていたんですね」
「ここでは使えないけどな」
「あー……田舎ですもんね」
「まあ持っておけ。コカナシにはもう渡してある」
先生からPHSを受け取ってポケットに入れる。
「じゃあ出発は六日後、朝の十時町の入り口に集合だ」
「わかった。そうしような」
ツェットへの段取りが進んでいくのを見て俺は改めて本番が近いことを認識した。
タイムリミットは無くなったと言っても智乃を早く治したいのは変わらない。
簡単な錬金薬の錬金はもう大丈夫。関門が幾つあるかわからないが……まずは目の前の関門に向かって進むしかない。
資格試験まで……あと十三日だ。




