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病弱勇者と過保護な魔王  作者: ヤナギ
第一章 病弱勇者
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アークドール

 俺は顔を胸に埋めるようにメディに抱き込まれていた。息が苦しくなるほど強く抱かれながら、耳にはランの暖かな手が被さり、周りの音が遮断されている状態。



 ぐちゃ、ねちょ、ポリパキ、くちゃくちゃ、ズずず、・・・ゴックン



 瑞々しい物を音を立てながら何かを飲み食いしている人形。鮮血の汁を吸い、白い棒を飴のように舐めては砕き、生肉を咀嚼して味わっている。

 メディとランが必死に雑音を聴かせないように視覚・聴覚を塞ぐが、骨の髄まで響くそれに全員が息を止める。



「ご馳走様。いえ、不味かったからご馳走とは違うのかしら? まぁどちらでもいいわね」



 スッと軽やかに立ち上がる人形。さらさらと墨染されたストレートロングの髪を翻してこちらを向く。灰銀の瞳をパチクリさせ、口を開閉した後に笑みを作り、伸びをして体を動かす。

 人形である綺麗な顔立ちで笑う少女。自分の手を空に翳すと、残念そうな目をする。



「やっぱり全然足りない。顔しか作れてないじゃない」



 翳したその手は、石で出来た人形のままだった。手だけでなく、体も腕も足も首から下が人形のままである。


「良かったじゃねぇか。いつもなら顔半分にも満たないだろ?」

「足りないとわかってんなら、もっと用意しとけって言ってるでしょ! あ、それともムトウのお肉をくれるのかしら。ふふふ、大・歓・迎・よ!」


 ジャリっと足を前に出す人形。つられて一歩後退するムトウは、頭をかいて面倒クセェっと呟く。


「今回は最高級を用意してるだろ、ほれ」


 顎で指す先には俺達がいた。人形は口角を大きく釣り上げ、輝かく瞳で品定めをはじめる。




「・・・呪具だと?」


 正気に戻って一番始めに口を動かしたのはメディだった。その目は刃のように鋭く、銃口のように精密に相手を狙っている。

 周囲に黒粒子も舞っており、いつでも攻撃できるように警戒している。ランも同様に腕の魔印を淡く光らせ、張っていた結界を三重に変えている。


「初めまして、わたし、呪具アークドールって存在よ。そこの無精髭男はムトウ。気に食わないけど一応、私の持ち主よ。気が利かない上にレディの扱い方もわからない、クズで卑怯なダメ男よ」

「はっ、我儘姫には敵わんさ」


 ムトウが嘲笑うと、アークドールは数メートルの距離を一瞬で詰めてムトウの首を狙って蹴りを入れる。

 それを紙一重で避けるムトウは、逆にアークドールの頭を鷲掴みにして俺達に向けた。


「おいコラ、相手が違うだろうが。お前の肉はあっちだ」

「手が滑ったのよ」

「足だろ。手癖も足癖も悪いのか、本当に救えないやつだな」

「いつかその肉喰ってやる」

「へ、やれるものなら喰ってみろ人形」


 子供の喧嘩のように互いにそっぽ向くと、アークドールはため息を漏らしてこちらと対峙した。



「つまり、私がアークドールよ」

「いや、どこがつまりなんだ?」


 俺がそう返すと、ギリっと歯を食いしばって恨めしそうに睨んできた。なんだよ俺が悪いのか?



「バカに付き合う必要はないわ。呪具というのなら、これは私の獲物。危険物質は早々に回収かせてもらうだけよ」


「ふーん。ムトウが最高級というだけはあるわね。紅い子、なかなかの魔力を持っているわ。もしかしたら、あなた一人で私が完成するかも・・・あは!」



 気持ち悪いぐらい身を屈め、ドンッ! と地面を蹴る音とは思えない踏み込みで跳ぶアークドール。

 それを開幕音に、メディはアークドールに黒粒子の大蛇を放つ。地面ごとアークドールを呑み込み水平線へと消えていく。警戒を解かないメディへ丸い影が落ち、上空からアークドールが拳を突き出して急落下。横に跳ぶ形で避けるが、飛び散る破片と土煙にメディの視界が悪くなる。

 その隙を逃すことなく、アークドールはメディの美しいヘソの上を蹴り込み、ジャングルへと誘う。バキバキメキメキと豪快に木々が薙ぎ倒れ折れ、緑地の奥で驚いた鳥達が飛び去る。

 アークドールは手で髪を大きくたくし上げ、一切の乱れのない髪を過剰に整えはじめた。



「メディが押されるなんて、あいつはなんなんだ」

「あらあらエージ様、目薬使いますか? メディは押していますわよ」


 ランは結界越しにアークドールを示す。俺は目を凝らして見ると、アークドールの顔や体には無数の傷があり、髪を整える度に黒粒子がパラパラと落ちていた。



「この黒い粒子、ウザいほど厄介ね。まるで一つ一つが意思を持つ魔物みたい」

「ククク、そういう貴様もやる様だな。全ての粒子から己の髪を守りきるなんぞ、並の魔人でも不可能だぞ」


 ジャングルから平然と歩いてくる無傷のメディ。アークドールは舌を鳴らしムトウを睨んだ。


「おいこらムトウ。確かに最高級のようだけど、食べる事が出来ないんじゃ意味がないじゃない」

「あ? お前が妙に髪なんかを庇いながら戦うからだろ。どうせ食えば生えるんだ、髪なんか気にせず早く喰らえ」


 冷たく言い返すムトウに、アークドールは両手拳をギュッと握りしめる。俯いて口を尖らせ、何かを抑え込むようにわなわなと震える。


「・・・わかったわよ」



 アークドールは構えなおして、再びメディと対峙した。そして、完全に傍観者となっていたムトウも首をコキコキと鳴らして、俺とランの前に歩みでた。


「俺も暇だし、仕事するか。ガキ二人ならすぐ終わるだろ」

「あら、私はもう十五を超えた大人ですわよ」

「ハッ! ガキだガキ。俺の中じゃ二十歳越えが大人扱いなんだよ」


 その言葉に俺は息を呑む。こいつの名前、ムトウと聞いた時に気になってたけど。やっぱり、こいつも俺と同じ日本人なのか?



アークドール「なんなのよムトウのバカ!」

メディ「そうね、それに関しては私も同意せざる得ないわね」

アークドール「でしょでしょ!! 髪なんかほっとけって最低よ!」

メディ「全くね。私もエージのために細心の注意を払って質を保っているというのに」

アークドール「そうよねそうよね! この髪だってムトウが珍しく褒めるから・・・ってなんでアンタにこんな話をしないとだめなのよ」

メディ「エージも触りたければ好きに触れば良いのに。いつも横目でチラチラと――」

アークドール「まだ続くの!?」


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