夜の商品
黒い海のような草原の中に、ぽつりと一点の火が浮かぶ。その火を挟むように二人と一人が睨み合うように座っている。
「商談をしましょう」
「断る」
ギラリと紅い目を向けるメディ。それに対してランライトはため息混じりにジト目を返す。可愛らしく頬を膨らませるが、あざとくて仕方が無い。
「だから、悪魔には言っていません、私はエージ様に商談を持ち掛けているのです」
「エージは私のものだ。飼い主である私が決めるのが普通だろう」
俺はメディにとってペットのような立ち位置なのか? 今はぬいぐるみ扱いにしか見えないけど。今の俺は、左側面からがっちりと腕でホールドされているため動けない。それでも、メディの体温が心地いいから文句はないけど。
「エージ様はペットでも物でもありません。世界の危機を救う勇者です! わかっているのですか?」
「ふん、エージは勇者を止めている。エリアガーデンに新たな勇者がいるから、そっちを訪ねるのだな」
啀み合う二人。これでは話が進まないと俺から切り出す。
「あの、ランライトさん」
「はい! なんでしょう!」
メディの時とは正反対の満面の笑みを見せる。異様に目を輝かせて眩しく思える。
「えっと、どうして俺が勇者だと知っているのですか?」
「なるほど、その疑問はごもっともですね。その答えるには、まず私の正体を明かしましょう」
ランライトはその場で立ち上がり、祈るように手を組んだ。すると、足元から蛍のような光が無数に現れた。一つ一つが意志を持っているかのように、自由気ままに動いているが、ランライトの周りからは決して離れない。
「余計な演出はいらん。さっさとフェアリーだと言え」
祈りポーズのまま青筋を浮かべるランライト。途端に、出鼻を挫かれたかのように光も収まり中断された。
「こぉの悪魔め・・・。はぁ、私はイグドラ大陸より来ましたー、フェアリー族の者でーす。今回はー、私達の母でもあるー、世界樹イグドラから勅命を受けて参りましたー」
「イグトラ?」
棒読みのランライトは置いといて。俺は聞き慣れない、いや世界樹という時点である程度は予想できるんだけど、確認のために聞き返す。
「エージ、前に見た地図を覚えている? あの地図の下にある大陸がイグドラ大陸よ」
「確か亜人が多い大陸だっけ?」
「そうね。その亜人達はね、世界樹イグドラから生まれてくるの」
ランライトが物凄く説明したがっているが、それを無視してメディが説明を続ける。
「つまり、この世界の全亜人はその世界樹から生まれたってことなのか?」
「その通りよ。あの露出狂フェアリーも、ドワーフもエルフも皆んな世界樹から生まれるわ」
俺はランライトを見る。見た目は人間そっくりであり、まったく見分けがつかない。フェアリーと言う割には、身体の大きさも人並みだし羽もない。エルフのような耳でもない。
「あら、エージ様は私に興味がお有りの様ですね」
「いや、ジロジロ見てごめん。ちょっと想像していたのと違ったから」
俺は謝罪をするが、むしろ、もっと見てと言い返された。目の毒だと、すぐにメディの両手で塞がれた。
「もしかしてこの姿を想像されていましたか?」
ポゥッとランライトの身体が発光する。その光は、ランライトの体ごと段々と小さくなり、俺の手のひらサイズまで縮小した。服はそのままだが、背中には光の虫羽が忙しく動いている。
「これがフェアリーの本来の姿です。どうです? エージ様のご想像通りですか?」
そう言って、空中を華麗に舞い踊るランライト。体の光は淡いまま保たれ、光の粒子がキラキラと落ちている。とある童話世界の妖精のようだ。
「おお! すごく綺麗」
「あらもうエージ様ったら、そんな本当の事を言われても私は騙されませんよ。騙すのはフェアリーの方が得意なのですから」
もじもじとしながら、俺の前で浮遊するランライト。顔を赤らめながらチラチラと俺を見る。本当に綺麗で魅入った。もっと近くで見たいと手を伸ばすと、その手の上に乗ってくれた。ちなにみ重さは殆ど感じない。
「今ご覧頂いた通り、フェアリーの身体は大きさを変えることができます。だ・か・ら、エージ様が望むのでしたら、夜の御奉仕も・・・あ、子供は出来ませんが、性器あるので好きなだけできますよ。もう壊れるぐらいに自由に、キャッ! 私たっら大胆!」
「気持ち悪いわ露出狂めッ!」
「あんっ!」
もじもじを通り越してウネウネと蠢くランライトを、メディが手加減なしにベシッと平手で撃ち落とす。
勢いよく地面に叩きつけられたランライトはピクピクと痙攣している。メディは気持ち悪いものでも触ったかのように、叩いたその手を俺の服で拭う。
「あれ、子供は出来ないって――」
「はい! もう、気兼ねなく!」
地面から噴射されるように、跳ね起きるランライト。このフェアリー復活早いな。
「そうじゃなくて、たしかリアン王女はハーフエルフって聞いたんだけど」
懐かしい顔を思い出す。ピクピク動くあの可愛い耳に触りたかったな。記憶を掘り返して少し後悔していると、ランライトは合点がいったように両手を合わせる。
「ああ、亜人は子供を産むことは出来ませんが、子を授かることは出来るんです。先程紹介しました世界樹イグドラ。この樹の祝福の元で誓いを立てると、その二人の子を実って頂けるのです」
「それは人間でも魔族でも?」
「愛方が亜人なら、大抵は祝福を頂けますよ」
実るって桃太郎みたいな? だとしても遺伝子の配合とかどうなっているんだよ。流石は異世界、不思議だらけだ。
「エージ、気になるなら見に行く? 大商業都市の後は予定なかったから、エージが行きたいなら連れて行くわよ」
亜人の大陸か。フェアリー以外の亜人にも会いたいし、世界樹とやらも見てみたい。どれくらい大きいのだろうか。空一面を覆い尽くしてたりして。
「ぜひぜひいらしてください。っというか、来てくれないと困ります」
「困る?」
俺とメディは声をハモらせる。ランライトは再び発光すると、最初の人間の姿に擬態した。恐らくその姿の方が声量がでるのだろう。
「最初に申しました商談の件です。私達の母、イグドラから勇者エージを連れてくるように言われているのです」
どうやら話が一周回って戻ってきたようだ。言われてって樹が喋るのか? なんかもう驚かないけど、いきなり口の中に入れと言われて、中がダンジョンだったら驚くだろうな。
「断る。さて寝るぞエージ、夜更かしは体に悪い」
メディは大きな欠伸をしながらテントの中へ入っていった。少し名残惜しいが、俺はやっと解放された体を伸ばす。世界樹も気になるけど、今は大商業都市の方が見たいな。この世界の様々な物品が見れるから楽しみだ。
「さて、俺も寝るか」
「あら、ちょっと! エージ様まで寝ようとしないで!」
メディに続いて、自然と逃げ出そうとしたが失敗した。ランライトはグっと顔を近づけ、尚且つ俺の両肩を掴み離さない。
「残念だけど、俺は勇者じゃないんだ。エリアガーデンの新勇者を尋ねてくれ」
「い・い・え! お母様はエージ様をご指名です。つまり、エージ様は勇者のままであり、他の者を代用することなど出来ません!」
俺は少し面倒くさくなって、無理やり剥がそうとランライトの顔を手で押す。グググっと頬を凹ませるが、お構いなしに抵抗されて離れる気配がない。なぜ顔かって? 徐々に近づいて来て怖いんだよ。
「いや、俺は世界樹の存在自体知らなかったのに、いきなり名指しっておかしいでしょ。何かの間違いでは?」
「お母様には世界を観る力があります。個人を特定するのは朝飯前です!」
「プライバシー侵害だ!」
ドヤ顔をするランライトだが、今この瞬間も見られていると思うと寒気がする。思わず辺りを見渡してしまった。
「そこで先程の商談です。エージ様が来てくださるのなら、お礼にこの私を差し上げますわ!」
「はぁ!? 自分を差し出すって意味わかってんのか? それも世界樹とやらの命令なら、最悪の母親だな」
「私はお母様は信じています。ですからエージ様の信じて、私を奴隷として好きにお使いください。今ならそこの馬車とウマネンもお付けしますわ!」
「メェエエッ!?」
おいメェエって鳴いたぞ。メェエってなんだよ! やっぱりこいつは山羊なんじゃないか?
「いらねぇから離してくれ!」
「了承して、契約印を押して頂けるまで離しません!」
何がどうなってるんだよ。まさか亜人全員がこんな滅茶苦茶な性格じゃないだろうな。もしそうならイグドラ大陸になんて行きたくないぞ。
「さぁこの私を買ってください! 買ってくれるまで私はエージ様から離れませんから!」
「こんなの商談でもなんでもない。ただの押し売りセールスだ!」
エージ「なぁランライト。フェアリー時の光粒子をあびたら空を飛べたりする?」
ランライト「は? あ、いえ、その仰っている意味が唐突過ぎて。・・・風邪でもぶり返しましたか?」
エージ「・・・うん、そうだね。寝ようか」




