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人魔戦争 〜聖都防衛戦〜(1)

 モリス森林の方角から禍々しい魔力の塊が吹き上がり、聖都の周囲を覆い尽くしていた。

 それは《点穴》のない人でも十分に感じることが出来るほど強力なものであった。


 あまりにも濃密な空気は、常人であればその場に膝をつき二度と起き上がる事はないと思わせてしまう。


「これが魔族…」

「違うよアリサ。これが戦場なんだよ」


 ルインは苦虫を噛み潰したような渋い顔をして答える。

 相手に気付かれて当てられた殺気は数知れず、賊などは勘が鋭く命の駆け引きをした事など両の足指で数えても足りない。


 だが周囲に殺気しか感じないこの状況。

 幼少期から暗殺家業をしてきたルインでも経験したことの無い規模だった。


 どこから攻撃が来るかも分からない。

 いつ始まるかも分からない緊張感。


(本当にアリサを守りながら戦えるの…?いや、やらなくちゃいけない…!)


 ルインは気がつかないうちにギリギリと音が鳴るほど歯を食いしばっていた。

 それを見たアリサは優しく微笑んだ。


「ありがとう。私を護るように言われてるんでしょ?」


 ルインは驚いたようにアリサを見ると、その微笑みに反して瞳からは覚悟を決めている事を察した。


「だけどね、私も一人で出来るわ。ルインも自分の命を守ってね?」

「……うん、でも勘違いしないで。ユウキから言われたのは後衛を護れって意味だから」


 アリサはそれを聞いて「ふふっ」と安心したように笑う。


 やや和んだ空気が二人の周囲に流れていたが、そんなひと時はそう長く続かなかった。


「ーッ!なに!?」


 二人は今まで感じた事の無いほど強大な魔力を察知して、同時に上空を見上げた。

 昼下がりだが常闇を映し出したような曇り空があり、それが不吉な予感であることは即座に理解させられた。


 …やがて閃光が迸り、空気を引き裂く音が周囲に木霊する。それが次第に明るさを増していくのだ。


 稲光によって全身の毛が逆立ち、肌がピリピリして痛みを感じるほどであった。


 ズガァァァァン!!


「きゃぁぁぁ!」

「くうぅぅ!!」


 大気を引き裂く轟音に耳を塞ぎ、目を閉じてしゃがみ込む。


 それは稲妻。


 自然現象でこんなに近くへ落ちる可能性は極めて稀だ。しかも音も威力も普段の物とは桁違いだった。


 だが今回は自然現象とは違う。

 すぐに発せられた言葉がそれを裏付けていた。


「俺は魔血衆ガーミラン!そちらノ《結界》ハ今の攻撃デいずれ壊れる。降伏ハ今より5分のみ認メる!」


 ガーミランの先制攻撃による降伏勧告に対し、教皇はすぐさま返答を行う。

 それは鼓舞のようでいて、降伏を考える時間をつぶしたとも捉えられた。


「平穏を脅かす侵略者に神は許しを与えない。我が《結界》は神の庇護下にある。さぁ、聖戦の鐘が鳴るぞ!」



 リンゴーン!リンゴーン!リンゴーン!


 教会鐘のある高台から、高い音と低い音が入り乱れて鳴り響く。


 不安を煽るような高揚するような不思議な音色だが、よく響く鐘であった。

 それと同時に白銀の甲冑を着て、長槍を構えた聖騎士団が馬術を駆使して魔族軍に突貫を仕掛ける。


「ガハハハッ!5分ト待てぬか!教皇殿ハどうやら血肉踊る戦いを所望のようダ!!」


 ガーミランは自らの持つ獲物、大斧を振り上げて雷を落とし構える。


「読めヌ動きに翻弄せヨ!」


 《千曲流(ちくまなが)れ》


 ガーミランは大斧を振り下ろすと、その重量と腕力をもってして大地に裂け目を広げる。


 その裂け目は縦横無尽に動き回り、幾重にも広がる亀裂は馬の足を止めるのに十分な効果があった。


「進めぇ!猶予ハ与えた…蹂躙せヨ!!」

「「「ヒャッハー!血祭だぁぁぁ!!」


 ガーミランの号令と同時に魔王軍は進軍を開始する。

 だがしかし、その戦法はとても統率が取れた物ではない。


 魔族は一人一人の力が強く、各々か好きなように戦った方がベストな場合が多い。

 故に魔族の戦い方は基本的に個の集団となるのだ。



 聖騎士はガーミランが作った大地の亀裂に進路を阻まれ、馬が邪魔になったため聖都に向けて転進させた。

そして自らは槍を構えて突貫を開始する。


「止まるな!!我らには主のご加護があられる!」

「コロミナ聖騎士長に続け!」


 突貫する騎士団に向けて弓や炎が雨のように降り注ぐ。

 中には突風や貫通力のある魔力の塊が襲い掛かるが、教皇の《結界》にて防御する。


 コロミナ聖騎士長は右手に“投げ槍”を構えると、その手を逆手に返し頭上へ天高く投擲(とうてき)した。


「所詮は烏合の衆。神の光を前にその膝をつき(こうべ)を下げよ」


 投げた槍は雲を突き抜け陽光が戦場へと降り注ぐ。

 その陽光の数が一つ…二つ…そして数百へと増えていく。


 スパンッ!ズバババンッ!!


 数が増えるに従って魔王軍は上空の異変に気がつくが、既遅い。

 天から降り注ぐそれは無数の光の槍であったのだ。



 固有血技《天使の羽》


「それが俺の固有血技。俺の聖歌はちと刺さるぜ」


 光の槍が降り注ぎ、弱き魔族は防ぎきれずに粉砕されていく。


 しかし魔族も魔族で弱い者を守ろうとする輩は誰もいない。何故ならば自分の身も守れないような弱者が悪であると言う考えをしているからだ。


「すごい…ボク達の出番あるのかな?」

「ない…わね。コロミナ聖騎士長の矛と教皇の盾は凄まじいわ」



 だが肝心のガーミランは、胡座(あぐら)をかいて座り、つまらなさそうに指で《天使の羽》を弾いていた。


「あぁ~?説法垂れて来ないンか?」

「行くさ」


 聖騎士長はもう一本背中から短槍を掴むと、ガーミランに向かって一気に振り抜いた。


 すると聖騎士長の周囲に幾千の光が瞬き、聖騎士達が光の槍を掴むと一気に魔王軍を突き抜けていく。


「来てやったぜ。懺悔(ざんげ)は終わったか?」


 コロミナ聖騎士長は口角を上げてニヤリと笑うガーミランを、長槍で一気に突いて吹き飛ばした。


 そしてこの聖騎士の突貫によって魔王軍は分断されることになる。


 しかし元々が個の集団であるので、分断事態に大した効果は得られず襲撃は続けられた。

 ここが魔族の厄介なところで、集団的な戦術目標がないので防衛に割く戦力が分散されてしまう。


「チィ!モリス森林まで吹っ飛んだか…あの魔族、伊達ではないな。身体を槍が突き抜けなかった!」


 聖騎士長の背後に迫る魔族を、光の槍が高速で貫き正確に攻撃を加えていく。



「イイぞ…素晴らしい一撃ダ。魔大陸でも数えるほどの攻撃デあった!!」


 ガハハハハハッ!!


 ガーミランは嬉しさのあまりに高笑いをしているが、その間もずっと魔力は上がり続けている。


「バケモン…が!」

「それを聞きたかったンだ…あぁ、これは返すぞ」


 そう言って地に落ちたコロミナ聖騎士長の槍を拾い上げ、同族がいるのも無視して投げ返した。


 チリチリッ!


 空気が引き裂かれる音と共に、道中何人かの魔族を貫くも勢い衰えず、雷光を纏ってコロミナ聖騎士長の胸中目掛けて疾走した。


 《守護天使》


 光の槍が前方に集まり防御姿勢を取る。


(あれは受けられない…魔力が桁違いだ!)


 ガァァァン!!


 激しい轟音と共に槍が《守護天使》に衝撃を加える。

 だが槍の貫通力の方が僅かに高い。押し負けると分かれば避けるしかないのだが…


 だが自分が避けたら……背後は聖都!


「主よ!我等に力を!!」


 願い虚しく《守護天使》は無惨にも砕け散り、コロミナが取った行動は本能的に右手を突き出す事だった。


 ガキンッ!


 槍は見えない壁にぶつかりコロミナの前方で停止する。

 しかし槍に凄まじい回転が加えられており、長時間停止する事はなかった。


(教皇よ、感謝いたします!)


「待ってたぜ、結界をお前に集中させるのヲな!!」

「なんっ…だと!」

「小癪な。だがコロミナ君も捨ておけん…神のご意志はまだ死んでおらん!」


 再び上空に魔力が集まると轟音が聖都を襲う。


 教皇の《結界》によって雷はその進路を阻まれるが、あまりの威力に亀裂が入り始める。


「これは…」


 教皇の《結界》は聖騎士達に分散させた影響で強度が減衰していた。

 そこに一撃目を上回る威力の稲妻を落とされたため、攻撃力が防御力を上回ったのだ。


 数百年と言う長い月日の間に聖都に張られた《結界》が破壊されたのは、今回が初めてであった。

 市民は結界が破壊されるなど考えもしていないので、その自尊心が結界もろとも破壊されればどうなるだろうか。


 自らの盾を失い、頭を抱えて蹲る者を誰が非難出来るだろうか?


 いや、それは誰にもできない。

 怯えることは生存本能だ。


 だがしかし、信心深い信者達に悪魔の(いかずち)が降り注ぐことはなかった。


 誰もが絶望しかけた時、破壊された《結界》が虹色に輝いているのを目撃する事になった。



 その中で一人の少女が両手を掲げて、必死に堪えていたのである。


 アリサだ。


 最初の一撃を放った魔力が聖都上空に集まっている事を察知し、その場所に向かって防御を合わせた。


 《魔法障壁》


 気休め程度にしかならないかもしれない。

 でも今は教皇の《結界》が聖騎士長に集中していて、聖都の護りは薄くなっている。


 アリサは全身全霊を持って魔力が集中した場所にピンポイトで展開した。

 これは並外れた魔力制御能力と、ユウキとの生活で感覚を研ぎ澄ましてきた彼女にしかできない所業。


 誰もが扱える《魔法障壁》は、彼女にしか扱えない《融和の小窓》へと新たな魔法として昇華(シフトチェンジ)していた。


 虹色に輝く魔法陣は小範囲に展開される。

 だが心伴い範囲とは裏腹に、確実にガーミランの魔力を捉えていた。


「なンだぁ?“融和のカーテン”に似ているな…ふんッ」


 ガーミランも初めて見るその光景に眉を顰めるが、構わず技を発動させた。

 ようはやってみれば分かると言う事だ。



 結果として《結界》で守れなかった物を、不思議な虹が信者を護った。

 その虹色の魔法陣を見た信心深い信者たちは口をそろえてこう言う。


「あれは…神がお守りになられたぞ!」

「おお…主よ。感謝いたします」



 そして役目を果たした虹色の魔法陣は消えていく。


「はぁはぁ…なんて威力なの…」


 アリサはまだ気がついていなかった。

 ガーミランの放った稲妻が一度目よりも更に強大な威力であった事を。


 それなのに固有血技でもない《魔法障壁》で受け切ってしまったのだ。

 それを見ていた教皇は驚きと共に、なぜ彼女らが特使として各国を回っていたのかを真の意味で理解した。


「上空より飛来し地に転がる少女は脆弱と感じたが……この眼は節穴か」

「ジジィ、お前分かんネェのかよ」


 教皇はガーミランに言われた事が理解できなかった。

 分からないとは何のことか?次の戦略が既に展開されているという事だろうか。


「私には神からのお告げが聞こえておる」

「お告げより女カラの誘いの方がイイぜ!さっきの魔導師ヲ出せ。人族の中でも指折りノ強豪だろう!」


 はぁ?!あいつはバカなの?

 私はただの魔術師よ…魔導師なんて烏滸(おこ)がましいわ!


 魔導士とは洗練された技術を会得し、人から信頼された者のみが呼ばれる呼称のようなものだ。

魔術師とは別格の存在であると言える。


 そういった意味では獣人のネームドと似たようなものである。


「出てこないならイイ。魅力的な俺様が振り向かせてやる」


 ガーミランは両手に魔力をこめると、上空へ向けて一気に放出した。


 先程の魔力の塊が大多数!


「チッ!ボクがあの首落とす!」


 《サイレントミスト》


 ルインの周囲に霧が立ち込め、やがて気配を消してその場から消えた。

 目指したのは大将首。


 アリサは上空の魔力の塊を凝視する。

(なんて数…私には…ユウキ、怖いよ!)


「怖いよぉ…お母さんどこ……」


 女の子がアリサの裾を握りしめてきた。


 この子の顔を見てハッとした。それは一緒に噴水広場で踊った子であり、私の最初の友達セリーヌだ。


 あんなにいい子が親からはぐれてこんな体験をしている。


(私も怖いのに、セリーヌが怖くない道理はない!)


「大丈夫よ。セリーヌちゃんはお姉ちゃんが守ってあげる」


 ニコリとすると、安心したように涙をこぼしながら壊れた笑顔をむけてくる。


 強い子。

 こんな子を孤児にしちゃいけない。

 私には私にしかできない事をする。それが今最善の道なんだから!


 稲妻の魔力濃度はユウキでなくても分かるほど濃密。私にもある程度細かい位置が分かるなら…


「子供を、泣かせるなぁぁぁぁ!!」


 《融和の小窓》を展開すると同時に、ガーミランの稲妻が発動する。




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