第96話 姉妹剣士は出会う。
◇
ほんの数分前、ベローネは街で暴虐の限りを尽くすモンスターを討伐していた。
「はああ!」
迫り来る異形、その全てを彼女のストームブリンガーが断ち切る。
全方位に神経を集中し、攻撃を警戒しつつ救助を行う。
「民間人の方は『虹の蝶』ギルドへ、大通りには他のメンバーを配備しています!」
ベローネは黒煙と炎が立ち込める中、必死に呼びかける。
街の人々は惨状に怯えながらも、ベローネを見て安心そうな顔を浮かべた。
「私は戦えるんだ、あの頃とは違う……!」
自らの苦い過去が具現化し、襲いかかる感覚。
今、自分はそれに立ち向かっている。
街を消すことが筋書きならば、このストームブリンガーで書きかえてみせる。
「……あれは!」
目の前には『鉄血の獅子』、各々が武装し暴れ回る姿には知性が感じられず、まるでモンスターだ。
獅子のブローチから僅かに魔力が漏れている。先程遭遇した『鉄血の獅子』の例に漏れず、彼らも操られているのだ。
咆哮を上げ、ベローネに襲いかかる。
「ガアアアアアア!!」
「どけぇ!」
ベローネは大立ち回りでストームブリンガーを振るい、獅子のブローチのみを破壊する。
針に糸を通す以上の繊細な剣術、壮麗のベローネで呼ばれる彼女は、それを身の丈を超える大剣で実行出来る。
ブローチを破壊された『鉄血の獅子』はその場に倒れ気絶する。
「『鉄血の獅子』が操られていることを『虹の蝶』全員で共有しなければ」
事態を知るマキナはギルドに向かった、ギルド防衛組に伝達は済んでいるはずだ。
アリアとステラは共にモンスター討伐組、加えてベローネの3人。
モンスターを撃退する立場の『鉄血の獅子』に、事態を飲み込めないまま攻撃される可能性がある。
「急がねばならんな……!」
ベローネは街を駆けていくと、時計台前広場に差し掛かる。
街のシンボルの時計台には炎の熱で爆ぜる音が鳴り、木々は倒れ、破壊されたベンチが散乱する。
その中心に、人影が見えた。
栗毛が肩に流れ、すらりとした手足、腰には刀を差し、プラチナの鎧に身を包んだ少女。
「……アスナかっ!?」
ベローネはアスナの背中に向かって叫ぶ。
行方をくらましていたアスナが、再び現れた。
だが、アスナは振り返らない。
「一体何があったんだ、説明してくれ!」
必死に言葉を投げかける。
瞬間、ベローネは前方に殺気を感じ取り、途端にストームブリンガーを両手に構えた。
アスナは振り返り、赤い双眸でベローネを視界に捉える。
ベローネには、ある最悪の可能性がよぎっていた。
遭遇した『鉄血の獅子』は全員が操られていた。
それはつまり――。
「第一標的、発見」
アスナも、例外ではないと言うこと。
刀神器ムラサメをゆっくり抜刀すると、その艶やかな刀身を輝かせた。
「……そ、そんな」
ベローネは動揺しながら、向けたくない切っ先を構える。
すると、アスナはふっと姿を消す。
「!?」
五感を集中し、眼を動かす。
殺気は――上空。
月を背にしたアスナが、ムラサメで斬りかかる。
ガキィィィィンッ!!
刀神器ムラサメの刃が、退魔剣ストームブリンガーに接触し、金属音と共に火花が散る。
「ぐ、ぐううう!?」
薄い刀身と思えないほど重いムラサメの斬撃、じりじりと押されていく。
「私だアスナ、目を覚ましてくれ!」
ベローネは鍔迫り合いのまま説得する。
だが、その声はアスナに届かない。
アスナはストームブリンガーを受け流し、横薙ぎの斬撃を繰り出す。
ズガアアアアアアン!
辺りの建物すら薙ぎ倒す一閃、ベローネはストームブリンガーで防御体勢をとる。
盾として使用できる巨大な剣身、ムラサメの斬撃を防ぎ切った。
「な、なんて威力だ……!?」
ベローネは身体に伝わる衝撃に戦慄した。
この攻撃は、本当に自分を殺すためのものだと理解したのだ。
もしマキナのストームブリンガーで無ければ、間違いなく胴体は泣き別れとなっていた。
アスナは再び仕掛けるべく斬りかかる。
「待っていろアスナ、私は君を――」
轟音と共に、ストームブリンガーとムラサメが交わる。
「正気にさせる道を選ぶっ!」
ベローネは剣戟の最中、アスナの獅子のブローチを視認。
だが、とある違和感を感じた。
「……魔力が出ていないだと」
今まで操られていた者は、皆『鉄血の獅子』のブローチを媒介としており、魔力が煙のように滲み出ていた。
アスナのブローチには、その様子が一切見受けられない。
ベローネは集中し、魔力の源を探る。
そして彼女は発見した。
妖しい紫の魔力は、刀神器ムラサメから発せられていた。
「なんだと……!?」
洗脳から解くには、魔力が注がれた媒介を破壊しなければならない。
だが神器に属する武器は、このクフラル王国で、未だ破壊された記録が存在しない。
更にそのムラサメの使い手は、刀剣士としての実力を兼ね備えたアスナ。
ベローネがアスナを救うには、何としてもムラサメを破壊しなければならない。
「く、私に出来るのか……!」
ストームブリンガーの斬撃は威力が強力な反面、隙が大きい。
ベローネの腕で最小限に留められているが、その僅かな隙をアスナは逃さず狙ってくる。
軽量に造られた武器である刀だからこそ出来る所業だ。
防戦一方のベローネ、渾身の一撃を与えよう物なら、先制で斬撃を喰らってしまう。
「つ、強い……!」
雨の如きムラサメの斬撃の中、アスナは強烈な回し蹴りを繰り出す。
それはベローネの鳩尾に深くめり込む。
「ぐはっ……!」
吹き飛ばされたベローネは、時計台に背中を強打する。
ストームブリンガーを支えに、辛うじて直立を維持する。
「標的の生存を確認、これより殲滅します」
アスナはゆっくりと歩み寄る。
「……アスナ、『虹の蝶』はいいぞ」
ベローネは掠れた視界のまま、ストームブリンガーを構える。
「……変わった人間も多いが、皆が家族のように過ごしている。君も気に入ってくれる」
アスナはムラサメを鞘に仕舞い、居合の体勢を取る。
「少なくとも私のパーティーメンバーはアスナに入ってほしいと思ってくれている……皆も分かってくれる……だから」
巨大なムラサメの一閃が、ベローネを捉える。
――また、一緒に過ごそう。
ズガアアアアアアアアアアン!
時計台は両断され、音を立て崩れ落ちていく。
ベローネは線が切れた人形のように倒れ、足元のストームブリンガーには刀傷が深々と刻み込まれている。
「標的の生存を確認、これより殲滅します」
アスナは機械的に言いながら、ベローネに接近する。
早く立ち上がらなければ、だが手足が全く動かない。
寝てる場合じゃない、今日も『虹の蝶』でクエストを頑張らねば。
「……アスナは、また道に迷ってるのか……迎えに行く必要があるな……」
ベローネはゆっくりと眼を閉じる。
ムラサメの刃が、無慈悲に振り下ろされる。
その時、
巨大な雷の矢が、石畳を抉りながら迸り、ベローネとアスナを別つ。
「……!?」
アスナは紙一重で躱すが、更に2発、3発と雷矢が放たれ、ベローネから距離が遠ざかる。
そして俊敏な動きのまま体勢を崩し、瓦礫の山に突っ込む。
電撃の残滓が地を這い、その根源を目で追うと、雷弓を装備した白髪の少年の姿。
何故だろうか。
幾たびの障害がこようと、彼を見るだけで心強いと感じてしまうのは。
剣で自分を負かしたのも、彼が初めてだった。
己の作った武器に夢中で、それでいて自分の実力には無頓着な不思議極まりない男。
「マ、マキナ……」
「遅くなった」
マキナは自らが壁になるように、2人の間に立つのだった。
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