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誰よりも軽やかな風  作者: 雪原たかし
第2章 『高楼大陸にて』
24/35

第18話 「集いの地から」

[現時代五一九年五月一〇日]


 第一四サイトを七時一五分に出発。

 太陽は見えず、空はやや暗い。

 出発時の天候は曇り。

 ソーモン荒原は曇りになりづらい地域らしい。

 風はおおむね微風。北寄り。東からの風。感情深度の変化は無し。


 航空機が近くを通過した(一〇時頃?)。

 航空機が実際に飛行しているのを初めて見た。

 想像よりも静か。速い。

 乗りたくなるものらしい。

 そうは思わなかった。

 ソーハンの近くに空港があると教えられた。

 旧式の航空機では離発着がとても難しい。


 一五時現在、まだ生物は見られていない。

 時期的にはチラという鳥類が飛来することもあるらしい。

 寒冷地域に生息する白い羽根の鳥類は白鳥と総称される。

 チラはその一種。

 高楼大陸では他に二種の白鳥が生息している。

 画像を見せてもらう約束をしたけれど、これを書いている時点で、まだ見せてもらっていない。

 荒原が緑に覆われる画像もまだ見せてもらっていない。

 できれば思い出すこと。


 土肌の見える場所が増えてきたように思われる。

 融雪の時期が近いそうだ。

 緑に覆われる前には、融雪水による洪水が発生するという。

 洪水はすぐに終息するけれど、地下へ浸透する速度が大きくて、土壌から養分を溶脱させる。その影響で、植物に乏しい荒原が形成されるんだそうだ。

 ソーロの言っていた“軟弱な土壌”は、その融雪の時期の土壌を指すようだ。確かに、一年ごとに軟弱になるのでは、安定しているとは言えないだろう。


 第六二サイトへ一六時一二分に到着。

 地上部分はこれまでと違って、やや大きい直方体。

 あとで内部も記録すること。


 内部は地上部分にマナジンなどの設備と広間があり、宿泊部屋が下層に固められている。

 公設サイトに導入されている各種の設備には規格があって、どのサイトでも同じ設備を使えるそうだ。

 ここを書いている今の時刻は二二時五〇分頃。

 チエはきのうと同じくらいの時刻に寝入った。

 今日もアラシは他の冒険家たちと話し込んでいる。

 僕もあの会話に加われるようにならなければいけないんだろう。そのためには知識が要る。この書付けはきっとその素材となる。

 あとは、『箱』から持ち出した装備のひとつ、惑星現時代史本の『ダ・イエラ』はいくらか参考になるようだ。ただ、少し古いものらしく、今のところ現実とはそれほど合っていない。

 より現在の現実に沿っている資料が欲しい。対価を見積もったらアラシかチエに頼むようにする。覚えておくこと。


 今日の昼食時に、その日の食事の記録をアラシに提案された。

 朝食は豆由来のスープと米だった。スープの名前は忘れたけれど、高楼大陸では一般的なものだというのは覚えている。

 昼食は硬いブレッドが二個。アラシは四個だった。チエが多さに呆れていた。

 夕食は、大きな椀に盛られた米の上に、とろみのある白い半透明の液体をかけたものだった。見た目よりも甘味が濃くて驚いた。


 明日の予定は、第一七五サイトへの移動と、種々の観測。

 明日の試みは、知識を増やす領域を決めること。


 今日の終わりは二三時一三分。




[現時代五一九年五月一一日]


 第六二サイトを八時三分に出発。

 きのうに続いて、出発時の天候は曇り。

 風は弱風。北寄り。東からの風。

 感情深度はほとんど変化することが無いそうだから、これからは特記項目に入れておくようにする。


 階段状の傾斜地形が現れ始めた。

 急なほうの斜面には縞模様が見られる。

 そのような地形はクエスタというらしい。

 近年では地殻運動が緩やかになっているというのは確からしく、風化によってソーモン荒原のクエスタは徐々に消えつつあるという。


 一〇時頃から天候は晴れに変わっている。

 気温がかなり上昇しているようで、雪面はずいぶんと減っている。

 土壌はどこも湿っている。ぬかるんでいる場所も多い。

 靴のスパイクを外し、不透水カバーというものを着用することになった。これからしばらくはスパイクを使わないんだそうだ。

 融けかけの雪とぬかるんだ土壌は、今までの硬い雪面よりも楽に歩くことができる。スパイク付きの靴での歩行がいかに難しいものだったのかがよく分かる。それでも、ソーハンの街路と比べれば、さすがにいくらか歩きづらいのは確かだ。

 不透水カバーは泥はねへの対策。


 約束していた画像を見せてもらう。

 ひとつは白鳥。

 もうひとつは緑の広がるソーモン荒原。


 白鳥は飛翔時と陸上のものをそれぞれ。三種の見分け方は羽根の一部の色。チラは赤。シグイは橙。ツイルは黄。

 ソーモン荒原で緑の大半を占めるのは、トゥーシューモスという植物。比較的に温暖な時期になると盛んに生育する。見た画像では、まさに一面を鮮やかな緑の短草が埋め尽くしていた。


 第一七五サイトへ一七時一八分に到着。

 地上部分は第六二サイトとまったく同じに見える。

 内部の違いに注目。


 内部構造は第六二サイトとほとんど同じだった。

 宿泊部屋の数が少し多いのが違うだけだ。

 どうやら利用者は南部ほど多いようだ。ここ第一七五サイトは、今日の利用者が五〇人なんだそうだ。

 ここを書いている今の時刻は二二時二〇分頃。

 チエの寝入った時刻は二一時四〇分頃。きのうと同じでふらつきながらベッドに入った。

 アラシはまた他の冒険家たちと話し込んでいるけれど、僕はまだ加わることができない。さすがに一日でどうにかなるものじゃない。

 今日の試みとしていた“専門領域の選定”は、候補を絞っただけ。最も強い興味があるのは、高楼大陸で用いられている、統一文字と異なる文字や言語。ソーハンの店で見た時から興味があった。

 決定は先延ばしにする。


 朝食はきのうと同じ、豆由来のスープと米だった。米に塩を含む調味料をかけて味を変化させていた。なんでも“ふりかけ”というもので、今日の“うめしお”以外にも多くの種類があるらしい。

 昼食は細長くて甘いブレッドを四本。アラシは七本だった。

 夕食はフリアッシュラピンという料理を他の冒険者からもらった。葉菜や根菜を細長く切り、彩りよくまとめて、それを米由来の生地で包んだもの。生地がかなり透明に近くて、見た目に彩りがあった。食べる時には少し酸っぱい液体を軽く付ける。


 明日の予定は、スーコンへの移動と、ホンチョワン鉄道への乗車。

 明日の試みは、鉄道に関する知識を得ること。


 今日の終わりは二二時四七分。




[現時代五一九年五月一二日]

 第一七五サイトを八時一分に出発。

 出発時の天候は快晴。

 風は弱風。北寄り。東からの風――――――――




    ※ ※ ※ ※ ※ ※




「見える?」

「ああ」

「なんで二人とも双眼鏡も無しで見えるってえのよ……」

 目から双眼鏡を離し、チエが呆れ声で言う。

 今日の四度目の観測を終えてから三〇分ほど。僕たちの前方には、少し急な斜面を背にする小規模の建物群が見えている。

「あれがスーコンだよ」

「てか、チイは見たことあるから、別に見えなくていいじゃん」

 チエが双眼鏡をリュックサックの中に入れる。

「想像より小さな町だな」

「まあスーコンはただの交通結節都市だからね」

「交通結節都市というのは小規模なのか?」

「たいていはね。“駅があるから存在する都市”だから、その駅に関係のある人くらいしか定住しないんだよ」

 時刻は一四時一〇分。目算だと、あと三〇分ほどで着きそうだ。

 あそこには、確かな新しさが待っている――――――――




 時刻は一四時四一分。

 出発から天候は快晴を保ったままで、僕たちはソーモン荒原での徒歩移動の終点であるスーコンへ到着した。

「あー長かったぁ」

 スーコンの域門を過ぎるなり、チエが疲れたような声で言った。

「こんな時期のソーモン荒原なんて歩いても面白くないってえのよ」

「まあ、北進に時期が合うように出発したからね」

 域門から伸びる道路は一本だけ。両側には低い建物が並んでいて、道路に面して地図や装備らしきものが並べられている。

「土色の町だな」

「町が……そうだね、確かに土色だ」

 建物の壁。並ぶ物体。人々の衣服。なにもかもが土色だ。色だけ取り出せば、今まで歩いてきた荒原とほとんど変わらない。焦点を外して視界をぼやかせば、斜面の土肌とも同化しそうだ。いくらか残っている雪がそれを防いでいる。




 数分もしないうちに、僕たちはスーコンの中心部にたどり着いた。

「ここがスーコン駅……の出入口」

「……これが?」

「うん、これがそう」

 アラシが指しているのは――――

「ただの大きな階段だぞ」

 幅の広い階段とエスカレーターが地下へと伸びている。それ以外には、なにも無い。

「あ、近くに昇降機もあるけど、そっち使う?」

「チイは昇降機一択ね」

「そういう話じゃなくてだな……」

 まさか駅の地上構造がこれだけだとは思っていなかった。

「いや、地下にある鉄道なら、駅は地下にあるのが当然か……」

「あ、駅そのもののほうか。大丈夫だよ、駅はこの地下にちゃんとあるから。まあ、けっこう深いんだけどね」

「じゃあやっぱ昇降機使うべきじゃん」

「……それもそうだね」

 アラシとチエが階段に背を向ける。

 僕はそれを気配だけで把握して――――

「僕はここを降りる」

「昇降機はこっち……えっ」

「大丈夫だ。降りるだけなら僕ひとりでも問題は無い」

 アラシの了承を待たずに、足は下段へ向かった。

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