【第９４話：牧羊犬】

　◆　レミオロッコ視点

　私はフィナンシェちゃんの背の上で、その光景を眺めていました。

　ビッグホーンの群れは、まるで押し寄せる波のようで……。

　足の震えが止まらない……。

「でも……キュッテがここまでお膳立てしてくれたんだから、私も頑張らないと！」

　私の受け持つ場所と違って、キュッテの方は守りも何もない場所でこのビッグホーンの群れを迎え撃たなくてはいけない。

　こちらは頼りないとはいえ、しっかりと守られた場所で、多くの衛兵や冒険者の人たちと協力して倒せばいいのだから、弱音を吐いていられないわ。

「来るぞ！　弓隊、構えーー！　……放てーー!!」

　まずは衛兵や冒険者の中で弓を扱える者たちが、アレン様の号令で一斉に弓を放ちました。

　弓は放物線を描いて飛んでいき……見事ビッグホーンに命中していきます。

　まぁ、と言っても、適当に放っても当たるぐらい沢山いるわけだけど……。

　ただ、多くの矢が当たったにも拘らず、それで倒れるようなビッグホーンはほとんどいませんでした。

　しかし、これは想定内よ！　……キュッテの、ね！

「良し、勢いが落ちたぞ！　続いて弓隊は第二射用意！　……放てー!!」

　ビッグホーンを矢だけで倒すのは難しいですが、その勢いは目に見えて落ちました。

　先頭集団を狙って勢いを削ったので、後ろは前が詰まって減速するしかありません。

　それに、先頭集団の中でも左右両側を厚めに狙ったことで、こちらへの誘導もうまくいっています。

　今のところキュッテの作戦通りだわ！

「合わせて……魔法隊は詠唱を開始！　各自詠唱完了次第放て!!」

　そして、アレン様の指示で今度は魔法隊が次々と魔法を放っていきます。

　こちらはタイミングを合わせるのが難しいようなので、属性で打ち消し合わせないように撃つ場所だけ事前に決めておいて、各自のタイミングで放っているみたい。

　魔法の威力は、キュッテの工夫を加えた上でもそこまで高くないのだけれど、こちらへの誘導という役割はきっちり果たしてくれてそうね。

　そしてその時、ビッグホーンの群れ後方からも戦闘音が。

　羊戦車隊がビッグホーンの群れ後方側面から、本格的な攻撃を開始したようです。

「まったく……キュッテはよくこんな作戦をポンポン思いつくわね……」

　前方が詰まって速度が落ちたところに側面から突撃を喰らい、後方はかなりの数が討ち取られていっているようです。

　そして……とうとう本命の私たちの出番がやってきた！

　事前に一度フィナンシェちゃんにはブレスを放ってもらい、どの辺りまで攻撃が届くか確認しているんだけど、弓ほどの射程距離はないのでちょっと怖いです。

「ひっ!?」

　前言撤回……。

　無数の攻撃を喰らい、ビッグホーンたちも怒り心頭といった様子で、涎をふりまき迫る様子は、かなり怖いです!!

「とと、とうとう来たわ!!　ふぃ、ふぃな、フィナンシェちゃんっ!!　頼んだよ!!」

　しかしフィナンシェは、すぐそこまで迫ったビッグホーンの群れにもまったく怯える様子は見せません。

　それどころか、余裕さえうかがえます。

「がう！」

　大きく息を吸い込むと、魔力の奔流が巻き起こり……灼熱の業火を吐き出した。

　……圧巻……。

　それ以外の表現がない。

　視界を真っ赤に染めた炎が過ぎ去った後には、消し炭と化したビッグホーンだったもの(・・・・・)が残るのみ。

　ケルベロスモード(フィナンシェ)ちゃんの本気のブレスが凄いのは、さっきの試射で見ていたのだけれど、骨も残さず消し炭にするほどの威力だとは思わなかったわ！

「す、すごい……すごい！　すごい！　すごい!!　フィナンシェちゃん凄い!!」

　数十頭と思われるビッグホーンをたった一度のブレスで焼き払ってしまった。

「すす、すげぇ……」

「な、なんだありゃぁ……」

「や、やった……これなら、これならなんとかなるんじゃねぇか！」

　冒険者と思われる人たちの呟きが、やがて歓声にかわるのに時間はかからなかった。

「おぉぉぉぉ!!　俺たちも負けてられねぇ!!」

「そうだ！　嬢ちゃんや牧羊犬(・・・)に負けてられるか!!」

　うん。牧羊犬の認識が完全におかしな方向に……って、言っている場合じゃないわ。

「フィナンシェちゃん、よくやったわ！　そろそろ第二射の準備をお願い！」

「がう！」

　フィナンシェちゃんのブレスによって、全面が大きく空いたのだけれど、まだまだ多くのビッグホーンが残っています。

　後方から押し出されるように、ビッグホーンの群れがまた迫ってきていました。

「フィナンシェちゃん、お願い!!」

　私は先ほど焼き払って出来た隙間が埋まったタイミングを見計らって、もう一度フィナンシェちゃんにブレスをお願いしました。

「がう！」

　そして、先ほどの光景をもう一度再現するように、見事ビッグホーンの群れ前方を殲滅するフィナンシェちゃん。

「さすが優秀な牧羊け……はっ!?　私までキュッテの影響でつい……」

　キュッテが何かあるごとに「優秀な牧羊犬」と言うからうつっちゃったじゃない！

　まぁそれはともかく……。

「フィナンシェちゃん、凄いわ！　この調子で次々にいくよ!!」

　私がそう言って巨大な頭を力いっぱい撫でて上げると、フィナンシェちゃんは嬉しそうに喉を鳴らした。

「がう♪」

　こうしてキュッテが立てた作戦は、街の皆の協力とフィナンシェちゃんの大活躍により、順調に進んでいった。

「キュッテ……あとはあなたの番だよ。信じてるんだからね……」

　作戦の成功がほぼ確実になってきた私は一人そう呟くと、この世で一番信用している頼もしい女の子の顔を思い浮かべたのでした。