【第90話:#ケルベロス】
突然起こった魔力の奔流に、作戦本部の中に置いてあった書類が一斉に宙を舞いました。
「きゃぁ~!?」
誰ですか? 私らしくないカワイイ悲鳴だと言ったのは?
と、そんなこと考えている場合じゃなかったわね……。
「いったいなんなの!? って……え? フィナンシェがやってるの!?」
突然の出来事に混乱し、宙を舞った書類と吹き荒れる魔力の奔流に気を取られていたので、足元にいるコーギーモードの変化に気付きませんでした。
フィナンシェのその姿は、いつもケルベロスモードで私を街に運んでくれる時に覆ってくれる、魔力の膜のようなもので覆われていました。
しかし、それよりも……。
「え? え? えぇぇ!? ぶ、ぶれが……」
今までにも何度か、フィナンシェの姿がブレたような気がした事があったのですが、今回ばかりは見間違いではありません。
「きゅ、キュッテ!? ふぃ、フィナンシェちゃん、どうしちゃったの!?」
「そ、そんな事、私が聞きたいわよ!? フィナンシャ? だ、大丈夫なの!」
こんな事態、もちろん今まで一度もありません。
フィナンシェは高位の魔物だけに頭がとても良いので、こちらの指示はかなり正確に理解してくれます。
だけど、羊たちのように能力で意思疎通が出来るわけでは無いので、何をしようとしているのかがわかりませんでした。
でもその答えは、呆気なく知ることが出来ました。
フィナンシェの身体のブレがだんだん大きくなっていき……。
「「「「「ぶ、分裂したあぁぁぁぁ~!?」」」」」
私たちの目の前で、カワイイが分裂してカワイイカワイイになってしまったのです!
「カワイイ×カワイイでカワイイカワイイカワイイカワイイカワ……カワイイがゲシュタルト崩壊を起こしちゃって……はっ!? あまりのことに思考がおかしな方向に向かう所だったわ!?」
「いや、なんかキュッテ、既におかしな方向に向かうどころか、おかしな終着点に到達していたわよ……」
相変わらずレミオロッコは失礼ね。
当たってるから反論しにくいけど……。
「きゅ、キュッテ、これはいったいどういう事なのでしょうか……? フィナンシェが二匹に分裂を……」
カワイイが増えたと喜んでいる場合じゃなかったわ。
そうよ。前から兆候はあったのよね。
何かフィナンシャがブレて見えるような事がここ最近何度か。
一瞬の事だったから、正直、目でも疲れているのかと思っていたのだけれど……。
そう言えば……。
前世のケルベロスの古い伝承の中には、たしか首の数が五〇もの数になるとか言うのがあったはず。
え? なんでそんな事を知っているのかですって?
私は前世で犬を飼うのが夢だったんだけど、SNSで三匹の犬が重なってる写真があって、そこに『#ケルベロス』ってタグが付いてたから、気になって調べたことがあるのよ。
まさかその時は自分がケルベロスを飼うことになるなんて、思いもしなかったけど……。
まぁそもそも、こっちはまったく別の世界なわけだし、何でもありと言えば何でもありなのよね。
首がもっと増えようが、分裂しようがね。
そもそも羊が魔物な世界なんだから……。
「「がぅ♪」」
おぉ~♪ 分裂しても見事なハモりね♪
そしてなんだか凄くドヤ顔に見えるのだけれど……カワイイから問題ないわね!
普段からコーギーモードの時は身体も頭も一つで、声だけが何故か二重に聞こえてきていたのだけれど、今は身体も頭も一つのフィナンシェが二匹いる状態。
正直、まったく見分けがつかないわ。カワイイから問題ないけど。
それにしても……凄く動画撮りたい!!
瓜二つの最高にカワイイコーギーが、無い胸を張ってドヤ顔×2してきている姿を記録しておきたい……。
これ、動画配信したら絶対に話題になること間違いなしなのに!
「きゅ、キュッテ、これはいったい……」
いけないけない……増殖したカワイイに興奮して、また思考が変な方向に向かうところだったわ。
うん。アレン様もびっくりして気付いてないみたい。
レミオロッコの視線が痛い気がするけど、全力でスルーよ!
でも、そんな事より……。
「アレン様! どういう理屈か私もわからないのですが、フィナンシェが二匹に分かれたので、これで騎士団のところ……シグナ様のところにも助けに向かえます!」
「え、あ、し、しかし……大丈夫なのですか? 分裂したことで力が弱くなっているなどということはないのですか?」
本当はすぐに了承したいでしょうに、しっかり確認してくるところがアレン様らしいです。
でも……大丈夫かは正直わかりません!
だって、こんな事態まったく予想していなかったし、突然二匹に分裂したんだからわからないわよ!?
でも、わからないなら本犬に確認すれば良いわね!
「フィナンシェ? これで二手に分かれる事が出来るのは嬉しいんだけど、強さは落ちてないの? ビッグホーンの群れは凄い数なの。それでも大丈夫?」
「「がぅ!」」
私がコーギーモードにそう問いかけると、フィナンシェたちは私の周りを二、三周ぐるぐると回った後、スカートの裾を引っ張って外に向かいました。
「フィナンシェ? 外に来てどうするの?」
私だけでなく、アレン様やレミオロッコはもちろん、魔道無線担当の人以外は、みんな外へとやってきました。
そして、私たちの見守る前で……。
「「がぅ~~ん!!」」
ハモるような遠吠えをしたあと、そのままケルベロスモードしたのでした。










