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【第89話:覚悟】

 桃組に続いて他の組の戦車隊も次々にビッグホーンの群れと遭遇し、戦闘に突入していきました。

 戦果は上々で、どの隊も概ね狙い通りにビッグホーンの群れを誘導できていますし、負傷者も出ていません。


 羊偵察部隊も上手く立ち回ってくれていて、逐一情報を届けてくれているので作戦本部にいながらかなり正確な戦況を把握できています。


 みんな好き勝手にフラグを立てまくって出撃したので、ちょっと心配になりましたけど、今のところなんとかなっているわね……。

 ただでさえ重圧に苦しんでいるのに、余計な心配させないで欲しいわ。


 本当は今もまだ気を緩めるとへたり込んじゃいそうなんだけど、今は弱音を吐いている場合じゃないですし、ここで油断して失敗しちゃったら今までの皆の努力が水の泡になっちゃう。


 そう思って、もう一度気合いを入れようとしていると……。


「良かったわね、キュッテ。上手く行ってるみたいで。だけど、力が入りすぎよ? キュッテはいつもみたいに飄々としている時の方が驚くような力を発揮するんだから、もっと肩の力を抜いたら?」


 と、レミオロッコが話しかけてきました。

 飄々って……私そんな感じじゃ、そんな……うん、否定はしないでおくわ……。


 でも話しかけて来てくれたのは、レミオロッコだけではありませんでした。


「そうですよ。責任は僕たち貴族がとりますから、キュッテはいつもの調子でいてください。そんな感情でずっと続けていたら、身体がもちませんよ」


 私を診断したのでしょう。

 少し苦笑いを浮かべて、いつもの細目を更に細めたイケメンスマイルで、アレン様も話しかけてきました。


「アレン様まで……ふぅ~、そうですね。もう少し肩の力を抜こ……」


 抜こうかと思います。そう、続けようとした私の言葉は、大声でもたらされた報告によってかき消されてしまいました。


「たたた、大変です!! 群れが!? え、あ、あ……」


 い、いったいなに!? 群れがどうしたの!?


 大きな声をあげた女の人は、さっき未来の旦那さまが……とかほざい……げふんげふん、未来の旦那様の安否を気遣っていた女性なのですが、混乱しているようで中々内容を報告してくれません。


 そこへ、凛とした声をあげたのはまたもやアレン様でした。


「落ち着きなさい! 群れがどうしたのですか?」


 アレン様、やっぱりスペック高すぎますね。

 普段はどちらかというとおっとりしている感じなのに、初めて会った時といい、いざという時にはとても凛々しい振る舞いをされます。


「は、はい! すす、すみません!? ビッグホーンの群れが、その、群れの三割ほどが、わかれてしまったらしいです!」


「そ、そんな!? ここまで来て……」


 これだけの数の魔物の群れですから、最初から完璧に群れの行き先をコントロールするのは難しいのはわかっていました。


 でも三分の一もの魔物が別の群れを作ってしまうなんて、想定していた中では最悪のパターンです……。


 そう……でもそれは、想定していたわ!!


「慌てないで! じゃぁ、羊偵察隊の近い配置の子たちをそちらに付けて……それから、羊戦車隊の『めろん組』と『みかん組』を向かわせて再誘導を試みて!」


「は、はい! わかりました!」


 そして、今のこの配置から行き先を考えると……あれ? これ、農家さんたちを避難させた場所の近くじゃない!?


 最悪の想定を超えてこないでよ!?


 私もそうですが、この世界では街だけではなく、街の外に住む人たちもそれなりの数の人がいます。

 街の近くにはそれほど魔物は出ないので、実際、農家さんたちを中心にこの地方都市クーヘンの周りにもかなりの人が住んでいます。


 まぁ……前世の記憶が戻ってからの魔物との遭遇率を考えると疑いたくなるところではあるのですが……。


 それはともかく、その街の人たちは、今、アレン様の兄であるシグナ様率いる騎士団が守ってくれています。


 でも、たしか騎士団の人数は20人程だったはず。

 とてもではありませんが、全体の三割ものビッグホーンを凌ぐことは難しいでしょう。


 すぐに応援を……そう思っていると、いつの間にか側に来ていたアレン様が私の肩にそっと手をあてて話しかけてきました。


「? アレン様?」


「キュッテ、もう時間です。フィナンシェと共に配置に就いて下さい」


「えっ……そ、そんな!? シグナ様たちだけで守り切れる数ではないですよ!?」


 その言葉に、私は思わず絶句してしまいました。

 それってつまり、シグナ様たちを見捨てるということになるんじゃ……。


「わ、わかっています……。ですが、もう配置に就いて貰わないとこの作戦そのものが失敗します。大丈夫。シグナ兄さんは、あぁ見えて凄い人なんです」


 大丈夫……な訳がありません。

 きっと、これが貴族として、領主としての在り方なのでしょう。


 感情は隠されていますが、いつの間にか握り締めているその拳が、アレン様の心の中の葛藤を表していました。


「で、でも……」


「キュッテ。一人でも多くの領民の命が助かる道があるのなら、それを選ぶのが貴族の務めなのです。お願いします」


 そう言って頭をさげたアレン様に、私は何もいうことが出来ませんでした……。


 私は……。


「「がぅがぅ!!」」


 まるで励ますように吠えたフィナンシェ。


 フィナンシェやさしいよフィナンシェ。


 などと思っていると、突然、魔力の嵐が吹き荒れたのでした。


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