【第81話:ちょっとちょっと】
冒険者ギルドを後にした私たちは、その後、また馬車に乗って衛兵の詰め所へと向かいました。
「やはりもう完全に噂になっていますね。混乱が広がらないと良いのですけど……」
馬車の窓から街の様子を窺っていましたが、やはり街のいたるところでちょっとした騒ぎになっており、その驚く声などが馬車の中まで聞こえてきていました。
「キュッテさん、大丈夫ですよ。この街の人たちは皆強いですから、私たちは私たちに出来る事をなしていきましょう」
牧場で暮らしている私には、気休めで言ってくれているのか、それとも本当にそうなのかは判断出来ませんが、今私が焦っても良い事は一つもないので、その言葉を信じる事にしました。
「そう、ですね。私は私の出来る事をしようと思います」
私には前世の知識があるし、スキル『牧羊』のランクがとても高いので、普通の人と比べれば色々な事ができます。
その上、レミオロッコを始めとする工房や牧場の人たち、フィナンシェや羊たちの力も借りられるので、更に出来る事の範囲は広がっているでしょう。
でも、それでも出来る事には限界がありますし、今回の事などは、さらにもっと沢山の人の力が必要です。
だから、アレン様にもイーゴスさんにも目一杯お力をお借りしますし、不本意だけどギルド長のなんとかモーイさん、冒険者ギルドのアンナさん、そして……実際に先頭に立って戦う事になるだろう、冒険者や衛兵のみなさんにも頼っちゃいます。
「だけど……街を襲おうとした魔物たちには、ぜ~ったいに痛い目にあって貰うんだから!」
イベントでふれあった沢山の街の人たち。
そこには笑顔が溢れ、みんな幸せそうでした。
そんな人たちの笑顔を奪おうというのなら、あの手この手で翻弄して生まれてきたことを後悔させてあげる!
ふふふふふふ……ビッグホーンたち? 絶対に許しませんからね?
イーゴスさんに答えながら、そう心に誓ったのでした。
◆
黒い何かが溢れてイーゴスさんがちょっとひいていましたが、それからすぐに衛兵の詰め所へと到着しました。
馬車を降りると、沢山の人が慌ただしそうにしている様子が見えます。
思ったより、準備は順調に進んでいそうですね。
衛兵の詰め所は大きな建物ではないのですが、ここは訓練が出来るような広いスペースが併設されており、今はそこに天幕が張られ、色々と準備が進められているようでした。
そしてそこには、既にアレン様も待っていました。
「アレン様!」
大きく手を振って名前を呼ぶと、アレン様もすぐに気付いて、何人かのお付きの人と一緒にこちらに来てくれました。
「キュッテ! それにイーゴスも、ご苦労様です。思ったより早かったですね。もう冒険者ギルドの方は大丈夫なのですか?」
「キュッテさんがうまく説明して下さったので、大丈夫だと思われますよ」
「そんな、私はイーゴスさんが話してくれた補足をしただけなので」
謙遜とかじゃなくて、本当に先にイーゴスさんが説明してくれて、私がその補足の説明をしただけなのに。
このイケボで元イケオジはのせるのが上手いんだから。
「そうですか。上手く行っているのなら良かった。でも……悪い報告があります。魔物の群れの進路が最悪のルートを取っているかもしれません」
さ、最悪って、まさか……。
「最新の情報では、魔物の群れはこのクーヘンの街へと向かっているようです」
詳しく話を聞いてみると、せっかく順調に進んできていたのに、もしかするとこちらが準備を終える前に、先に魔物の群れが街に辿り着いてしまうかもしれないということでした。
「そ、そんな……あと、どれぐらいで街まで来そうなのでしょうか?」
羊戦車が完成する前に、街に来られれば作戦も水の泡です。
あの巨大なビッグホーン数百匹が、もし街の門や防壁に突撃してきたら、きっとひとたまりもないでしょう。
「まだ正確なところはわかっていませんが、このままだと一日かからず……」
「一日掛からないという事は、速ければ、明日の朝、遅くても日中にはこの街までやってくるという事でしょうか?」
「そうですね。恐らくそうなりそうです」
良し! それなら羊戦車は間に合います!
レミオロッコが明日までに四台完成させると言ったのです。
彼女がそう言ったのなら、絶対に完成させてくれると私は信じます!
当初の予定では、一日使って訓練をしっかりしてから打って出ようという話でしたが、最悪のケースは免れたと前向きに考えましょう。
「予定はちょっと狂いましたが、まだ最悪ではないですし、出来るだけ急ぎましょう。私はこの後、工房に戻って色々手伝おうかと思います」
ホームを経由することで、資材の搬入や大きなものの移動など、私にも色々と手伝えることはありますからね。
うちの牧羊犬は優秀なんです! 牧羊犬ですが?
「それでしたら、私がここでの作戦説明と指導を致しましょう。さきほど冒険者ギルドで一度しておりますから、キュッテさんは先に工房の方にお戻りください」
「そうですね。一台目の戦車が完成すれば、それで先に訓練が始められますからね」
「アレン様、イーゴスさん、ありがとうございます。あっ、最初の羊戦車は冒険者ギルドの方に運ぶ予定でしたが、そのままで構わないですか?」
もともとはもう少し時間があると思っていたので、一台目を冒険者ギルド、二台目をここへ搬入するつもりでした。
羊戦車では冒険者の人たちが中心になって乗り、衛兵さんの半数は街の守りの方に就く予定です。
だから訓練のためにはそうした方が良いのですが、衛兵さんが守りの配置に就いてしまうと、バラバラになってしまい、羊戦車の実物を確認できずにぶっつけ本番になってしまうかもしれません。
だから、配置前にこちらに先に運んだ方が良いかと確認してみました。
「はい。最初の予定通り、冒険者ギルドに運んでください。連携する予定の衛兵は先に冒険者ギルドへと向かわせます。残りの衛兵も、二台目がこちらに届く前に配置に就く者には、冒険者ギルドに寄ってから向かうように指示しておけば問題ないでしょう」
「わかりました。それでは、一旦失礼いたします」
さて……最悪の状況ではないですが、かなり厳しい状況になってきたわね。
私も頑張らないと!
気合いを入れ直し、さっそく工房へと向かおうと思ったのですが……。
「ちょっとちょっと! 俺にも紹介してくれるんじゃなかったのかい?」
お付きの人だと思っていた人のうちの一人が、突然大きな声をあげたのでした。










