【第73話:来客】
ソーサさん家族を雇ってから、一月が経ちました。
初めて牧場にやってきたソーサさんたちは、色とりどりの羊にそれはもう驚き、とどめにケルベロスの姿を見て気を失ったりもしましたが、今では牧場生活にもすっかり慣れたようで、毎日楽しそうに働いてくれています。
なんでも、荘園を所有していた時も、雇っている人たちと一緒になって働いていたらしく、思いのほか肉体労働は得意なのだとか。
レミオロッコにお願いして売店にする予定だった建物を増築して貰い、今はそこで家族三人仲睦まじく暮らしています。
将来はここをちょっとした観光地に出来たら嬉しいなぁと思っていたりするのですが、こちらはまだまだ当分先ですね。
あと、実はリイネが孤立しないかちょっと心配だったのですが、それも杞憂に終わりました。今ではソーサさんの娘のミーアとすっかり仲良くなって、こちらも毎日楽しそうです。
もう牧場の方は、この四人に任せておけば、基本的に問題なくなりました。
ただ、私のスキルの存在が大きいので、何日も私が牧場を離れてしまうのは避けるようにはしています。
それから、レミオロッコ工房もようやく軌道に乗ってきました。
孤児院での羊さん製造も品質があがって問題なくなり、今では他の街への出荷も始まっています。
また、新商品の開発も進んでおり、洋服や小物、雑貨などの試作品第一弾がいくらか完成し、今はその製造の準備をアレン商会の方で始めている所です。
もうこれ以上ないぐらいに順調です。
そう。すっごく順調……だったのですが、その日、大きな問題が起こりました。
「え? 街の近くに?」
いつものようにフィナンシェと共にレミオロッコ工房にやってくると、大丈夫だったのかと皆に詰め寄られて驚きました。
話を聞いてみると、どうやら街の外に大規模な魔物の群れが発見されたのだとか。
「さっきね。アレン様のところから、ゴメスさんが慌ててやってきて……」
幸いにも場所は、街を挟んでちょうど牧場とは反対に位置する場所で発見されたそうですが、街の外で生活している私のような人たちにとっては大問題です。
まぁうちは優秀な牧羊犬がいるので問題ないとは思いますけど、それでも私がこうやってフィナンシェと共に街に来ている間の事を考えると楽観視もできません。
牧場のみんなが心配だし、今日は出来るだけ早めに帰ろうかしら? などと考えていると、外から馬の嘶く声が聞こえてきました。
どうやら、誰かが馬車でやってきたようです。
「馬車? 今日ってアレン商会との取り引きって何かあったかしら?」
「え? 私は聞いてないわよ? キュッテが何か約束したんじゃないの?」
何かあったかと思い出してみますが、直近の取り引きや打ち合わせの予定は入って無かったはずです。なんでしょう? ちょっと一抹の不安がよぎります。
「「キュッテさん、お客様が来られたのですが……」」
対応に出てくれたギルダさんとギルナさんの二人が戻ってきて口にした来客者は、まったく予想外のものでした。
「え? 商業ギルドのギルド長が?」
◆
レミオロッコ工房に突然やってきた馬車は商業ギルドからのもので、しかも乗っていたのはギルド長でした。
一応、商業ギルドからは正式な謝罪を頂きましたし、今まで買い叩かれていた素材の差額なども補填してくれました。
なので、ある意味表面上は和解はしていると言っても良い状況なのですが、副ギルド長の元にいたのは、なにもソーサさんのように脅されていた人たちばかりではありません。
勝ち馬に乗ろうと自ら副ギルド長に近づき、一緒になって甘い汁を吸っていた商会や職員もいたようですし、恐らく私に恨みを抱いている人もいるだろうと、あまり商業ギルドには顔を出さないようにしています。
大半は副ギルド長と共に芋づる式に捕らえられましたが、中にはその網を抜けた人もいるでしょうから。
そんなわけで、私は商業ギルドを避けています。
避けているは、うちの行動を見れば一目瞭然なので、わかっているはずなのですが、突然どういうことなのかしらね。
とりあえずは応接室……というほど豪華ではありませんが、来客用の部屋に通して待ってもらっていますが、会うのがちょっと憂鬱です……。
「ほんとに何なのかな! 突然来るなんて! 私がちょっと昔を思い出してシメてあげようか?」
でも、レミオロッコが代わりに怒ってくれているのを見ると、何だかちょっと冷静になれました。でも、ありがとうね。
ちなみにレミオロッコ。昔と言うほど昔じゃないからね?
「ふふふ。ありがと。でも遠慮しておくわ。もう来られてしまったら、さすがに断るのも失礼すぎるし、会うだけあってみるわよ」
実は商業ギルド長からは、直接会って謝罪がしたいと一度コンタクトを取ってきたことがあるのですが、その時は断っているのよね。
先月開催した『もふもふキュッテ牧場~カワイイふわもこ羊とふれあえる癒しの広場~』の準備で忙しい時期だったのは本当なのだけれど、それを理由にして、ね。
さて……色々考えても始まらないし、入りましょうか。
私は来客用の部屋の扉をノックすると、
「失礼します!」
と言って、部屋へと入ったのでした。










