【第69話:これから】
「はははは。それは災難でしたね。今やキュッテはこの街では時の人ですね」
「もう~、アレン様。笑いごとではないですよ。ここに来るだけでも大変だったのですから……それに時の人とか勘弁してください」
結局、一五分ほど待ち合わせの時間に遅れてしまいました。
笑って許してくれましたが、アレン様もイーゴスさんも、凄く忙しいなかで時間をとってくれているのに、本当に申し訳ないです。
それにしても、ここまで声を掛けられまくるとは思いもしませんでした。
確かに昨日のイベントはこの世界の人にはかなりのインパクトがあったでしょうし、すごく盛り上がっていましたが、私個人がこんなに目立つ形になるとは全く考えていませんでした。
私はレミオロッコみたいに人見知りと言う訳ではないので、街の人と関わり合いを持つこと自体は別に嫌ではないのですが、それでも限度というものがあります。
「でも、たしかにキュッテさんの言う通り、笑ってばかりもいられませんね。ただでさえキュッテさんは忙しい身ですし、今後は馬車での移動なども考えた方が良いかも知れません」
確かにイーゴスさんの言う通り、今後は馬車を使うのも考えてみても良いかもしれませんね。
ちなみに羊馬車は目立ち過ぎるので使いませんよ?
法的には馬車を止める事は禁止されていても、子供はさすがにそこまで理解していませんから。
あれは先導してくれる護衛役の人がいないと、街中ではまともに動けなくなるでしょう。
でも、馬車ですか……。
問題は誰に馬車を牽かせるかです。
本当なら馬に牽かせるのがいいのでしょうけれど、うちには馬はいませんし、新たに飼うとなれば、金銭面だけでなく、世話の面でもちょっと大変です。
羊が一匹増えるのと違って、馬用の設備も用意しなければいけませんし、世話の仕方も違ってきますからね。
そもそも馬は高かったはず……。
アレン様に相談すれば援助して貰える気はしますが、出来ればこれ以上は負担をかけたくありません。もう十分すぎるほどお世話になっていますから。
「キュッテ。馬車を用意するにしても、キュッテ自身が御者をしていれば、結局街の人に見つかってしまいますよ? 御者の件もそうですが、思い切ってもう少し従業員を増やしますか? 事業もこれ以上ないぐらいに順調のようですし」
今日の話し合いで元々詰める予定だったのも、うちのこれからの事業についてです。
イベントの打ち上げの席で聞いたのですが、うちの羊のフェルトマスコット『羊さん』の噂が、他の街や王都にまで広がりつつあるようで、アレン商会に売って欲しいといくつか依頼が来ているそうなのです。
ただ、これがちょっと問題なのですよね……。
「うちとしての事業は上手く行っていますが、羊さんは売れば売るだけアレン様のところの負担になるのではないのですか?」
そうなのです。
元々私の我儘のせいで、羊のフェルトマスコット『羊さん』は、売れれば売れるだけアレン商会にとっては赤字なのです。
この街で売る分には、アレン商会では羊さんは宣伝費として考えており、実際に羊さん目当てでお客様が増え、商会の知名度も上がって、結果的にはかなりプラスになっているようなので問題はないんです。
でも、ここで他の街にまで安値で卸してしまうと、輸送費もかかりますし、もしかするとトータルでもマイナスになってしまうかもしれません。
「たしかに羊さんだけを他の街に持って行ってまで売るとなると、輸送費もかかりますし、うちの負担も馬鹿にならないものになってしまいます。でも、ついでであればそこまで負担は大きくありません」
「ついで、ですか?」
「はい。羊さんはかなり軽いですから、今までの馬車の荷を減らさずに、元の荷物の上にでも袋にいれて括り付けてしまえば、輸送費は実質ほぼゼロにできます。それから、ここからは相談なのですが……大々的に色付き羊毛の製品を販売しはじめませんか?」
元々、羊さんに続く商品をという話は前からしていたので、それほど驚く内容ではないのですが、大々的にですか。
「そうしたいのは山々なのですが、いきなり従業員が増えすぎると、いくらギルダさんとギルナさんがいるとは言え、今はまだ厳しいかと思うのですが……」
私の方は、ギルダさんとギルナさんの二人が優秀なお陰で、工房だけでなく牧場も含めてほぼすべての管理をしてくれており、少しずつ余裕も出てきています。
ですが、工房のみんなやリイネは、まだようやく作業を覚えてきたところです。
それを考えると、出来ればもう少し慣れてからにしたいところです。
と、その辺りを正直に話してみると、イーゴスさんが凄く魅力的な提案をくれました。
「キュッテさん。アレン様の商会には、お抱えの職人がそれなりの数在籍しております。キュッテさんの所で作る商品は増やさず、商品開発のみ行って頂いて、実際の商品の生産はアレン商会に任せてみてはいかがでしょう?」
「え? そんなこちらの都合の良い話はさすがに……」
さすがにこちらの都合が良すぎると思い、ついそんな言葉が出てしまったのですが、
「何を言っているのですか、キュッテ。アレン商会にとっても凄く美味しい話なのですよ」
と言って、今度はアレン様がイケメンスマイルを投げかけてきたのでした。










