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【第49話:ぶらっく】

 工房を立ち上げる事になってから数日。

 私たちは毎日のようにアレン商会へと足を運び、準備を進め、ようやくその目処が立ってきました。


「どうしてかしら……。もふもふに囲まれて、のんびり牧場生活するつもりが、毎日とんでもなく忙しいわね」


 牧場の朝は早い。

 前世では完全に布団の中だった時間には、羊たちを放牧し、既に厩舎の掃除を始めています。


 そこから何匹かの毛を刈り取ったり、乳を絞ったり、チーズを作ったり。

 それが終わると、今度は街まで出かけて工房起ち上げの準備を進め、終わったら終わったで、牧場に帰ったあとも、今度は羊のフェルトマスコット作りをしています。


 ありがとうございます。どう考えてもブラックです。

 黒いです。黒い牧場です。


 さすがに毛糸づくりは手が回らないので一旦ストップしていますが、それでも、かなり大変な日々が続いています。


 たとえ『牧羊』スキルの能力でスムーズに色々出来ていたとしても、この世界の若い頑丈な身体じゃなければ、絶対に倒れていたわ……。


 今朝も牧場の仕事を終えたので、これからまた街へと向かわなければいけません。

 もふもふとカワイイに囲まれてのんびり暮らしたいだけなのに、カワイイが圧倒的に不足しているのよね。


 そんな事を考えていると、いつも自由奔放にしている白山羊のカシワが近づいてきました。


「ぶぇぇぇ~」


「ん? 白山羊(カシワ)じゃない? どうしたの?」


 そろそろ街に向かうのにフィナンシェを呼ぼうと思ってたのだけれど、どうしたのかしら?

 ちなみに黒山羊のオハギは、自分の事をたぶん羊だと思っているので、いつも通り羊の群れの中で一緒に牧草食べてます。


「ぶぇぇぇ~!」


 何かを私に伝えようとしているみたいですが……うん。さっぱりわからないですね。


 カシワは、最近ピンクの羊たちが気になるらしく、興味津々に近づいてはよくちょっかいを出して、返り討ちにあっていたのですが……。


「え? 桃組に何かあったんじゃないわよね?」


 あ、『桃組』って言うのは、五匹のピンクの羊たちのことです。

 誰ですか? ネーミングセンスがとか言っているのは?

 いちいちピンクの羊たちって呼ぶのが面倒なだけだったので、単純でいいんです。


 話がそれました。

 とにかく、桃組に何かあったのかとちょっと心配になり、周りを見回してみたのですが、普通に牧草を食べてました。


「なによ、カシワ。焦らせないで、よ……ね……」


 桃組には、何も問題などは起こっていません。

 ピンクの羊五匹は、同じ進化をして仲間意識でも強いのか、いつも固まって行動しており、今も仲良く一緒に牧草を食べています。


 問題は……その隣の五匹の羊たちです。


「そのうちとは思っていたけど……案外早かったわね。しかし、その()できましたか」


 そこにいたのは五匹のイエロー(・・・)な羊たち。

 ピンクに進化する羊が現れた時から、いつかは他の色の羊も現れるのではないかと思ってはいましたが、思ったより早く現れました。


「それにしても……か、カワイイ、イエローカワイイ……ふふ、ふふふふふふ……」


 私がイエローの羊たちに、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ夢中になっていると……。


「キュッテ~! そろそろ出かける準備……ひっ!?」


 いつの間にか、すぐ側までレミオロッコがやってきていました。

 しかし、失礼ね。人の顔を見て悲鳴をあげるなんて。


「ま、また何か企んでるんじゃないよね!?」


 またって何ですか、またって……うん。言い返そうかと思ったけど、思い当たる所が結構あるのでスルーしておきましょう。


「……とりあえず、見て」


 私はそう言って、檸檬(れもん)組の羊たちを呼び寄せました。


 あ、もうグループの名前は、果物でいくことにしたわ。

 もし、色のイメージに合う果物が無かったら、その時はその時で。


「え……とうとう本当に別の色に進化する羊が現れたのね……」


 そのうちピンク以外の色に進化する羊も現れるのではないかという話はしていたので、レミオロッコも意外と冷静です。


「という事で……刈るわよ!」


 とりあえず、今日さっそくアレン様にも見せてみましょう。


「なにが『という事で』よ。ちょっとバリカンを取ってくるから、待ってて」


 文句を言いながらも、すぐにバリカンを取りに行ってくれるレミオロッコを見送りながら、私は喜びが隠せないでいました。


 だって、これで色々な色の羊が出現するのが、ほぼ証明されたようなものです!


 という事は、将来は色々な色の毛がとれ、色々な色のフェルト羊毛や毛糸も作れるわけです。

 作れるフェルトマスコットやぬいぐるみの種類も増えるでしょうし、色々な色の服や帽子、アクセサリーや小物や雑貨が作れるという事じゃないですか!


 今から夢が膨らみます♪


「ぶぇぇぇ?」


 私が、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ妄想に浸っていると、カシワが凄く不思議そうに私の顔を覗き込んでいました。


「ん? どうしたの? カシワ?」


「ぶぇぇぇ~!」


 あれ? 何か様子がおかしいわね?

 何かを伝えようとしているみたいだけれど……?


「あっ!? 『牧羊』スキルのランクがあがってる!?」


 この感覚は前に経験しているわ。

 間違いなく『牧羊』のランクがあがっています!


 進化した羊が五匹も出たからかしら?

 フィナンシェ(ケルベロス)を従える事に成功して以来、久しぶりにランクアップしました。


 でも、普通は生涯かけて二ランクアップするぐらいが普通だって聞いたのに、私のスキル、どうなってるのかしら……。


「あれ? そう言えば、どうしてカシワが私のランクアップがわかったの? ただの偶然かしら?」


「ぶぇぇぇ!」


「なんか『偶然ちがうもん!』って言って怒ってそうな感じね……。でも、いったいどうしたのかしら? あ、そう言えば、新しい能力って何なのかしら?」


 そう思い意識をうちに向けてみたのですが、あまりにも能力の数が多いからか、一つランクアップしただけのはずなのに、新たに得た能力がわかりにくいですね……。


 でも……そのうちの一つはわかりました。


 一つ、牧場にいる家畜とある程度の意思疎通ができるようになる能力。


 これをカシワは伝えたかったのね!


「カシワ! あなた、私の言ってる事が何となくわかるようになったのね!」


「ぶぇぇぇ♪」


 これはかなり嬉しいです♪

 この牧場で、唯一意思疎通が難しかったのが、カシワとオハギの白黒山羊コンビだったので、これで牧場にいる皆とある程度の意思疎通が出来る事になります!


「なんだか色々と嬉しい事が続くわね♪」


 この後、戻ってきたレミオロッコにランクアップの件を話し、一緒に一匹だけイエローの羊の毛を刈り取ると、予定通り街へと向かったのでした。


「ぶぇぇぇ~!?」


 ただ、なぜか自分も毛を刈られると思ったカシワが、必死で逃げ回ったせいで、少し出るのが遅れてしまったのはご愛敬です。


 毛を刈るって言うのが変に伝わったみたい……。


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