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【第42話:勇気】

 持ってて良かった牧羊杖!

 羊泥棒たちの足元の草が突然大きく成長したことで、馬の走る速度がみるみるうちに落ちていきます。


「な、なんだこりゃぁ!?」


「うわぁ!? こ、こんな時にいったい何だってぇんだ!!」


「お、おい!! も、もうそこまで迫って来てるぞ!?」


 馬たちにとっては胸元まで伸びる草はとても厄介ですが、小屋並みの巨躯を誇るうちの牧羊犬にとっては、全くの無害です。だから、牧羊犬ですが何か?


「うん。十分減速したわね。これなら……フィナンシェ! 一気に追い抜いて前に回り込むのよ!」


「「がう!!」」


 私の指示に従い、フィナンシェが一気に速度を上げると、瞬く間に羊泥棒たちの集団を追い抜き、馬車の前に回り込むことに成功しました。


「草よ延びろ~! そして……これでも喰らえ!!」


 私は後ろの、馬車からすると前方の草を大きく成長させると、それと同時に牧羊犬バロメッツの能力を使って、馬の鼻っ柱に水をかけてあげました。


 すると、馬が驚き、ようやく馬車を止める事に成功しました!


「動かないで!! 動いたら、うちの牧羊犬が黙っていないわよ!!」


「「ぐぅぉぉぉぉぉぉん!!」」


 うん。さすがうちの優秀な牧羊犬。

 私の警告に合わせて、羊泥棒たちに咆哮を浴びせかけてくれました。


 口々に「牧羊犬ってなんだよ!?」とか「あれが牧羊犬なものか!?」とか言っている気がしますが、きっと気のせいでしょう。


 それにしても……馬に乗っていた三人は、どこからどうみても盗賊ですね。

 薄汚れた服に黒ずんだ革鎧。腰には武骨な短剣を差しており、まさに絵に描いたような盗賊。いいえ、蛮族といった方がぴったりかもしれません。


 それに、顔まで極悪人の顔してるわね……。


「静かにしなさい!! よくも私の大事な羊たちを盗んでくれたわね!」


 フィナンシェの大きな背中の上にいるお陰で、何とか強気を装っていられていますが、本当は怖くて仕方ありませんでした。


 そもそもそこの三人、顔が怖すぎるのよ……。


「わ、悪かった! 俺たちは頼まれただけなんだ!」


「い、命だけは助けてくれ!」


 よ、良かった。抵抗せずに従ってくれそうね。

 そう思って安心しかけた時でした。


「そうだ! 悪いのはそこの馬車に乗っている旦那なんだ!」


 え? 馬車に乗っている旦那?


 盗賊風の男たちの言われるがままに、視線を馬車に向けると、そこには……。


「貴様……雇い主を売るとは、あとで覚悟しておけ!」


 そこには一番会いたくない相手が……。


「しかし……まさか牧場の餓鬼がこんな魔物を従えているとはな」


 今回の件の悪の元凶である副ギルド長の姿が……。


「それで、どうするつもりだ?」


 そして……その手が掴むのは……。


「れ、レミオロッコ!!」


 手枷を嵌められたレミオロッコが馬車から引きずり降ろされる姿を、私は指をくわえて見ている事しか出来ませんでした。


「お前こそどうするつもりなのだと聞いている! こいつを見捨てるのかっ!?」


 副ギルド長のその手に、ナイフが握られていたから……。


「れ、レミオロッコを、はなしな、さい」


 しかし、どうにか絞り出した私の言葉を、副ギルド長はフンと鼻であしらいました。


「はなせと言われてはなすのは、馬鹿か善人だけだ。俺はどちらでもないぞ?」


 ホントにもう! この人何なんですか! この人大っ嫌いです! 苦手です!

 ケルベロスを前にしているのに、どれだけ度胸座っているのよ!?


 むむむ……なんだか怖さよりも段々腹立たしさが勝ってきたわ!


「そう? でも……私も勿論引き下がらないわよ!」


 そう強がってみたものの、状況は非常に不味いです。


 雇われた盗賊風の男たちは、ケルベロスにすっかり怯えてしまっていますが、副ギルド長は全く引き下がるつもりはなさそうです。


 それどころか……、


「では、どうするのだ? 俺もレミオロッコ(こいつ)は命綱だからな。はなすつもりはないぞ? それともお前がその魔物に命令して俺を殺すのと、このナイフがこいつの命を奪うのと、どちらが早いか試してみるか?」


 と言われてしまい、私は言い返す事が出来なくなってしまいました。


 こんな状況どうすれば良いの……のほほんと生きてきた私には、ちょっとハードルが高すぎるよ……。


 心が折れそうになりかけたその時、突然レミオロッコの声が響き渡りました。


「キュッテ!! いつも私を言いくるめるその口はどうしたの!? いつからそんな口数少ない子になったのよ!? それとも口をどこかに落としてきた!? でも、もし弱気になんてなってるなら、シメる……きゃっ!?」


「レミオロッコ!?」


 私を勇気づけるつもりで叫んだのだろうレミオロッコの言葉は、副ギルド長に髪を引っ張られた事で止められてしまいました。


 でも……レミオロッコのその言葉が、もう一度、私に勇気をくれました。


 それにしても、えらい言われようじゃないかしら……?

 私の口はいったいなに? 凶器かなにか?

 絶対に……絶対に絶対に助け出して、お仕置きしてあげるんだから!


「その手を離しなさい!! レミオロッコを乱暴に扱わない事を約束して!」


 だから……。


「約束してくれるのなら、そのピンクの羊たち……みんなあなたにあげるわ!!」


 だから、ちょっとだけ待ってなさいよ。


「きゅ、キュッテ!? この子たちを!?」


「いいの。もふもふでカワイイ羊も勿論大切だけど……あなたはもっと大切だもの」


 私がそう言うと、レミオロッコは一瞬目を見開き、そっぽを向いてしまいました。

 泣いているのもろバレだから、あとでたっぷり揶揄ってあげるからね?


 だから……黙ってそこで助け出されるのを待ってなさい。


「ほぅ。じゃぁ、見逃すというのだな? でも、俺はそれをどう信じればいい?」


そうでしょうね。副ギルド長なら、やっぱり疑ってくるわよね。


「私の能力で、この子を牧場へ戻すわ……」


「キュッテ!?」


 私はレミオロッコの言葉を意図的に無視し、ケルベロスモード(フィナンシェ)の背を滑り降りました。


「……どうやって牧場へ戻すのだ?」


「見てなさい。これからこの子を送還という能力で牧場に転移させるわ! フィナンシェ……送還するから、大人しく牧場で待っててね」


 その言葉と同時に発動させた私の能力により、フィナンシェの身体は光に包みこまれたのでした。


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