【第35話:乙女】
「あの……私から高く買い取ったフェルトマスコットを安く売ったら、赤字になってしまいますよね?」
私が前世の記憶を持っていない普通の子供でも、それぐらいは誰にでもわかる事です。
そんな事をしたら、売れれば売れるだけ赤字が増えていっちゃいます。
「キュッテさん、アレン様の商会は、先ほども申したようにお店に人が来ない事が問題なのですよ」
「はい。それはもう、驚くほど、本当に驚くほど人が来てくれないのですよね……ははははは」
アレン様がなんだか遠い目をして乾いた笑いを浮かべています。
そ、それほどなのですね……それほどお客さんが全然まったくこれっぽっちもこないという事なのですね!?
「例えばですが、キュッテさんとレミオロッコさんが作られたそのフェルトマスコットを、アレン様のお店でお一人さま一個限定で安くお売りすればどうでしょう? フェルトマスコット自体もとても珍しく可愛いですが、このピンクという色もとても興味深いです。きっと凄い宣伝効果が期待できますよ?」
前世のスーパーで言うところの箱ティッシュみたいな感じですか。
うん、庶民にはわかりやすい例えですね!
「客寄せ用に売る物だから、多少の赤字になってもかまわないということですか?」
「はい。その通りです。それに、私の商会ではこのような珍しい物を扱っているのですという宣伝にもなります。だから、ちゃんと商品の価値に見合った価格で買わせてください」
そうなると、代理販売をお願いするのではなく、フェルトマスコットを買い取ってもらう形になるのかしら。
代理販売なら気楽にのんびりやっていこうと思っていたのですが、そうなってくると、ある程度、纏まった数を作りたいですね。
今もレミオロッコのお陰でかなりの速度で作ってはいるのですが、やはりもう少し人が欲しいところです。
まぁでも、それは後々ですね。
まずは、話を進めましょう。
「とても嬉しい話なのですが、本当に宜しいのでしょうか? 私は赤字さえ出なければ安い値段で……」
「いいえ! そこはこれから商人として生きていく上で、私の矜持でもありますので、価値にあった価格で買い取らせて頂きます!」
お、おぅ……意外とアレン様、頑固でした……。
でも、ここまで言って頂いているのだから、お言葉に甘えちゃいましょうか。
アレン様にも利があるようですしね。
「わ、わかりました。私としてはとても嬉しい話なので、是非お受けさせてください」
私が了承の言葉を返すと、アレン様は立ち上がり、
「ありがとうございます! キュッテ!」
私の両手を掴んで感謝の言葉をくれました。
本当は私の方がずっと感謝しないといけない立場なんですけど……いつかアレン様には恩返ししないといけませんね。
その後、すぐさま簡単な契約書を交わし、その場でコーギーモードに何往復かして貰うと、牧場に用意していた一〇〇個すべての羊のフェルトマスコットをお渡ししたのでした。
◆
「それではアレン様、これからも宜しくお願いします!」
「あぁ、キュッテ。こちらこそよろしくね。それから副ギルド長の件は、私の方から一言ギルド長の方に苦言を呈しておきます」
私としては、アレン様とイーゴスさんのお陰で商売が大きく前進し、カワイイの普及への第一歩を踏み出せたのでもう満足なのですが、これ以上邪魔されないようにと言われたので、頭を下げてお願いしておきました。
「それと、コーナーの飾りつけの件も忘れずに考えておいてくださいね」
実は商談の後の雑談の中で頼まれたのですが、お店が味気ないという事で、お店の飾りつけを依頼出来ないかとお願いされたのです。
最初は、牧場の管理とフェルトマスコット作りがあるので、さすがにそんな余裕はないとお断りしたのですが、それならば羊のフェルトマスコットを置くコーナーだけでも考えて欲しいと改めてお願いされたので、お受けする事にしました。
お店の中の小さな一角だけなら何とかなりそうですし、ちょっと楽しそうですから。
「はい。わかりました。来週の納品までに考えておきます!」
こうしてアレン様たちと別れた私たちは、羊の目に使用しているボタンなどの購入を手短に済ませると、そのまま牧場へと帰る事にしました。
本当は商業ギルドでの羊毛の販売を終えたあと、新たに人形の代理販売をしてくれる店を探そうと思っていたのですが、まさかこんな事になるなんて嬉しい誤算です。
そして今は、街を出てフィナンシェを連れての帰り道。
いつも人気の少なくなるところまで歩いてから、フィナンシェのケルベロスモードをして乗って帰っています。
フィナンシェに触れている状態で送還すれば、一瞬で一緒に転移出来ると思うのですが、まだ人で試すのは安全面でちょっと怖いので、フィナンシェに乗って帰ります。
もう白山羊転移実験は終わっているんですけどね~。
そんな事を考えながら歩いていると、レミオロッコが凄くキラキラした目で私を見つめている事に気付きました。
「な、なに? レミオロッコ? どうしたの? 落ちてるものでも食べた?」
「食べてないわよ! キュッテ……あなた、やるわね」
「え? 何が『やるわね』なの?」
言っている意味がわからず聞き返すと、いきなりがばっとこちらの手を握り、
「キュッテに彼氏がいるなんて思わなかったわ!! 今日、帰ったら聞き取り調査に入るからそのつもりで!」
と、目を輝かせながら詰め寄ってきました。
「えぇっ!? 違うから!? アレン様とは以前一度会っただけで、そういう関係じゃないから!?」
その日、乙女と化したレミオロッコに、夜遅くまで根掘り葉掘り聞かれまくり、翌日、二人揃って寝不足になったのでした……。
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