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ホリーヘッドでの足止めと"イギリス"の裏側

アイルランド島の対岸であるホリーヘッドで"チューブ″を降りてみたものの、何度調べなおしても海底トンネルは閉鎖中のままだった。


ため息をつきながらもう一度事件を調べなおしてみるとどうも爆破未遂だったらしく、それだけのことをする人間たちを警戒する気持ちはわからなくはなかったが、それでも『私』としては迷惑、という感情のほうが先に来た。


だが、一方でウェールズを管轄とする"ウェールズ及びその辺境地域評議会"の議長は演説の中で『断固とした措置をとる』と表明し街中にはその指示を受けた武装した警察官たちであふれかえっていた。明らかにウェールズ人でない『私』でさえも歩くたびに何度も身分証の提示を求められたのには辟易した。


「大変ですね。本当に」


突然、話しかけられて思わず振り返ったが、そこにいたのは白人の青年だった。びっくりして固まる『私』に向かって青年は話し続けた。


「マルコム-ケネディっていいます。ああ、ケネディといっても人類初の月着陸船の船長とか、その大統領選を女優との不倫で台無しにした弟で知られるアメリカの一族とは無関係で、スコットランド人ですよ。旅行が趣味なんでウェールズにも少し旅行に…っと、すみません。自分ばっかり」


朴訥そうな印象のケネディ氏が急に話し始めるので『ああ、いえ、大丈夫ですよ』と返すのが精いっぱいだった。ケネディ氏の自己紹介を聞き終えた『私』は『ところで、その、答えづらい質問であったのなら答えなくてもいいのですが』と前置きしてから疑問をぶつけてみた。


「……テロ行為といい、それに対する反応といいなぜここまで極端なのでしょうか」


ケネディ氏はしばらく困ったような顔をしてから、声量を抑えて話し始めた。


「どこから話すべきか…実は昨日ロンドンであったテロのことはどこまで知っていますか」

「"チューブ″に対するものですね。容疑者が拘束されたのをその場で見ていたので知っています。でもだからこそ疑問なんです。報道では大等値線運河による送水への抗議とされていましたし、彼らが叫んでいた内容もそうでした。ですからこの警戒は明らかに異常だとおもいます」

「確かに本当に送水に関する抗議であったのならばそうでしょうね」

「どういうことですか」


『私』がそういうとケネディ氏は少し間をおいてから言った。


「これはスコットランドもそうですが…もはや、イングランド南部の影の中に我々はとらわれています。抜け出そうと思ってももう逃れることはできません」

「それは…どういう…」

「…表の"イギリス"は実に華やかなのかもしれません。ですがそう思う人々の頭の中には裏、つまりウェールズや北イングランドあるいはコーンウォール、そしてもちろんスコットランドといった地域のことはないのでしょう」


そういって話し始めたケネディ氏の話をまとめると次のようなものだった。


現在、イギリスでは宇宙開発による資源自給確立に伴い、各産業は活気づいているがそれはイングランド南部に限定されたものであり、それ以外の地域はその経済的影響下に置かれており、また政治的にも例えばウェールズならば"ウェールズ及びその辺境地域評議会"といったように自治が認められているものの特に教育政策などの点では徹底した英語中心主義であり、そうして高まった経済的及び政治的不満によりテロは珍しいものではないのだという話だった。話を聞き終えた『私』は再び質問した。


「しかし、その…地域評議会による自治が認められているのならば、なぜ各地域ごとの産業の誘致などが進まないのでしょうか」

「一言でいえば、遅すぎたんです…第二次世界大戦後の各植民地の自立化の推進うまくいきました。戦後に発足した英連邦構成国、特に圧倒的な人口を持つ南アジア連邦や広大な領土と資源を持つ旧ローデシアと旧南アフリカがイギリスの手足として存在していました。だからこそ戦後には夢想的ともいえる宇宙計画に奔走できました。ですが、そのためには手足に血液を回す必要があり各企業は英連邦構成国各地に工場を建設しましたし、最重要である宇宙計画関連を除けば政府もむしろそれを推奨しました…ですが、今ではすべてが違います」

「というと」

「南アフリカはローデシアを巻き込んで離脱し、南アジア連邦は東亜協同体や南のドラヴィダ-ナードゥとの対立を除けば止める者はない、といった具合です。対して本土に残ったのはイングランド南部以外は活気を失った土地ばかりです。名ばかりの自治地域は与えられましたが…それすらも各省、あるいは大臣―例えばスコットランドの場合はスコットランド(スコティッシュ)省の下にある組織―ですから維持するほどの力は衰退しきった自治地域にはありません。結果としてできるのは自らイングランド南部中心の体制に組み込まれることだけですし、ロンドンもそれ以上のことは求めません。アレグザンダー4世は先日、"スコットランド王権の象徴である運命の石は再建されるスクーン教会に安置されることになる"と発言しましたが、たとえ石が返ってきたところでテロは続くでしょうね」

「イギリス政府は…本当に何もしないのですか」

「する気がないわけではないのでしょうが…すでに選択は彼らの中ではもう何十年も前に終わってしまってるんでしょう。少なくとも宇宙という柱がイギリスという国を現在でも強国として存在させているのは事実ですから…もう、こうなったからにはどんな犠牲を払ってでもそれを持続させるしかないのでしょう。宇宙という柱がなければきっと工業にせよ金融にせよいずれ限界が訪れ、ひょっとすれば二流国家に落ちぶれていたでしょうが…でも、それでも、スコットランドよりもオーラリアやビルマのほうがスコットランド語がよく聞こえるという皮肉な現実はなかったんじゃないか、時々そう考えるんです」


ケネディ氏は悲しそうな顔をしてから話をやめて端末で時間を確認しはじめた。


「予定があるならどうぞ…引き留めてしまって申し訳ございません」

「いえ、話しかけたのはこっちなのに…」


そういうケネディ氏を『私』は笑顔で見送ってから、ケネディ氏の話について考えた。英国病という()()を知っていた『私』からすれば問題を抱えながらも宇宙という新たな海の支配者として世界の先端を行くイギリスは理想郷の一つの姿だったのだが"イギリス"の定義にもよるかもしれないが、少なくともイギリスの一部であるはずのスコットランド人であるケネディ氏の目から見て間違いなく"イギリス"は幸福から遠い場所だったことを考えると、やはり、理想郷とは理想に過ぎないのかと『私』は考えこんでしまった。

スコットランド省にわざわざスコティッシュとルビを振ったのはリアルのスコットランド省(ややこしいことに和訳は一緒なんですがこっちはスコットランドオフィス)ではなく、かつてのイギリス政府のスコットランド担当省庁だった旧スコットランド省のほうであることを強調するためです。


ウェールズ及びその辺境地域評議会については最初スコットランドみたいに旧ウェールズ省をそのまま存続させてもいいかと思いましたが旧ウェールズ省の設立が1965年と遅めなので、イングランド内の自治という扱いでウェールズ及びその辺境地域評議会が復活したという設定にしました。何なら西部評議会もコーウォール担当で復活してますし、北部評議会も北イングランド担当であります。

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― 新着の感想 ―
皮肉が効いていて良いですね。「ケネディといっても人類初の月着陸船の船長とか、その大統領選を女優との不倫で台無しにした弟で知られるアメリカの一族とは無関係で、スコットランド人ですよ。」 なるほど。202…
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