91話「千年将棋」
2021/12/30 03:18 に、90話の内容を少しだけ修正させていただきました。
『巨大結界を解除したせいで敵が逃走』→『巨大結界を解除しなかったのに敵が逃走』
といった内容に変わっております。以上です!
「新しい家族を連れてきた翌日に可愛い女の子を2人も連れてくるなんて、こうちゃんも成長したわねぇ」
「それよりも母さん!これが結界という術らしいぞ!触り心地はガラスに近いな。だが、とても頑丈だ」
「凄い硬度ね。岩壁よりも硬そうだわ。現役時代に使っていたピッケルどこにしまったかしら?ちょっと探してくるわね」
「僕も行くよ。仲良くなった民族に作ってもらった動物の骨の短剣がどこかにしまってあるはずだから、それを探したい」
部屋の外で何か良からぬことを企んでいる両親をスルーしながら、用意した座布団に座るよう潤叶さんと芽依さんに促す。
森での戦闘後。水上家に協力してくれている寺院よりもうちの実家の方が近かったため、とりあえずうちで作戦会議を行うことになったのだ。
しかし、美女2人を連れて帰るという状況に両親の好奇心が爆発したため、すぐさま俺の自室へと閉じ籠り、扉の外へ結界を張ったのである。
そのおかげで両親の好奇心の対象が結界へと移ったので、しばらくは大丈夫そうだな。
「とても……ユニークなご両親だね」
「無理に褒めようとしなくていいですよ」
芽依さんの言葉にそう答える。
というか、この状況で出てきたユニークって褒め言葉じゃないな。
「あの、さっきは本当にごめんなさい。頭に血が昇って、冷静になれなくて、みなさんに迷惑をかけてしまいました。本当にすみません」
目が覚めて落ち着いた潤叶さんが、そう謝ってきた。すでに潤叶さんを気絶させた後の状況も説明済みだ。
「大丈夫だよ。みんなも無事だったし。ただ、どうしてあんなに怒っていたのか話してもらうことはできる?」
「うん。というより聞いてほしいの。あの妖、『千年将棋』について」
俺の問いに答えるように、潤叶さんがとつとつと語り始めた。
今から10年前。東北地方の山奥で、400年前に封印された強大な妖の討伐作戦が行われたそうだ。
その時の討伐対象こそ、今回俺たちが戦った『千年将棋』という妖らしい。
「千年将棋は、その名の通り千年以上生きている大妖怪で将棋の駒を模した妖なの。心臓とも言える『王将』を中心として、将棋の8種類の駒を模した20体の妖で構成されているわ」
たしか、今回戦った2人は「けい」と「かおり」って呼び合ってたな。
その呼び方が桂と香の漢字に当て嵌まるなら、今回戦った2人は『桂馬』と『香車』を模した妖だろう。
あの2体でも相当強かったが、あんなのが他に18体もいるって恐ろしいな。
「それぞれの駒を模した妖だけでも相当強力なんだけど、一番厄介なのが千年将棋の能力なの」
「千年将棋の能力?」
「うん。彼らは、倒した妖を自分の駒として使役できるわ」
「「「「「!?」」」」」
「なるほど、あれが話に聞いていた千年将棋の能力だったのか……」
倒した妖を駒として使役する能力。
正確には、殺した妖を万全な状態で人形のように使役できるそうだ。
潤叶さんの説明に俺も芽依さんもシロたちも驚いていたが、クロだけはどこか納得した様子だった。
「儂が屠った煙々羅という妖からは自我を感じなかった。体だけを無理矢理動かされているような状態に感じたのだ。それ故に、早く弔ってやらねばならないと思ってな……」
煙々羅という妖は体が煙だったので厄介だとは思ったが、強いとは感じなかった。
そんな相手を全力で瞬殺していた光景は、普段のクロの行動から考えると少し疑問だったが、そういう理由があったのか。
それと、クロだけは千年将棋の存在をすでに知っていたらしい。札幌を守護するために10年前の戦いには参加しなかったが、何があったのかだけは聞いていたそうだ。
「猫神様がおっしゃる通り、千年将棋の駒になった妖に自我はありません。魂の無い体を能力で操られている状態です」
「龍海から千年将棋の話は聞いていたが、まさか先程の妖がそうだったとは……それにしても、厄介な能力を持っているな」
「そうですね、あの能力は非常に厄介です。千年将棋がバラバラにするような形で妖を倒しても完全な状態に復元されて使役されるので、倒されること自体を回避しなければなりません」
クロの言葉に潤叶さんがそう答えた。
10年前の戦いでも使役された駒を救う試みは何度も行われたのだが、全て失敗したそうだ。
そして、一度死んだ者はどんな術や能力をもってしても生き返ることはないと、潤叶さんは言った。
「生き返ることはない……か」
結界を壊そうと何やら企んでいる両親の声を聞きながら、生き返ることができて良かったと改めて思う。
これからは精一杯、寿命が尽きるまで生きようと一人静かに決意した。
「それで10年前の戦いなんだけど、妖の方々だけじゃなくて、戦いに参加した術師にもたくさんの犠牲者が出たの。当時の火野山家の次期当主や、五大陰陽一族の一角である金森家と土御門家の当主。そして、木庭家の当主を務めたこともある……私のお母さんもね」
母親を殺した妖。
それが、潤叶さんが我を忘れてあの妖を仕留めようとした理由だった。
重たい雰囲気の中、10年前に起きた戦いと千年将棋の説明は続いた。
◇
時は少し遡り、幸助一行と千年将棋の駒が戦いを繰り広げている最中。
水上龍海は自身の仕事部屋で調査隊から送られてきた報告書に目を通していた。
その報告書には、頻発する妖の失踪に違和感を覚えた龍海が、東北地方の山奥に封印されているある妖の調査を依頼していた結果が記載されている。
「やはり、果ての二十日から駒が逃げ出していたか……」
報告書を読んだ龍海は、最悪の予想が当たっていた事実に内心で焦りを感じながらそう呟いた。
日本に伝わる最強の封印術の一つ、『果ての二十日』。強大な霊力を持った妖ですら身動き一つできなくなるほどの封印を施す強力な術である。
しかし、その名が示す12月20日だけは、封印された存在が自由に活動できるという大きな制約を備えた封印術でもあった。
「千年将棋はその日以外、身動き一つできる状態ではない。だからこそ、封印から抜け出した日付は12月20日とみて間違いないだろう……だが、その日は結界や封印術に特化した術師を全国から召集して千年将棋を抑えている。抜け出すのは不可能なはずだ……」
龍海はそう呟きながら報告書のページをめくる。
そこには、目視では確認できない『果ての二十日』の内部を複数人の探知系の術師が詳細な解析を行った結果が記されていた。
「果ての二十日の内部から3体の駒の霊力が消えている……か。霊力が消えた駒は、香車と桂馬が1体ずつと飛車が1体。この3体が封印から抜け出し、妖を狩っているとみて間違いないだろうな」
10年前。水上家の当主として最前線で戦っていた龍海は、千年将棋の恐ろしさを誰よりも知っている。
倒した妖を駒として使役する能力。
戦闘が苛烈になるほど、戦場が拡大するほど、千年将棋は強くなる。
あの妖が海を越え、海外の妖をも使役し始めれば、世界に脅威を振りまく存在にすらなり得るのだ。
「負の感情の溜まり場から悪意を持った大量の妖が溢れ出る現象、『百鬼夜行』。その予兆があるとの報告も受けていたが、千年将棋によって意図的に引き起こされていた可能性もあるな……すでに先手を打たれているわけか」
そう呟きながら考えをまとめた龍海は、今後の行動を決定した。
「まずは、失踪した妖の調査に向かった術師を呼び戻す必要があるな。調査チームは相応の実力者で固めてはいるが、それでも千年将棋の駒を相手にするのは危険だ」
駒が結界から抜け出した時期が去年の12月20日だと仮定すれば、すでに半年以上も各地の術師の目を掻い潜って活動を続けていることになる。
そのため、逃げた駒が調査に向かった術師と遭遇する確率は低いが、万が一を考えた龍海は任務中の全ての術師を呼び戻すことにした。
「潤奈とアウルには上級術師2人が同行しているが、呼び戻すべきだろう。潤叶には、犬井さんと結城くんと猫神様たちが同行していたな……大丈夫ではあると思うが、こちらも念のため呼び戻すべきか」
他のチームと潤叶のチームの圧倒的な戦力差に苦笑を浮かべながらも、龍海は部屋の外で待機していた部下に調査中の術師を呼び戻すよう指示を出した。
「捜索と討伐は術師が揃ってからだな。次は千年将棋が封印から抜け出した方法の解明だが、こちらは国と協力する必要があるか」
千年将棋は国家存亡の危機を招く可能性もあるため、封印の管理は国が主体で行なっている。
もちろん、五大陰陽一族からも人員を派遣しているが、封印の詳細情報は国が保管しているため、調査には国の協力が不可欠だった。
「すでに調査は始まっていると思うが、すぐに解明するのは難しいだろうな。なにより、反対勢力の妨害が大きいだろう」
術師と関わる国家機関は一枚岩ではない。
自然的に出現する妖の存在を自然の摂理だと考える者もおり、それによって発生する被害は受け入れるべきだと主張する派閥も存在するのである。
「迅速にことを進めるためには、そういった連中を抑える必要があるな……ん?到着したか」
来客の気配を感じた龍海は、事前に作成していた書類を机から取り出した。
「やはり備えは大切だ」
すでに後手に回った状況ではあるが、妖が行方不明になっているという情報を知った直後から、龍海は万が一に備えて行動を起こしていたのである。
「龍海様、お客様がお見えです」
「あぁ、入れてくれ」
龍海がそう許可を出すと、グレーの上下スウェットを着た2人の男女が入室してきた。
そして、その手には手錠が嵌められている。
「拘留所から寺に連れて来られるとは思わなかったぜ」
「もしかして、お寺の様式をした刑務所なのかしら?日本は変わってるわね」
飄々とした表情でそんな軽口を叩く2人の罪人。トウジョウとニケラは、隙のない佇まいで龍海の仕事部屋へと入る。
「ここは刑務所ではなく普通の寺院だよ。それよりもまずは自己紹介だね。私の名前は水上龍海。このお寺の住職をしている者だ」
「ほう、住職様ねぇ。拝んだ方がいいのか?」
「住職様への挨拶は、お布施をするんじゃなかったかしら?」
トウジョウとニケラは軽口を続けながらも警戒を強めていた。
ただの住職が勾留中の罪人を寺院に招待するなど、通常なら不可能である。
だが、それを可能にしている事実から、目の前の住職がその見た目と役職を遥かに越えた力を持つ存在であると2人は理解したためだ。
「早速だけど、君たちにはこのリストにある人物の弱みを見つけて欲しいんだ。必要な経費や道具は全てこちらで用意する。できるかい?」
そう言いながら、龍海は複数人の人物名と写真が載せられた資料をトウジョウとニケラに手渡した。
その資料に一通り目を通した2人は、僅かに首を傾げる。
「総理大臣を目指している……わけではなさそうね。政界で重要な立ち位置にいる人物だけじゃなくて、もう政界を引退した人物までいる……」
「俺はこういう策略めいたもんは苦手なんだ。あんたの目的は何だ?」
トウジョウの殺気を孕んだ質問を受けても、龍海は一切気にした素振りもなく言葉を続ける。
「残念だが、依頼を受けてくれるまで教えることはできない。でもその仕事を受けてくれるのであれば、目的を教えるだけじゃなく相応の報酬も支払うと約束しよう」
笑顔でそう提案する龍海の姿に、トウジョウとニケラは僅かな恐怖を感じた。
その見た目とは裏腹に、龍海からは鬼気迫る何かを感じとったためだ。
「相応の報酬ね。あなたに私たちが求める報酬を用意できるの?言っておくけど、お金には困ってないわよ」
「刑期の短縮もいらねぇな。次の目的が決まるまで刑務所でタダ飯食いながら過ごそうと思ってたところだ」
罪人らしからぬ発言を続ける2人の言葉を聞いても、龍海は表情を一切変えることはなかった。
2人はあえて挑発的な内容を口にすることで龍海の出方を伺っていたのだが、何の反応も引き出せなかったことに若干の不満を覚える。
「もちろん、報酬は君たちの求めるものを用意するつもりだ。例えば……これの使い方とかね」
「!?」
「マジかよ……」
目の前に突然現れた青い梟。
一流のマジックの技術を持つジャスパと組んでいた経験から、2人はそれがタネや仕掛けのあるマジックでは無いことを瞬時に理解した。
「君たちが知りたがっている世界の情報と、その世界の技術も報酬として支払おう。どうだい?」
今までの常識が崩れ去り、これからの人生が変わるであろう重大な選択。
だが、2人に迷いなど一切なかった。
「よろしく頼むぜ、ボス」
「よろしくお願いするわ」
そうして依頼の内容と目的を聞いたトウジョウとニケラは、事前報酬として渡された技術を握りしめ、仕事に取り掛かるため部屋を後にした。
「これで反対勢力は抑えられるだろう。すでに他の五大陰陽一族への連絡も済んだ。現時点で打てる手はここまでだな」
龍海はトウジョウとニケラに依頼内容を説明するのと同時に、別室にある人型の式神を操作することで五大陰陽一族の当主間でのみに情報を伝達できる特殊な術式を発動し、すでに今回の情報を全て伝えていたのである。
体を2つ同時に操作しながら別の対象と同時に会話するという離れ技ではあるが、龍海にとっては造作もない技であった。
「仇は、必ず取る……」
仕事机の脇に飾られている亡き妻の写真を眺めながら、龍海は静かにそう呟いた。
龍海のもとへ潤叶のチームが千年将棋の駒と交戦したという情報が届いたのは、それからしばらくしてのことだった。
将棋が好きな方々へ。
将棋の妖を敵に据えてしまい、誠に申し訳ございません。
なるべく遺恨が残らないような結末を構想しておりますので、お付き合いいただけると幸いです。




