127話「地獄のスパーリング」
修行3日目。
食事も睡眠もほとんど摂らないままスエ師匠の猛攻を丸々2日間受け続けた結果、初日は運任せで防いでいたスエ師匠の拳を完璧に見切れるようになっていた。
最後のほうは身代わり札を作る暇すら与えられなかったため、拳を見切れなければ冗談抜きに死んでいたと思う。
生命の危機を感じると、人は限界以上に成長できると実感した瞬間だった。
「本当に見込みがある弟子さね。まさか、こんなに早くあたしの2割について来れるとは思わなかったよ」
「に、2割……?」
でも、スエ師匠は全力の2割しか出していなかったらしい。
修行5日目。
数日ぶりのまともな食事を堪能したあと、謙蔵さんと煉さんから各一族に伝わる様々な術や戦法を教わった。
「『散炎弾』が、得意なのか……?」
「あ、はい。使い勝手がいいので、いつの間にか得意になりました」
「そうか。それなら、この術を教えよう……」
その中でも、煉さんから『散炎弾』の上位互換にあたる術を習得できたのは大きな収穫だった。戦いの幅が一気に広がった気がする。
ちなみに、修行中の食事は10年前の戦いで用意されていた長期保存食を食べている。スエ師匠がどさくさに紛れて『常世結界』の中に引き込んでおいたらしく、賞味期限は切れているけど全然美味しかった。
今のところお腹は壊していないから、たぶん問題はないと思う。
修行6日目。
この日は潤葉さんから水上家や木庭家に伝わる回復系統の術を教わっていたのだが、途中でとある実験に協力してもらえないかと頼まれた。
「それでは今から、結城くんが血縁者しか使えない秘術を使えるようになるか試してみようと思います!」
「えっ、それって無理なんじゃ……」
「普通はそうなんだけど、『結び』の術を利用した抜け穴があるのよ。上手くいくかは分からないけど、もし使えたら千年将棋との戦いで役に立つかもしれないから、試してみる価値は充分にあると思うわ」
とりあえず言われた通りにやってみると、潤葉さんの『結び』を使った秘術の使用は見事成功した。
ただ、金森家の『無上・金は時なり』は金銭的な意味で使いたくないし、火野山家の秘術は破壊力が凄すぎて使い所が難しそうだった。
修行7日目。
謙蔵さん達が千年将棋への対抗策について話し合ってくれている中、俺はスエ師匠と激しい攻防を繰り広げていた。
「中々様になってきたね。見事だよ」
「あ、ありがとうございます」
『強化』の異能と霊力による身体強化を組み合わせると体がボロボロになるのだが、潤葉さん直伝の回復術式を併用することによってその問題は克服できている。
その結果、最大出力の『強化』の異能と霊力による身体強化を併用することで、スエ師匠の4割出力の猛攻に耐えることができるようになった……まぁ、逆に考えるとそれだけしても全力を引き出すことはできなかったんですけどね。
「力任せの強化であたしの4割に対応できるなら出力は充分だね。次は無駄を削る修行に入るよ」
「無駄を削る、ですか……?」
「そうさね。坊主は無駄なところまで強化しすぎなんだよ。力の流れに合わせて各部位を順々に強化していけば、体への負担なく今の何倍もの力を出せる。こんな感じにね」
落ちている瓦礫にスエ師匠がゆっくりとした動きでデコピンをすると、瓦礫は木っ端微塵になって消し飛んだ。衝撃映像だ。
「加えて言うなら、直撃の瞬間に与える衝撃を複数の波に変化させて反動を押し流してしまえば、威力は上がる上に攻撃時の負担はゼロになるよ。そこまでできればほぼ満点だね」
「が、がんばります……」
瞬きもせずに全力で集中したのだが、今のデコピンは全然習得できなかった。ぱっと見は簡単そうなのだが、含まれている技術の全てが高度な上に多すぎる。
残りの日数でスエ師匠の合格をもらえるくらいまで強くなれるか不安になってきた……。
修行8日目。
今日も今日とてスエ師匠と地獄のスパーリング。
余波だけで建物が崩壊するほどの連撃を躱し、いなし、時には耐えて、いつの間にか身代わり札を消費せずにスエ師匠と渡り合うことができるようになっていた。
「もうこの世に未練なんてないと思ってたけど、あんたを育てられなくなるのは少し寂しいねぇ」
「こ、光栄で……すぅっ!!」
掠るだけで身代わり札を持っていかれる一撃をギリギリで躱し、笑顔のスエ師匠と距離を取った。
初日とは比較にならないほど強くなれた気はするのだが、まだ一度もスエ師匠に反撃を与えられていない。というか、そんな隙がない。
身代わり札を失う覚悟のカウンターさえ届かない。しかも、スエ師匠はまだ全然本気じゃない。
焦りが募る。
「さてと、それじゃあ私達もがんばるわよ。来なさい暇人共」
「またか……」
「またかいな……」
「いい大人が弱音吐かない!もう死んでるんだから死ぬ気でいくわよ」
「たしかに、そうだな……」
「了解や……」
潤葉さんが謙蔵さんと煉さんを引き連れて何かをやっているようだが、そっちに気を取られたら死ぬので詳細は一切わからない。
チラ見する暇すらない。
「あたしを前に考え事なんて随分と余裕そうだね」
「しまっ……ごふっ!」
訂正。チラ見どころか、余計な事を考える暇すらなかった。




