109話「黒マントの集団」
「石田くん、滝川くん。その……昨日はすみませんでした!あと、助けてくれてありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
「……えっ?なに?」
「な、なんだ?」
朝学校へ行くと、矢財の取り巻き達に次々と謝罪と感謝を述べられている滝川と石田の姿があった。
「いや、その、昨日の話なんだけど……」
「昨日?えっ、何かあったか?」
「俺にも身に覚えがないな。帰り道にカラスに襲われかけたことくらいしか覚えていない」
昨日。石田と滝川が道で襲われそうになったのはカラス達が妨害したため、石田と滝川はむしろカラスに襲われかけたという記憶しかなかったらしい。そしてもちろん、滝川と石田に扮して俺とクロが奮闘したことも知らない。
そのため、全く身に覚えのない謝罪と感謝を受けた滝川と石田が困惑している。
「そ、そうなんだ……でも、その、昨日は本当にありがとう」
「あ、ありがとうな」
「この借りは、いつかがんばって返すから」
暗に昨日のことを黙っていろという意味だと解釈した取り巻き達は、改めて感謝を伝えながら教室を去っていった。
「なぁ、幸助は何か知ってるか?」
「…………知らない」
「おい、何でそんなに間があるんだ?」
滝川と石田の執拗な尋問は知らないの一点張りで全て受け流す。
滝川には大好物な話だろうけど、どうせ言っても信じないだろうし知らないほうがいいだろう。
「ね、ねぇ……た、滝川!」
「ん?」
そんな絶賛尋問中の滝川を呼ぶ声がしたのでその方向を見ると、昨日のギャルが立っていた。
そういえば、さっきの取り巻き達の中にはいなかったな。時間をずらして1人で来たのか。
「こ、これ、私の連絡先だから。その、いらなかったら捨ててもいいから」
「えっ?あ、おう」
「じゃあねっ」
連絡先を書いた紙を滝川に渡し、ギャルさんは逃げるように去っていった。
「ひゅーひゅー!」
「みんな!滝川に春がきたぞ!」
「うるせぇ!冷やかすんじゃねぇリア充ども!」
チームリア充や運動部からの冷やかしを受けながらも、滝川は大事そうに連絡先をポケットにしまった。そして、そんな滝川の姿を冷たい目で見つめる相原さんの存在に、俺だけが気付いていた。
なんだこの複雑な状況、本当に滝川の春が始まったのかも知れない。
「まぁ、尋問がなくなったからよしとしよう」
まさかの展開で尋問がなくなったことに僅かな安堵を感じつつ、その日は平穏に学校生活を終えた。
そして放課後はあることへの準備のために、シロが見つけてくれた郊外にある森の中へと向かったのだった。
◇
(一体どうなってんだよ。何でこんなことに……)
札幌の裏社会に大きな影響力を持つヤクザ組織『阿久間組』。
その本部である和風建築の大きな屋敷の一室では、強面の男達を背後に控えた白髪の老人と矢財が向かい合って座っていた。
「さて、今日ここに呼び出された理由はわかるかの?」
「……いえ、わかりません」
阿久間組組長『阿久間定信』。齢80を超える高齢でありながらも、その手腕で1000人以上いる組員をまとめている豪傑である。
そんな彼の前では、普段は傲慢な態度を崩さない矢財も謙虚な態度で言葉を発していた。
「昨晩、うちの組に入りたいと言っていた若いもんが襲われたんじゃ。下っ端が渡した名刺を見せびらかし、組の名前を勝手に使って息巻いとったバカ共じゃからどうでもいいんじゃが。問題はそのバカ共を襲った存在じゃ」
「は、はぁ……」
ストレスで学校を休み、取り巻き達から昨晩の出来事を聞いていなかった矢財は、状況が理解できず阿久間の言葉に気の抜けた返事を返すしかなかった。
「その存在というのが、お前さんが目の敵にしている結城幸助の友人ということじゃ」
「なっ……!?」
矢財は幸助に敵意を向けていることを組長に伝えていなかったため、それが知られている事実に驚きを隠せなかったのである。
「裏の世界では表よりも情報が有用になってくる。この程度は知っていて当然じゃ。もちろん、お前さんが儂らを『オトモダチ』と呼びながら学校で偉ぶっている話も聞いておるぞ」
「……!!」
あまり知られたくなかった内容までも知られている事実に、矢財はバツが悪そうな顔で俯く。
「まぁそれはよい。話を戻すが、今回の一件はお主が結城幸助とその友人に危害を加えようとしたことが発端じゃ。じゃからの、儂らは結城幸助の怒りに触れたお主を庇うことはできん。名刺を見せびらかしておったバカ共同様、お主との縁は切らせてもらう」
「なっ……!?」
3年前の一件で親の力を使っても学校に影響を与えられないと理解した矢財は、それを超える影響力を得るためにこのヤクザ組織とのパイプを独自に開拓していたのである。
順当に行けば父親の会社を継ぐであろう矢財とのパイプは、阿久間組としても将来的なメリットが大きい。
そのため、阿久間組も矢財との縁を繋ぎ、なんらかの問題が起きた際は矢財へ恩を売るために協力を惜しむつもりはなかった。しかしーーー
「ーーー知らなかったとはいえ今回の一件は庇いきれん。それどころか、すでに事態は儂らへ飛び火した状態じゃ。お主のような小僧に責任を取れとは言わんが、関係は完全に切らせてもらう」
「ちょっ、待ってください!あなたはここら辺じゃ凄い影響力のあるヤクザなんですよね!?そんな人達がなんであんな奴を怖がっているんですか!?」
「テメェ……」
「このガキ……」
「よせ、黙っていろ」
背後に控えていた男達が矢財の言葉を聞いて敵意を剥き出しにするが、それを阿久間が黙らせた。
そして、阿久間は淡々と結城幸助を警戒している理由を語っていく。
「4月の某日。これはお主も知っておると思うが、結城幸助がどこぞの凶悪犯を捕まえたそうじゃな?」
「そういえば、そんな話ありましたね」
矢財は高等部進学当初に校内で話題になっていた事件を思い出す。
当時は尾鰭の付いた噂程度に思っていた矢財だったが、実際に幸助の実力を目の当たりにした今となってはあれが真実だったと確信していた。
「その凶悪犯と言われていた男はのぉ、今はとある実業家の専属護衛を勤めておるんじゃ。そして、その強さは文字通り化け物らしい。噂では銃器を用いたとて傷ひとつつけられんほど腕が立つそうじゃ。結城幸助はそんな存在を捕らえたようじゃな」
「そ、そんなわけ……」
そう反論しかけ、矢財は言葉に詰まった。
体重150キロを超える幅田を軽々と持ち上げ、目にも止まらぬ速度で移動し、サンドバッグを破壊するほどのストレートを放つ存在。
仮に銃器で傷ひとつつけられない化け物がいたとしても、結城幸助であればその化け物に勝つ可能性もあると考えてしまったのである。
「どうやら、お主も結城幸助の力の一端を見たようじゃな」
「そ、それは……」
「まぁよい。話を続けるとしよう……次は5月の某日じゃ。これは当然知らんだろうが、警察を含めた各機関の一部の職員が一斉に検挙された。表の世界ではなんのニュースにもなっていないが、実際に起きた事件じゃ。噂では紛れ込んでいたどこぞの組織の構成員を一斉に捕らえたらしいのぉ」
「は、はぁ……」
次は何の話が始まったのだろうと疑問を感じつつも、矢財は阿久間の言葉に耳を傾ける。
そして、背後に控えていた男達も阿久間が結城幸助という少年を危険視している理由を詳しくは知らなかったため、その言葉に耳を傾けていた。
「次は6月某日。関西の裏社会では名の知れた実業家の男が、すすきのを牛耳ろうと暗躍し始めた。儂のところへも律儀に挨拶へ来たから顔を知っておるが、一癖も二癖もありそうな食えん男じゃった。しかし、計画に失敗して関西に帰ったようじゃ」
「はぁ……」
結城幸助とは関連性の無さそうな話に、矢財と背後に控えていた男達の疑問は深まっていく。
「今の2つの話じゃが、そのどちらにも結城幸助が関わっておった可能性が高い。というより、儂は確実に関わっておると考えている」
「なっ!?ど、どうしてそう思うんですか……?」
「詳しくは言えんが、その出来事が発生した時期における周辺の目撃情報や確認できた行動記録からじゃな」
実は、阿久間がそう確信する理由はそれだけではない。
阿久間組にはネット回線を通した情報収集を専門的に行う部署があり、幸助の情報を調べるために自宅のパソコンへ執拗にハッキングを行なったことがあった。その際ハッキングに失敗しただけでなく、使用した全てのパソコンがクラッシュするという手痛いしっぺ返しを食らっていたのである。
それらの事実からも、阿久間は結城幸助を普通の高校生とは考えていなかったのだ。
「ただ力が強い相手ならばいくらでもやりようはある。少し情報力に優れた相手でも同じじゃ。じゃがそのどちらも桁外れに優れている上に、裏社会での場数も踏んでいる相手となれば話は変わってくる。文字通り底が知れん。触らぬ神に祟りなしじゃな」
「そ、そんなっ……」
結城幸助の知られざる一面を聞き、想像以上に大きな存在を相手にしていたことを知った矢財は絶望的な表情となった。
「儂は降り掛かった火の粉への対処で精一杯じゃ。酷だとは思うが、今後の身の振り方は自分で決め……」
「お、親父!大変です!」
阿久間が欠片程度の思いやりを込めた言葉を矢財へ向けて口にした瞬間。血相を変えた若い下っ端の組員が応接室へと入ってきた。
「おいゴラァ!親父の許可なく勝手に入ってくんなやぁ!」
「す、すいやせんっ。でも急いで親父達に伝えなければと思いやしてっ」
親父と呼ばれた阿久間の背後に控える2人の男こそが、若頭と本部長と呼ばれるこの組内のトップの地位に就く2人だった。
そのため、重要な判断や報告はこの場にいる者達へ知らせる義務があったのである。
「それで、何の用じゃ?」
「か、カチコミです!化け物じみた強さの黒マントの集団が殴り込んできやした!防弾チョッキで全身を固めてるのか、鈍器も刃物も一切通じません!」
「チッ、このタイミングで、どこの組だ!?」
「わ、わかりません。全員マントを深く被ってやして、素性を隠してやす」
「武器だ!銃取ってこい!」
「そ、それが、まるで武器庫の位置を知っていたかのように先回りされてまして、武器庫はすでに占拠されてやす」
「チッ、応援は呼んだのか!?」
「よ、呼べてません。カチコミと同時に通信機器は全部繋がらなくなってしまいやして……出入り口も全て占拠されて、外にも出れない状況です」
「な、なんやと!?」
若頭や本部長が怒りと焦りをあらわにし、矢財がこの世の終わりの様な表情となっている中、組長である阿久間だけは冷静な表情で天を仰いでいた。
「火の粉、か。まだ儂の認識は甘かったようじゃな……」
阿久間が誰にも聞こえない声で自嘲気味にそう呟いてからしばらくした後。僅か数分で応接室以外の全ての地点を制圧した黒マントの集団が、組長と矢財の前に姿を現したのだった。




