107話「滝川翔と石田成行」
「えっ?石田と滝川が襲われた!?」
「正確には襲われかけただな。シロの部下達が食い止めたそうだ」
家に帰ると、留守番をしていたクロからそんな報告を受けた。
なんでも、帰宅中に矢財達が石田と滝川を尾行し、ひと気のないところで襲おうとしていたらしい。
しかし、その瞬間にシロの部下カラス達が割り込み、石田と滝川は無事に逃げられたそうだ。
「念のために監視を頼んでおいたのが幸いしたようだな」
「ああ、本当に良かった。あと、カラス達にもちゃんと伝わってたんだな」
校長先生からのアドバイスを聞いた後。俺は学校の周辺にいたシロの部下達に矢財とその取り巻き達の監視を頼んでいたのである。
シロは俺を群れの頂点だと教え込んでいるらしく、監視を頼むとすぐに飛び立っていった。
シロの言葉は聞き取れるのだが、さすがに普通のカラスの言葉はわからない。そのため、こちらのお願いが伝わっているか不安だったのだが、ちゃんと理解してくれていたらしい。
カラスってめちゃくちゃ頭いいんだな。
「だが、このままでは同じことの繰り返しだぞ。こういった手合いは日を改めて何度も挑んでくるはずだ」
俺もクロと同じ考えだった。おそらく、明日か明後日にはまた石田と滝川が狙われる可能性が高い。
ちなみに、クロは伝令役のカラスづてで事情は全て把握している。
「こういう時ってどう対処すればいいんだろうな……?」
「ふむ、こういう手合いへの対処方法は、大きく分けて2つある」
「2つも?教えてくださいクロ先生」
さすがは長い年月を生きているチート猫妖だ。クロは過去に似たような経験をしたことがあるのだろう。
「まず1つ目は、相手の手札を全て封じることだ。何の策略も行えない状態にすれば、何の問題も起きない」
「相手の手札を封じるか……たとえばどうすればいいんだ?」
「敵の大将の拘束と監禁。もしくは、部下全員を戦闘不能にするなどだな」
つまり、矢財の拘束or取り巻き全員ボコボコか。
うん。完全にアウトだ。
「もう一つの手は?」
「2つ目は、挑む気が起きなくなるほどの力の差を見せつけることだな。人脈や財力、単純な力の強さでもいい。敵わないと思うほどの何かを見せつければ大人しくなる筈だ」
「力の差か……」
人脈はそれなりにあるけど、できれば潤叶さんや雫さん達を巻き込みたくはない。特に雫さん達は矢財に狙われていたことがあるらしいので、嫌な過去を思い出させたくもない。
それに、ソージが出てくると全員ボコボコエンドになりそうなので、それもできれば控えたい。
「となると、人脈はダメで財力はカッツカツということになるな。必然的に単純な力勝負しか残ってない……」
つまり全員もれなくボコボコだ。結局ソージが出てくるのと変わらない。完全にアウトだな。
「今説明したのはあくまでも一例だ。別の手札を組み合わせれば、やり過ぎない程度に力を抑えても脅威と認識させることは簡単にできる」
「別の手札か……」
俺の手元にある手札は各種異能や術に、クロ達の凶悪能力だ。
うん、何でもできるな。特にクロの幻術は応用性がめちゃくちゃ高い。
「……クロ、ちょっと相談なんだけど」
「む?なんだ?」
まずは石田と滝川に2度と手出しができないよう、俺はある作戦を実行することにした。
◇
「あれ?矢財くん帰ったのか?」
「色々あって疲れたんだろ。シャワーも浴びたいだろうし……」
「あ、そうだな……」
石田と滝川の襲撃に失敗した日の夜。
すでに時刻は午後8時を過ぎていたが、矢財の取り巻き達はこのまま帰るのも味気ないと思いゲームセンターを目指して夜道を歩いていた。
「にしても、さっきのカラス何だったんだろうな?びっくりしたぜ」
「確かにな。襲おうとした瞬間にカラスに襲われるとか、タイミング悪過ぎだろ」
「カラスもそうだけど結城なんて噂以上の化け物だったし、今日はつくづく運がないのかもな」
「でも、まさか堅と大が手も足も出ないとは思わなかったわ。びっくりしちゃった」
「それね。マジで化け物かと思ったわ」
「おっ、ゲームセンターに着い……」
そんな談笑をしながら歩く取り巻きの男子4人と黒美和を含む女子3人は、行きつけのゲームセンターの前でたむろしている見覚えある集団に足を止めた。
「ん?おー!お前ら久しぶりだな!」
そこにいたのは中等部の時にたまに連んでいた先輩の集団だった。
人数は10人おり、ゲームセンターの営業に支障をきたしていることなど気にもせず堂々と入口前を占拠している。
この先輩達は矢財の人脈や財力の恩恵を受けようとよく近寄ってきていたため、取り巻き達も全員顔見知りだった。
「久しぶりだなぁ。俺らが卒業してからは会ってなかったから、3ヶ月ぶりくらいか?」
「そ、そうっすね」
馴れ馴れしく肩を組まれた取り巻きの男子は、その言葉に苦い表情でそう返した。
黒美和を含めた取り巻き達と矢財は小学校からの付き合いであり、彼の性格が悪い一面だけでなく、良い部分もしっかりと理解している。そのため、彼らは私欲だけで矢財に付き合っているわけではないのだ。
しかし、この先輩達は違った。
「ん?矢財は一緒じゃねぇのか?」
「……矢財くんは、その、今日は帰りました」
「チッ、んだよ今日はいねぇのか。あいつの金ありゃゲーセンで遊べたのによぉ」
先輩達は矢財のご機嫌を取ることで得られる利益にしか興味がない。そのため、その取り巻き達への対応は乱暴なのである。
彼らはこの先輩達と接することが苦手だった。
「まぁいいか。今回は黒美和ちゃんもいるしなぁ〜。今晩は俺達と遊ぼうぜぇ〜」
「ちょっ、触んないでよっ」
「あ?少し肩組むぐらいいいだろ。減るもんじゃねぇんだからよっ!」
「ちょっ、やめてって!」
「きゃっ、無理やり腕掴まないでよ!痛いっ」
「やっ、はなしてっ」
「せ、先輩方、やめてくださいっ!」
「あ?」
先輩達に無理やり連れていかれそうになる女子達の姿を見かねた男子がやめるよう叫んだが、射殺すような視線を向けられてすぐに黙り込んだ。
それでも、最後の抵抗とばかりに目線だけは外さないようしっかりと先輩達を見据えている。
「お前ら、少し会わない間に随分と生意気になったみてぇだな。ちょっとこっち来いや!」
ぞろぞろと取り囲まれ、近くの工事現場へと連れていかれる取り巻き達。
逃げようにも女子達が腕を掴まれて人質のように扱われているため、男子達も大人しく連れていかれるしかなかった。
「持田と幅田がいねぇのはラッキーだったぜ。ま、いても関係ないけどな」
先輩の1人が落ちていた鉄パイプを拾いながらそんなセリフを吐いた。
実際は10人がかりでも持田と幅田に勝てるかはわからないため、彼らがいる時はこんな強気なセリフを吐くことはしない。
「とりあえず、お前らはサンドバッグ確定な。早く黒美和ちゃん達と遊びたいからさっさと終わらせてやるよ」
鉄パイプを持ったリーダー格の先輩がそう話すと、他の先輩達も落ちている鉄パイプや角材を拾い始めた。
それを見た取り巻き達は恐怖で震えながらも、この場を乗り切るための言葉を必死で考えていた。
「こ、こんなこと、矢財くんが知ったらただじゃ済まないぞ!」
「そ、そうだ!持田くんと幅田くんだって黙っちゃいないぞ!」
「……ぷっ、ぎゃはははは!」
「矢財が知ったらただじゃ済まないってよ!」
「あのボクシングバカとデブも黙ってないって?ぷっ、うける!」
いつもとは違う先輩達の反応に、取り巻きの男子達は困惑した表情を見せる。
普段は矢財達の名前を出せば大人しく帰るのだが、今日の先輩達は強気な態度を崩さなかったのだ。
「チクってくれてもぜーんぜん構わないぜ?俺らのバックには矢財よりも凄え人が付いてるんだからなぁ!」
「矢財くんよりも、凄い人?」
「これだよ」
そう言いながら見せられた名刺の端には、この付近を束ねている有名なヤクザ組織の名前が記されていた。
「ここの組の方が俺達を気に入ってくれてな。今はその人がバックについてくれてるんだわ」
「だからよぉ、お前らみてぇなガキが何かしたところで俺らには敵わねぇんだよ!」
「ひいっ!……えっ?」
そう言いながらリーダー格の男は鉄パイプを振り下ろしたが、彼を守ろうと立ちはだかった存在によって取り巻きの男子生徒に当たることはなかった。
「あぁ!?誰だテメェ!」
振り下ろされた鉄パイプを素手で易々と防いだ男と一緒に現れたもう一人の男は、少し困惑した表情で言葉を交わし合う。
「工事現場に勝手に入ってくれたと思ったら、なんかややこしいことになってるな……」
「うむ。だがやることは変わらん。存分に力を見せつければいいだけだ」
先輩達と取り巻き達の間に突如として現れた存在。滝川翔と石田成行は、鉄パイプや角材を持った男達を見据えながらそう呟いたのだった。




