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別世界の道化師  作者: あかひな
五章
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第八十二幕 道化師と通達


 夕刻。逢魔が時とも言われるその時間、俺達はダイニングルームに集まっていた。何故か、と問われればもちろん食事をするためなのだが、いささか――というには少々度が過ぎている気もするが――藍雛の機嫌が悪そうだ。それはもう、いつも抱きつきにいくスイが怖がって抱きつかないくらいには怖い。

 そんなピリピリした空気の中、食事を配膳しにきたフィルマだったが、あまりに緊迫した空気に思わず顔がひきつってしまった。

 ……さすがにこれは、支障をきたしてるよな。


「あー……、藍雛」

「何かしら」


 今まで緊張していた空気はマシになり、その分が全て俺一人に向けられる。正直キツイ。


「ちょっと用事があるんだけど、いいか?」

「……食事のあとではダメなのかしら?」

「あ、ああ。急ぎの用なんだ」

「……分かったわ」


 俺はその返事を聞いて、フィルマ達に先に食事をしてもらうように言ってから、ダイニングを出る。そのあとをついてくるように歩く藍雛だが、その間も、張り詰めた空気は(やわ)らがない。 とりあえず、話ができれば良いので《ジッパー》を開いて家に繋げる。


「藍雛、何をそんなに怒ってるんだ?」


 ぞわり、と。


「――あら、どうしてそんなことを聞くのかしら?」


 背筋に悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。

 ついさっきまでは、フィアの関係で苛立っているのかと思っていたが、この感覚は違う。藍雛の怒りが全て、この俺に全て向けられている。


「――い、や。機嫌が悪そうだったから、どうしてもな」


 口を止めたら死ぬ。そんな窒息しそうな空気の中、その一心で言葉をひねり出す。


「そうね、悪いわ。最悪の気分よ」


 藍雛はそういいながら目を細めて、俺を見据える。何かしたか? いや、機嫌を損ねるようなことはした覚えは無い。だったら、フィアの話に答えを出さなかった件か? 無数の思考が俺の頭の中を駆け巡り、そして消えていく。しかし、それほどの考えが出ても答えはでず、切迫した空気に晒される。


「ねぇ、緋焔。どうして我がこんなに怒っているのか、その答えは出るかしら?」

「……いや、出ない」


 途端、暴風のように溢れた魔力が、家の中を荒らす。俺の空間であるということがあって、魔力で物が消滅することは無かったが、それでも魔力にあおられて物が部屋を飛び交う。俺の目の前を皿が通り過ぎるが、藍雛から目を離すことは出来ない。


「貴方は、緋焔は、お前は――!」


 俺と藍雛の魂は、ほぼ同質だ。それ故に、感情が限界に達した時、取る行動は限りなく近くなる。

 《破壊》を帯びた腕が喉元に迫る。逃げることも出来ただろう、というのは明らかに他者から見た意見だ。魔法でもなく、腕力でもなく、感情で、激情で、俺は縫い付けられていた。しかし、その腕は、あと数ミリという所で止まる。

 やる気が失せたのではない。そんな希望的観測は、藍雛の()を見れば分かる。それでも、藍雛は必死に、何かに耐えるように唇を噛んでいる。そのせいで唇からは血が滲み、赤く染まっている。


「藍雛……?」

「――っ! なんでも、無いわ」


 藍雛はそう言うが早いか、《破壊》を消して踵を返し、そのまま《ジッパー》から出て行く。


「緋焔、貴方は……いえ、いいわ」


 藍雛はそのまま魔力を抑え、やがて姿は見えなくなる。全く……。


「訳が分からない」



―――――



 食後、突然携帯が鳴ったことに驚くが、よくよく考えればレイアさんなどには連絡が出来るようにしてある。未だ藍雛とのやり取りが心に残るが、とりあえずそれがばれない様に電話に出る。


「もしもし?」

『ほ、本当に話せる……こちらレイアですが、緋焔さんですか?』

「そうですけど、どうかしたんですか?」

『明日からの大会なのですが、緋焔さん達には予選から出ていただきたいのです』

「予選から……?」


 別に、それくらいの事は一向に構わないのだが、なぜこんなに突然、そんなことを言い出したのだろうか?


「構いませんが、どうしてまた?」

『お恥ずかしながら、内部の情報不届きで……突然で申し訳ありませんが、出ていただけないでしょうか?』


 別に構いませんよ――と、言おうと思ったのだが、予選の内容を聞いていないことを思い出す。どうせ受けるのは変わらないが、内容を知っておかなくては。


「予選の内容は?」

『ああ、すみません。予選の内容は――札取り合戦です』



―――――



「ルゥエェェディィス! アンッドッ、ジェントルメェェェン! 目の悪いものはレンズを持ってきたか?! 目の良いものはキチンと睡眠はとってきたか?!」

「「「うぉぉぉぉおおおお!」」」

「オーケー! それでは待ち望んだ冒険者ギルド主催、武闘大会の開催だぁぁぁあああ!」

「「「ウォォォオオオ!!」」」


 爆音はまるで空間を割るが如き衝撃を響かせ、耳朶(じだ)を震わせる。座っている椅子ですらその衝撃によって揺れているのだから、その音量は推して知るべきだろう。


「うぅ……お姉ちゃん、耳がガンガンするよ」


 そう言って、我の胸に頭を押し付けるように抱きつくスイ。思わず、場違いな笑みを浮かべてしまう。


「スイ、これを使いなさい」


 我はそのままスイの耳に耳栓をはめる。サイズは丁度いいはずだし、具体的にはノイズキャンセラーの拡大版みたいなものだから、我との会話も当然問題無いわね。くすぐったかのか、スイは何度か耳を触るが、次第に落ち着いたようで笑顔で我に抱きついてくる。可愛いわねぇ。

 そのままスイを愛でていると大会のルールが終わったようで、いよいよ予選が開始する所までやってきた。さて、緋焔は……いたわね。


「お姉ちゃん、あの白いローブがお兄ちゃんだよね!」

「ええ、そうよ」


 本人はこれで素性がばれないと喜んでいたけれど……そもそも人気取りのような大会なのだから、そんなものを羽織っても逆に目立つに決まってるじゃない。その上登録は仮名なのだし、主催側もキチンと言うわけは無いでしょうから……キャッチコピーは謎に包まれた白マントで決定ね。


「――では、個人予選の開始だぁぁぁあああ!!」




―――――




 純白のマントに身を包み、素性も知れぬ謎の人物。強者を退け大会を勝ち進むその中身は、いったい誰なのか!

 ……いや、無いな。せめてもう少し隠す方法があったような気がする。マントに魔法付与(エンチャント)とか。


「では、簡単なルール説明だ」


 司会者はそう言うと、本当に簡単にルール説明を始める。とはいっても、司会者が悪い訳じゃない。ルール自体が非常に簡単なのだ。

 これが武闘大会だからか、それとも死ぬことが珍しくないからか、ルールは少ない。というのも、過去のサッカーは手さえボールに触らなければ許されたそうだ。それ故、死人も出るほどだったらしい。昔は今ほど死ぬことが珍しくなかっただろうし、そうなると死との距離でルールの多い少ないが変わるのかな。

 閑話休題。とにかく、ルールは簡単。

 札を配られた人は取られないようにして、札を持たない人は札を奪うこと。ただし、故意に殺さない事、印となる札は目につく所に着ける事、飛ばないこと。以上の三つは守らなければならないらしい。逆を言えば、それさえ守れば何でもありのバトルロワイヤル。しかも、運が悪いことに、俺は配られた側の人間だった。これはもう神様(ミリアン)を殴りにいかなきゃならんね。


「――それでは、開始から十分後に配られていないものが追いかけます!」


 まあ、とにもかくにも――


「――では、個人予選の開始だぁぁぁあああ!!」


 ――たまには楽しもうじゃないか。

お久しぶりです。

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