第六十三幕 道化師と神殺し
「そうしてうちは不老不死になって、この時代まで生き延びたってわけさ」
「……」
聖女の話を聞いている間、常に頭をよぎっていたことがある。
まだこの世界に来て間もない頃、ミリアンから警告されていた事だ。『神殺し』に気をつけろ、と。もしも、その『神殺し』というのが聖女の言っているやつと同じだとしたら、神様はミリアンで、『神殺し』もこの世界から追放されているはずだ。
それにも関わらず、ミリアンは俺に警告をした。どう考えてもおかしい。いないはずの人物を注意など、無駄以外の何者でもない。しかし、ミリアンは現に警告をしているという事は……。
「『神殺し』が、帰ってきている?」
つい、口から漏れた一言。だが、聖女の耳に届くには十分。
目の前で座っていた聖女が、鬼のような形相で俺の胸倉をつかみ、壁に叩きつける。俺はまだ制限をかけなおしてはいない。にも関わらずそれほどの力が出ていると言うのはどういうことだろうか? ふと、俺の胸倉をつかんでいる聖女の手を見てみると、見るも無残な状態になっていた。不老不死だから、人間としての本来の力を出せるのだろう。
手がそんな状態なのにもかかわらず、聖女は般若の形相のまま俺を見ている。
「どこだ!? 『神殺し』は、あのクソガキはどこにいる?!」
「聖女さん、落ち着いてください」
俺がたしなめる様に言うと、聖女ははっとした様子でおずおずと手を離す。手は既に再生していて、白い綺麗な手の状態に戻っている。
聖女は済まなそうな表情をしてうつむいてしまう。
「すまん、つい頭に血が上って……」
「いえ、別に大丈夫ですので。それよりも、あなたに話さなければいけないことがあります」
「うん? なんだ?」
「まず一つ目に、神様は生きています」
「なんだと!?」
聖女さんはまた俺の事をつかみかかりそうになっていたが、今度は自制したらしい。
「すまん、どういうことだ?」
「そのためには色々説明しなければいけないんですが、今はそれを説明している暇がありません。でも、確かにあなたの言う神様は生きていて、この世界とは違う場所にいます。会えるかどうかは分かりませんが、必要とあれば言伝を伝える事もできます」
「そうか……うちらの神が。全く、今日は驚いてばっかりだな。随分と長く生きてきたが、その甲斐があったってもんだぜ……」
聖女さんは目元に溜まった涙を拭いながらそう言った。確かに、どんな気持ちで万に近い年月を生きてきたのかは知らないが、並みの精神力ではそれだけの時間を生きる事はできないだろう。
「湿っぽくなってすまんかったな。で、二つ目ってのは何だ?」
「二つ目は、この国がつぶれそうです」
「……そうか、ついにその時が来たか」
予想に反して、聖女さんは驚かなかった。それに、こうなる事も予期していたらしい。年の功、とでも言うべきだろうか。
「で、原因は何だ? 神様に関する情報も知ってるって事は、この国に関係した人間じゃないんだろ?」
「はい。この国は、数年前から聖女の末裔による神託の政治をやめて、一部の上流階級による独占政治で成り立っていました」
「そのツケが回ってきたって訳か……全く。うちの子孫のことはいえ、恥ずかしい限りだ」
聖女さんは頭をかきながらそう言うと、突然すっと立ち上がる。
「聖女さん?」
「セリアでいい。ちょっと、聖女としての役目を果たしてくる」
セリアさんはそう言うと俺が入ってきた方とは逆の方にある扉を開け、階段をつかつかと上っていく。……白、か。って、違えよ。
「セリアさん、上まで送ってきましょうか?」
「出来るのか?」
「余裕で」
セリアさんは満足そうな顔をすると、俺の目の前まで戻ってくる。
「じゃあ、ぱぱっと頼むぜ」
「分かりましたよっと。転移」
俺はセリアさんと俺の足元に魔方陣を展開して、聖堂まで転移する。
思ったよりも時間が経っていたようで、暗かった空は明るくなり、朝焼けで照らされたステンドグラスは月明かりとは違う美しさを見せている。
セリアさんの方はと言うと、本当に送ってもらっただけで一人でどんどん進んでいってしまう。兵士の方は警戒はしなくていいのかとも思ったが、よく考えてみれば彼女は不老不死。怪我の心配なんて皆無なのだろう。
「……やべ、どうしよう」
セリアさんが何をやろうとしているのかは知らないが、恐らく崩壊しそうなこの国をどうにかしようとしているのだろう。そして、とある事に気づいてしまう。
……俺、もう必要なくないか?
俺の本来の目的は、この国で起こると予想されている革命で無意味に人が死ぬ事を抑える為だ。けれど、セリアさんが何とかすると言っている以上、他人である俺に出来る事は何も無い。そして、信仰の対象となっているセリアさんならば、鶴の一声で何とでもなるだろう。だとしたら、俺がここにいる必要は無い。しかし、帰るというのも無責任というものだろう。
「悩んでても仕方ないか」
考えすぎるのは自分の悪い癖だな。と、思いそのままセリアさんについていく事にする。
セリアさんは迷ったり戸惑ったりする事無く、かつかつとブーツの音を立てながら目的地に向かっている。まあ、俺は目的地がどこかという事は知らないが。
しかし、向かっている先が随分とおかしい気がする。目的地が今代の聖女の部屋だとしたら、上に行く事はあれど、地下に向かうというのはどういうことだろうか。やっぱり、聖女は拘束されている? ともすれば、セリアさんは聖女の救出に向かっているのだろうか。しかし、最初にする事が聖女の救出であるとも限らない。案外、思ってもしなかったような古代の兵器が地下に隠されていたりするのだろうか。いや、でも兵器なんて使う必要は無いし……むぅ……。
「そんな難しい顔をして、変なものでも食ったのか? 神使さんよ」
「神使?」
「誰も知りえない神の情報を知ってるんだ。正しく神の使いだろ?」
「……そう言うときは天使って言うんじゃないか?」
「うちが崇めてるのは神だけだ。天なんてどうでもいいのさ」
元とはいえ、神のいた場所に一切の敬意を持たないって言うのも、さっぱりしすぎているような……。まあ、本人がいいならそれでいいか。
「それより、今はいったいどこに向かってるんですか?」
「うん? ああ、最深部に向かってるのさ」
「最深部?」
最深部、というと、偉い人とかがいそうな最上部とは逆の意味合いを彷彿とさせる。どちらかというと、魔王とかがいそうなそんな感じ。
「そうそう、そんな感じで大体あってるさ」
セリアさんは俺の表情から考えてる事を読み取ったらしく、何食わぬ顔で自然に言葉を返してまた前を向く。やってることはすごいんだけどな……何でこんな事ができるんだか。やっぱり年を重ねた分だろうか。
「ああ、そうだ。言っておくけど、うちは長い年数生きてるだけで、中身の時間は変わってないんだから、お姉さんだからな?」
「……いや、実年齢考えたら「お姉さんだ」……はい」
つい口をついて出てしまった一言を、満面の笑みで返された。しかも、綺麗な女性特有のオーラ付き。久しぶりで……超怖い。
「分かってくれればいいんだ。……分かってくれれば、な?」
セリアさんが最後にそうつぶやいた瞬間、背筋にぞわっとする感覚が走る。もしやと思って服の下から直接触ってみると、背中に冷や汗をかいている。……制限三割解除の状態なのに、恐怖で冷や汗とか……笑えねえ。どんだけだよ。
「さあ、遊んでる暇はないぜ? さっさと行こうか」
「はい」
藍雛みたいにならないといいなぁ。
「で、だ。ウチは子孫を助けたらどこかに身を潜める」
「それはまたなんでですか?」
「周囲に露見しないためだよ。元の部屋に戻ろうにも、子孫を連れてくわけには行かないし、あの仕掛けは全部大破してるんだろ?」
「そうですね」
アレはものの見事に全滅だろうなあ、かなりの速度が出てたし。というか、アレは出られないようにするための仕掛けじゃなくて、入れないようにするための仕掛けだったのか。
「そう言うことだ。ウチはそうだなぁ……天竜の巣辺りにでも住むとする。あそこに白龍がいるんだけどな、ウチが最後に見たのはこーんなちっさい子供の頃だったのさ。そりゃもう可愛いのなんのって! 今頃どうなってるのやら。あと、いつまで経ってもガキみたいな性格の黒龍がいてな。どんっだけ若作りするんだっつーの」
「あ、俺知ってますよ」
「はぁ? ……ああ、神使だもんな。で、あの二匹は……いや、やっぱりいい。直接会ってのお楽しみにすっから」
なんか勝手に話が進んでいるが……まあ、いいか。俺は関係ないみたいだし。
「さて、ふざけたこといってる間に到着だぜ。ここからが聖女の系譜専用の牢獄だ」
「これは……洞窟?」
セリアさんがそう言って指差したのは、俺が言ったとおり、洞窟の入り口。入り口だけには人の手が入っていて、牢屋のための格子がはめ込まれているが、間からは鍾乳石のようなものが目に付く。
「そうだ。ウチは神酒を飲んだから、不老不死になったわけなんだがそれには副作用があったのさ。そして、子孫は不老不死ではないものの、その副作用のみを受け継いでいったのさ」
「副作用?」
「ウチの副作用は、体に万能薬としての効能がついた」
「……はい?」
「要はウチの肉体の一部を食すと、万病、重傷問わずどんな状態でも生きてさえいれば万全の状態になれるのさ」
「それで副作用なんですか?」
「肉体を欠損させなきゃならんような効果なんて副作用じゃないか?」
まあ、確かに副作用かもしれないけどさ……。それにしても効果が随分とすごい。神酒の副作用ということは、ミリアンも同じ効果が付いているのだろうか。
「でだ、さすがに何でもとはいえないが、ウチの子孫には自分の行った自己犠牲に応じて傷や病を治す事ができるのさ。もちろん、比率は同率でだ」
「それは……」
それは、あまりにも皮肉な能力だ。仮に、腕を失うような怪我を負ったとしたら自分が腕を失くさなければ治せない。死にそうな重傷を負ったとしたら、自らが重症にならなければ治せない。完璧な自己犠牲の精神をもってしてでないと使用する事のできない呪い。自らの意思でなければそれこそ奴隷だろう。
「ああ、勘違いするんじゃねえぞ? その効果によって負った傷は全て幻だ。それを治すと認識した瞬間に発動する」
「なんとも言えない……強いて言うなら、自分では持ちたくない能力ですね」
「ウチがいえたことじゃあねえが、全くだな。しかも、この国じゃあうちの末裔として生まれた時点で聖女だ。隠し通す事もできず、ただただ利用されるだけなのさ。ただし、これには制限がある」
「どんな?」
「かつて神がおわした地から。まあ、天の元で無けりゃ発動しない。室内やこういう洞窟の地下みたいな所はダメなのさ」
「それで、こんな天然の洞窟に……」
「利用されると時には傷を負い、必要とされなきゃ幽閉される。なんとも居た堪れない能力なんかね」
重要な話の予感。ここら辺はあともう少しかな。
他の人の小説の感想の多さに驚愕。地味に気にしているんけれど、ここの小説はそんなに感想が書きにくいのだろうかと、ちょっと思ったり。




