第五十六幕 道化師の出発
「それじゃあ、行ってきます!」
「良い、館、探します」
「……ふんっ」
「はい、それじゃあ行ってらっしゃい。待っているわよ」
「適当な館にしてね?」
「ヒエンも、皆も気をつけてね!」
天竜の巣の下。国は分からないが、ちょうどいい感じの草原が地平線として広がってる場所があったので、藍雛と俺で見送りをしたいという人だけを本当の大地に降ろした。
「それにしても、見送りはこれだけなのか……」
「いいじゃない。それとも、もう何往復でもするかしら?」
「……遠慮します」
もう何往復か、なんてそんな面倒な事はしたくない。というか、さっきは俺と藍雛の二人と言ったが、藍雛が降ろしたのはマウだけで他は全員俺が降ろしたのだ。まあ、その直後に藍雛が上下に降ろしたり出来る何かを創ればと、言い出して俺がげんなりとしたのは完全な蛇足だ。
「しかし……馬車じゃないって言うのがちょっと趣に欠けるなぁ」
「馬車、は途中で、確保、出来ます」
「まあ、そうだな」
「……馬車なんかよりも、こっちのほうが良さそう」
最年少組の大きいほうの子。名前は藍雛達がつけて白雪と名づけたそうだ。なんと言う童話。もちろん、こっちの世界に漢字なんて物は無いのでこちらの世界で白い雪と言う風にしたそうな。
その子が俺の創造した車を眺めてそう言った。
「いやぁ……。それはそうなんだけど、これを使うのは正直嫌だったんだよ」
なんていっても、これは元の世界の物だ。もしもこれが造られないうちに俺が流出させてしまうのは、この世界のためにもならないからな。まあ、運転に関しては自動でしてくれるようにしてあるから、問題はないんだが。
「そう、なんだ」
白雪はそれだけ口に出すと、もう一人の小さい子――若葉――の様に車のシートの上で二人揃ってピョンピョンと飛び跳ねる。二人とも、満面の笑みで楽しそうに遊んでいる。本来なら止めるべきだろうが、動いているわけでもないし、創造したてで埃なども一切まう事は無いので止める事も無いだろう。
それにしても、若葉に白雪とは女みたいな名前だな。髪の毛も長いままほったらかしだし、男の長髪を好まない俺と元同一人物の藍雛にしては珍しい。
「まだ小さいし、顔立ちも中性的だからいいんだけどなんかな……」
「あら、どうかしたの?」
考えていた事がポロッと口から出ていたようで、藍雛に怪訝そうな顔で覗き込まれる。っていうか、近い。
「いや、なんでもない。近いから離れてくれ」
俺は顔の前で手を振り、なんでもないという事をアピールするが、藍雛はにまーとした笑みを浮かべて、更に顔を近づけてくる。
「……アノ、アイスサン」
「ふふ……何かしら?」
「チカイデス」
「そうね。さっきそう言っていたわね」
じゃあ離れてくれ。と、そう言おうとした瞬間に視界が暗くなり、唇に柔らかな感触がする。耳からキーンとなるようなマウやスイ達の叫び声が聞こえる気がするが、唇の感触に気を取られて何を言っているのかさっぱり分からない。
唇の感触が無くなってから、やっと視界が風景を捕らえ、マウ達の慌てふためく顔や、藍雛のニヤニヤした顔が見える。と、ここでやっと脳が情報を処理し始める。
「……え? 何今の?」
「今のは――」
「なんでもない! なんでもないよヒエン!」
「お姉ちゃんばっかりずーるーいー! スイもお兄ちゃんにちゅ――」
「あーあー! 聞ーこーえーなーいー! ヒエン、出発するんでしょ!?」
「お、おう……」
マウの言い知れぬ気迫に押され、ついつい返事を返しながら車のエンジンをかける。幸いというか、旅のメンバーは既に車に乗っていたので、後は俺が運転席に乗るだけであった。
「それじゃあ、行ってくるな」
「行ってらっしゃい。気をつけて行ってくるのよ」
俺は藍雛に手を振って返事をして、アクセルを踏む。これがスイッチ代わりとなり、車は早過ぎず、しかし遅くもない速度で走りだし、数分程経ってサイドミラーで藍雛達が天龍の巣に帰っていく様子が見受けられた。
さあ、どれくらいで最初の人がいる場所に着くのだろうか。楽しみだ。
−−−−−
「……眠い」
魔法によって、地面より少しだけ浮いた車の内部は騒音は無く、また、浮いているため振動というものも無い。そして、エアコン機能が登載されている車に温度の問題などもあるわけも無く、最年少組が楽しさ半分好奇心半分に窓を開けたため、入って来る風が心地良く、風のおかげでエアコンすら使われていない。
しかも、俺は自動運転に任せているだけなので、運転席に座っているだけ。それが同じ光景と共に何時間も続けば眠くなるのは当然といえる事だった。
「私、見張り、します。ご主人様、お眠りになられる?」
欠伸を噛み殺す俺の様子を見兼ねてか、フィルマが見張りを申し出る。だが、魔法で護られているこの車は並の事では傷すらつかない為に、普通なら一人はいなければならない見張りさえも必要無かった。
「いや、魔法で護ってるから見張りはいい。フィルマも眠かったら寝ていいぞ? ちびっ子達も、眠かったら――って、もう寝てるし」
なんだかんだ言って、フィルマ自身も目を擦りながら必死に眠気を堪えているようだったし、そんな状態で起こしておく方がむしろ酷だろう。
年少組に至っては、遊び疲れたのかなんでかは知らないが、三人仲良くシートを倒して眠りについている。シートの倒し方なんて、教えた覚えは無いんだが……流石は子供。好奇心旺盛なんだろうな。しかし、シートを倒したおかげで寝やすいとはいえ、風の吹き込む車内では寒いだろうから、《ジッパー》の中から毛布を二枚取り出して、一枚は三人にかけて、もう一枚はフィルマに手渡す。
「ありがとう、ございます」
フィルマはそれを受け取ると、やはり眠かったのか早々と毛布に包まって体をシートに預ける。俺はその様子を見て、やっぱり年少組が特殊なのかと苦笑いをして、フィルマにシートの倒し方を教える。やり方を教わったフィルマは会釈をすると、倒れたシートに毛布に包まった体を横たえ、寝息を立て始める。そんなに眠かったなら、言ってくれればよかったのにな……。
そんな事を思いながら、俺も座席を少しだけ傾けて毛布を体に被せて目をつぶる。毛布をかけたおかげで、余計な風が体に当たらずに程よい暖かさになり、更に眠気をさそう。
そうして暖かさを全身で感じて数十秒。こう言ってみれば早く聞こえるが、体感でいうとそれなりに長い。なんでそんな長く起きていられるのかというと、だ。
「……眠れない」
眠かったのに寝ようとすると逆に眠くなくなるという、ありがちで非常に迷惑なあの現象が起こっているからである。
ついさっきまで、あくびを噛み殺すほど眠かったというのに、今ではハッキリと目がさえてしまって全く眠くない。腹が立つ上にやたら不思議だ。人体の七不思議の一つに数えてもいいと思う。
仕方が無いから、寝返りをうって寝やすい体勢を探しつつ、ついさっき毛布に包まったばかりのフィルマの様子を見てみる。だがしかし、フィルマは既に眠っていた。
「……仕方ない。無理矢理にでも寝るか」
俺はそう呟いて、もう一度毛布に包まり直して目をつぶる。やっぱり、眠ることは出来ないが、体を休憩させるという意味合いでは少しでも効果が出ることを願う。それに、時間は有限なんだし、それを無駄に扱うというのは気が引ける。
まあ、旅の道中なんだから無駄にしている訳じゃあないが、俺ならこの狭い車の中でも空間を広げて鍛錬だって出来る。無駄ではないが勿体ない。なんとも不思議だ、と。ここまで考えてふと、あることを思い出した。
「俺、寝ようとしてたんじゃないか……」
自分の思考に若干の呆れを覚えながらも、今度は思考の深みにはまらないように気をつけながら、今度こそ眠りにつく為に目をつぶる。
今度こそ、眠れますように……。
「って、祈る相手ってミリアンじゃないか」
……願いは叶わないかもしれん。口に出さない様に、静かで、心地のいい空間を保つように、黙って視界を遮る暗闇の中で想像上の羊の数を数える。
一匹、二匹、三匹、四匹……。
「………………あーうー」
眠れん。いくら羊を数えても眠れない。やはりというか、羊では無謀だったか……。いや、牛とか山羊ならいいかっていうと、そういう問題でもないけど。
暇つぶしとして外を眺めても、続くのはほぼ予想通りの草原。期待が満ちた視線を送っても、視界は変わらないか……。他に何か暇つぶしになるような物、何か。何か楽しい物……?
「ゲームだ!」
なんで思い付かなかったのか。まあ、そんな事はどうでもいい。俺は《ジッパー》の中に手を突っ込んで、収納してあったはずの場所から携帯ゲームを取り出す。ソフトは中に入れっぱなしだから、いちいち出し入れする必要は無い。ちなみに、ソフトの内容は、ハンターと呼ばれる主人公が、ドラゴンやモンスターを倒して、その素材で新たな武器もしくは防具を作り、更に強いドラゴン等に挑むという無限ループだ。
発売されてからはかなり時間が経っているが、未だに根強い人気がある。俺も全ての依頼は終えているが、最近は防具無しだったり、初期武器のみでの縛りプレイという一定ルールを設けた中でプレイしたり、称号集め等をしている。
今回は称号集めの一環で、指定されたモンスターを五十匹討伐する。そのうち四十四は狩ってあるので、あとは六匹狩るだけでいい。久々にやるゲームで、技術がどれだけ落ちているかが心配だが、長い間やっていた分で補えるだろう。
「………………っち、毒うぜぇ。
……え? ちょっと待った、このタイミングで気絶とか体力ががが! 待て待て待て、このタイミングで毒爆弾はダメぇぇぇえええ!」
快調な滑り出しでスタートし、ノルマの六体を余裕で狩り終えたが、ふとどれだけ連続で倒せるのかが気になり、クリアせずに、そのままクエストを続行した。
前のモンスターが消え、新しい敵が現れて俺に攻撃を仕掛ける。
普通なら避けられる攻撃を見て、余裕を感じた瞬間くしゃみをしてしまった。そして、手元が狂った。敵の攻撃で毒を喰らい、状態異常を回復しようとしたところ、続いて突進を受けて気絶。そして、敵の中で最も強い攻撃の毒爆弾を喰らって俺の分身である主人公が戦闘不能。スタート地点のベースキャンプに強制送還された。
見事なまでの連激で、こちらがキャラを動かす暇さえ無かった。
「くっそ。どうすっかな」
悪態をついているものの、目的は既に果たしており、これ以上は深追い。もしくは殺害過多というものだ。そう考えた俺は、あの一匹を狩ることを止めて、依頼を終了させ、同時にセーブをしてゲーム自体も終了させる。
何故止めたのか、というと。腕が予想以上になまっており、それ故に時間もかかった。それと、ゲームのプレイ中にこの世界の街で見たような城壁が、車のフロントガラス越しにちらちらと姿を現しているからであり、寝ているメンバーを起こす為の時間を確保したかったのだ。
こんな車で街に入ろうとすれば、注目の的間違い無しだからな。
どうも皆様、神薙です。
約二十日ぶりの更新という事ですっかり存在ごと忘れていた方もいると思います。
正直、俺も忘れてた期間が2、3日ありました。マジですみません。
さてさて、以降、主人公の緋焔君は旅に出るのでした。道中何があるのか、お楽しみに。




