Chapter06-1 モルドレッドの戦い(前編)
前半ジーン視点、後半モルドレッド視点となります。
植魔を刺激しないように、足音を忍ばせてジーンたちは夜の森を進んだ。
なお、来た道は戻らない。〈空間〉を確認したとき、メリルが問答無用で〈分けっこの魔法〉――視界共有を要求したので、肉片が散乱する場所を避けることにしたのだ。冒険者歴が長く、多少なら悲惨な光景にも驚かないジーンたちと比べ、アレを若い娘が見たら卒倒する。
『ちょっと。方向がちがうわよ』
〈空間〉からメリルが文句を言った。
リディアが眠り香を吸ってからジーンと視界共有をするまでの外の出来事を、メリルたちは知らない。知らなくてよかった。
『ごめん。来た道はかなりの悪路だったから』
とりあえずその場しのぎの言い訳をするも、
『あ、そーねぇー。お姉さまって、とぉーっても重いもの、ね?』
かなり棘のある言葉を返された。どうやら非常に機嫌が悪いらしい。
(参ったな……)
ここにウィルかヘリオスがいれば、メリルをなだめてくれるのだろうが、今は二人ともいない。ヘリオスはジーンの部屋で幸せそうに眠りこけていたので起こすのがかわいそうだった。ウィルは、どこにいるのかわからない。元々あちこち探索していたので、姿が見えなくても彼なら大丈夫だと思えるが……。
(…………ん?)
ふと、僅かな物音が聞こえた気がして、ジーンは足をとめた。
(なんだ?)
かすかに空気を伝う振動――耳を澄ませば、金属がぶつかり合うような、剣戟のような音が聞こえる。
(近くもないけど、遠くもない。しかも、植魔の方からだな)
「パスカル」
先を歩くパスカルを呼び止め、ジーンは後ろを振り返った。その目は魔力を湛えて血のように赤く、漆黒のマントが消えて、黒い皮膜の張った大きな翼が広がる。
「【我に瞰せよ】」
ジーンを中心にぶわりと魔力が拡散する。宙を揺らめくだけだった植魔の茨がピクリと反応するのと同時に、ジーンはリディアを抱えたまま夜空に飛びたった。
魔法を発動させた途端、植魔のあらゆる場所の映像が脳裡に流れこんできた。
『あのとき』――命を喪った時、建物の中に潜む刺客に気づけなかったから。〈魔女〉に願って、この〈魔法〉をもらった。発動させれば、ジーンの立つ建物――たとえそれが植魔という魔物の体内でも、くまなく見ることができる。
同じ轍を踏みたくないから。
ヒュッと飛んできた茨を素早く飛んで躱す。やはり魔物、大きな魔力に獲物だと思ったようだ。眼下でもうもうと砂煙があがり、
『ぴぎゃあああーーーー!!!!』
〈空間〉で視界を共有するメリルが絶叫した。思えばこの珍妙な喚き声を聞くのも、ずいぶん久しぶりな気がする。
『ハハ。通常運転だね』
『うるさいっ!!』
大丈夫。メリルは元気だ。だんだん彼女とのつきあい方がわかってきた気がする。同時に、懐かしいとも。ほんの一瞬、かつての仲間たちと笑いあった時間を思い出し、
『ジーン! よそ見するな!』
パスカルに怒鳴られてすぐに気を引き締めた。こんなやり取りも、よくあった。冒険者になりたての頃に。
丘ほどもある植魔の身体は、大半がとぐろを巻く茨だった。何重にも守られた内側に本体――巨大な魔核があるのがうかがえる。
しかし、今は魔核には用がない。
繰り出される攻撃を躱しながら、音の源を探る。ややあってジーンが見つけたのは、植魔の根本に空いたウロのような濃い闇の蟠る穴だった。その奥に……
(いた!)
硬質な金属音と飛び散る火花のむこうにいたのは、確かに。
何者かと戦い鎖鞭を振るうウィルだった。
♤♤♤
自分が戦闘狂であると、思ったことがある。
少なくとも、身体を動かすことを好むと言うより、強い者と手合わせをすることに喜びを感じるのだ。だから、人間と自らの存亡を賭けた戦もそれなりに楽しんでいたと思う。討ち取られてしまったが。
今も――。
「ほぉ……。やるではないか」
闇の蟠る茨のトンネル――その中で。己との間の空間に奇妙な青白い炎をいくつも浮かべ、ゆらゆらと揺蕩ういくつもの人型。大きさは子供くらいだが、靄のような歪なシルエットの身体には顔もない。
『ソレら』に、モルドレッドはニヤリと口角をあげた。
「俺に傷をつけるとはな」
わずかに血のにじむ左腕を示して、モルドレッドはククと喉を鳴らした。
傷つけられた――本来なら用心深くなったり最悪恐怖を感じるのだろうが、モルドレッドの場合、傷は何よりも血を滾らせ己を興奮させる。
「ハアッ!」
闇の中に、鎖鞭のしなる風切り音と鋭い打撃音が響く。いくつもの鞭の軌跡が稲妻のように空中に明滅した。
細かな金属の刃を連ねた鞭は見た目より重量がある。それを、ここまで自在に、高速に操れる者など、いったいどれだけいるだろうか。ましてやまだ少年の力で、だ。
……やはり自分は戦闘狂なのだろう。
弟を探すのがモルドレッドの生きる第一目的だし、関わる味方にはそう公言もしている。だが、冒険で出会う強者と剣を交えるのもまた、彼の大きな目的であり楽しみだった。実際、今のウィルをここまで鍛え上げたのもモルドレッドだ。無論、己のために。戦いを楽しむために。
彼にとっての異世界はとてつもなく広く、未知の武術や魔法が溢れている。
(この影擬きも、なかなか面白い魔法を使う)
自らをいくつにも分身させ、それぞれから魔法の刃を放ってくる。突然消えたり、何もないところから滲み出てくることに加えて、己の身体を変形させて刺突や斬撃を繰り出してくる。つい避けきれず傷を負わされてしまった。
実に、良い。楽しくてたまらない。
まあ、始めた頃は二十体以上も分身を出していたのが、今は五体ほどしか出せないのをみると、ヤツもかなり疲弊しているのかもしれないが。
「どうした? おまえはその程度か」
一方のモルドレッドにはまだ余裕がある。まだ、暴れ足りない。
簡単な相手は宿り主のウィルに任せ、いったい何十年、表に出ずにいたと思っているのだ。このまま相手がジリ貧で終わるのは興ざめもいいところだ。
「フッ。何年前の亡霊か知らんが、大したことはないな。なぁ?」
――『偽物』ども。
ニヤリと意地悪く嘲った途端、
「ギィィィーーー!!!!」
影が金切り声をあげた。殺気がぶわりと膨れ上がる。狙い通り挑発できたようだ。
一匹が懐に飛び込んできたところを、躊躇いなく鎖鞭で両断する……とはいえ、相手は靄のようなモノ。今までは煙を斬りつけたように、両断してもその身体は繋がって復活したのだが。
ジュワッ! と音をたてて、ソレの身体が溶け落ちた。そして、モルドレッドの着地点にドロリと広がり、ボコボコと泡立ってまた靄に……。
(何のことはないな……ん?)
立ちのぼる靄に顔をしかめたモルドレッドの周りの景色が一変した。




