Chapter05-1 ウィルを助けに
晩餐時、どうしてかウィルの姿が見えなかった。
「あの、ウィル君はどうしたのですか?」
リディアは給仕をしていた灰色髪のメイドに尋ねてみた。
「部屋でお休みになっておられましたので」
答えたのは、ハサン。そういえば、この屋敷で自分たちと口をきくのは、カーミラを除けばこの二人だけだ。他の使用人たちは一様に口を閉ざし、声すら聞かない。それどころか、話しかけようとするとギョッとして逃げだしてしまう。
「お疲れなのでしょう」
ハサンが断じた。
(疲れた? ウィル君が?)
あの体力バ……ウィルが。にわかには信じられない。ゴブリン戦で魔力を使い果たした時以来、彼が息切れしているところすらリディアは見ていないのだ。
「ご心配なさらずとも、起きてこられましたら食事をお持ちしますよ」
顔に出ていたのだろうか。ハサンがすまし顔ながら、ムッとした調子で言い添えた。
「フフフッ。それで聖女様が……」
耳に入ってきたのは、カーミラの声。お喋りに夢中なのか、声が大きくなっている。ヘリオスやジーンを両隣に座らせ、リディアの知らない話をしていた。
(もう、用は済んだ……のよね?)
カーミラは〈厄災〉たちによる養蜂をやめると宣言した。つまり、この場所において〈勇者〉としての役割は終わったのだ。
いや、実際ははるかに大きな問題が浮上している。〈厄災〉たちはこれから起こる戦争に大きく絡んでいて。それを、早くジーンにも相談したいのに。
ジーンは先へ進むとも言わなければ、食事の席以外に姿を現さない。彼はいつもカーミラと共にいて、彼女の方ばかり見ているように思えた。
(どうして……?)
視線の先には、身を寄せ合い笑いあう二人。同じ部屋にいるのにひどく遠く感じる。リディアの知らない話題――まるで、声から言葉が消えて、楽しげな雰囲気だけが囀りのように耳に入ってくる。
リディアの言葉は、訴えは彼に届くだろうか。
彼には〈勇者〉としての役目がある。そこに、人間同士の戦争を防ぐことは果たして含まれるんだろうか。
急に不安になった。シュン、と勇んだ気持ちが萎んでいく。
(言わない方が、いいの?)
〈厄災〉たちが絡むと知れば、ジーンはそちらを正そうとするのかもしれない。でも、そうしたら館への滞在は延びてしまうと思う。そうしたら、父に手紙を送ることも難しいだろう。
(……どうしよう)
心がズキズキと疼く。
病気でもないのに息苦しさを覚えた。
◆◆◆
晩餐後――。
晴れない気分を抱えて、客室に戻ろうとしたリディアは、突然強く腕を引かれて暗がりに連れこまれた。
「え。メリもがっ」
「黙って」
有無を言わさずグイグイ引っ張っていかれる。
『ウィルが閉じ込められたの!』
◆◆◆
夜の温室――。白く儚げな花弁が揃って四角い枠に区切られた夜空を見上げている。漂う甘やかな芳香は、馴染みのある香り――白粉の匂いだ。
僕モ……コウスレバイインダ……。
強ク、切レナイ……ナラ、
(んっ!)
また、だ。温室の近くへ来ると、頭の芯がクラリと白く染まりそうになる。まるで固めた白粉みたいに。
(ダメ。今はボーッとしている場合じゃないわ)
温室内の通路の半ばに、大きな植木鉢――ソテツに似た木が尖った葉を繁らせている――が置かれている。
「ここよ!」
曰く、この下に地下室へ続く階段があるらしい。そこにウィルが入り、ハサンという商人が入口を塞いだのだという。
「舐めんじゃないわよ。土を全部出してやるんだから」
太い木が植わっている大きな植木鉢。そのままでは動かせなくても、中身さえ減らせば軽くなる。物陰で一度メリルを〈隠し〉て、〈空間〉から薬草採取用のスコップを出してきて。メリルと二人して、ザクザクと鉢の中の土を掘る。放り出した黒い土が、白い花弁をまだらに汚した。
と、そこへ。
「ママ?」
「マーマ?」
トテトテと〈厄災〉がやってきた。さらに。
「何をやっているの?」
彼らの後ろから、カーミラが姿を現した。




