Chapter04-3 ハサンの思惑と秘密の航路
ハサン視点のお話となります。
「これは美しい」
ハサンは、ドレスに着替えたメリルに感嘆を漏らした。自分の目に狂いはなかった。メリルは着飾ると、驚くほどに美しくなった。
(ふむ。合格点だ)
内心でほくそ笑む。
メリルは、欲に正直な娘だ。贈り物に目を輝かせ、旅は不自由が多かったろうと問えば、
「そりゃ、贅沢に暮らせた方がいいわよ」
と、言いきった。モノで釣れる。つまり御しやすい。
この娘なら『次代』にできる。彼女はオクトヴィア人で、『毛むくじゃら』と話せるのだから。やっとアディサを解放できる。
ハサンは、『毛むくじゃら』に養蜂をやめさせたカーミラに苛立っていた。
キラービーの蜂蜜は、巨利を産む。
だからこそ、ラームス村に仲間のアクババを送りこんだのだ。森を手に入れる――オクトヴィア人にゴールデンロッドを殖やす邪魔をさせないための布石として。
ハサンにとって、今朝の宣言は寝耳に水だった。推測するに、メリルたち自称冒険者パーティーから、カーミラに何らかの情報がもたらされたのだ。恐らくはフュゼの動向が。
短絡的なカーミラはすぐに手を引いた。『毛むくじゃら』を前に出せば、ハサンは従わざるを得ないことを計算して、あんなパフォーマンスをしたのだ。なんとずる賢い亡霊だろう。
カーミラは幼い女児の亡霊だ。
ハサンが来る何百年も前からこの館に住みついており――正確には宿り主を代えながら今の今まで生きながらえている魔物なのだ。
けれど、カーミラは〈厄災〉と話せた。〈厄災〉もカーミラの言うことなら聞いた。そこに目をつけた砂漠の国の商人が、宿り主の世話をすることを見返りに、〈厄災〉を介した商売を始めた。
オクトヴィア王都トリクローヌの東側から南側に広がる広大な森には、地図にはない一本の河が流れている。河幅が狭い所や急流が多いため、航行には適さない……
人間の船は。
しかし、〈厄災〉の筏はちがう。彼らは、あの簡素な筏を見事に操り、王都の南からカストラムを過ぎた森の切れ目までの長い距離を行き来しているのだ。
規制の厳しい王都も関所のカストラムも通らず、王国に知られることもない秘密の航路――関税という名の上前をはねられることもなく、持ち出し禁止品も簡単に運べる。利用しない手はなかった。砂漠の国の商人は、カーミラを介して物資の密輸を始めたのだ。
その有用性から、二十数年前に砂漠の国自らが将軍を派遣し、管理者が国に変わったものの、商売そのものは変わらず続いている。カーミラの『継承』も、また。
(実に苛立たしい!)
……まあ、カーミラの代わりは目の前にいる。
『毛むくじゃら』と言葉を交わせる人間さえいれば、カーミラなど不要だ。亡霊などさっさと浄化してしまえばいい。アディサは器から解き放たれ、元のアディサに戻る。美しく聡い、大人の女に。
「欲しい物があれば取り寄せることもできます。私は商会を営んでおりますので」
内心を押し隠し、ハサンはメリルに笑顔を向けた。
「そ、そうなんだ」
やや顔を引き攣らせるメリル。警戒している――一度に多く与えすぎたのかもしれない。
(この美しい容姿……元は貴族の娘といったところか)
冒険者をしているということは、家が没落したのだろうか。オクトヴィアの貴族は魔力の高い者が多い。だから、戦闘経験のない令嬢でもパーティーを組む相手に恵まれれば、なんとかやっていけるらしい。
「そうだ。本は読まれますか? 館には図書室もございます。行ってみますか?」
退屈だろうからと提案したが、彼女は遠慮がちに「また後ほど」と断った。
(やはり警戒されたか)
もし、メリルが元貴族令嬢なら、用心深いのにも頷ける。警戒がとけるまで、もうしばらくかかるかもしれない。
内心で肩をすくめ、ハサンは「いつでもお呼びください」と残して部屋を辞した。
扉を閉め、口元を歪める。
ハサンとメリルは、利害が一致するのだ。陽射しの下に出られないメリルは屋根のある家が必要で、ハサンは『毛むくじゃら』と話せる人間を欲している。
(良い関係を築けると思うが。……まあ、時間はある)




