Chapter03-1 歓迎の晩餐
「〈勇者様〉に〈聖女様〉、〈戦斧使い様〉! ウフフッ、夢のようですわ」
その夜。カーミラはリディアたちを食堂に集めた。ジーンのことは〈厄災〉から聞いていたらしい。突然姿を現したにもかかわらず、ジーンの姿を見るカーミラの目は心底嬉しそうに輝いていた。
長いテーブルは大きな一枚岩を切り出し、表面を鏡のように磨いたものだった。そこに、リディア、メリルにウィル、カーミラの両隣にヘリオス(※美少女のまま)とジーン、さらにパスカルが居心地悪そうに大きな身体を縮めていた。聞けば、
『ジーンから隣にいてくれってな』
というわけらしい。少しだけ、リディアは彼がうらやましかった。
灯されたロウソクの炎はフルフルと震え、伸び上がったり縮こまったりを繰り返す。不安定な灯りの中に佇む召使いたちの顔は、一様に灰色だった。
灰色の給仕が無言で料理のサーブを始めた。
はじめに出されたのは、スープの皿。平べったいパンが添えられているが、奇妙なことにスプーンがついていない。はて?
「〈勇者様〉は〈魔女様〉の愛し子ですの。〈厄災の年〉になると、教会にお告げがあって〈勇者様〉が見出されるのですわ」
テーブルの上座で、カーミラが上品な手つきでパンをちぎり、スープに浸す――そうやって食べるらしい。
「〈勇者様〉の〈聖剣〉は〈厄災〉を滅するためのものですの。ですから、彼の剣となり盾となる方々が旅の同伴に選ばれるのですわ。昔話では、武闘会でその座を争ったこともあったの」
食事をしながらも、カーミラのお喋りはとまらない。覚えたての知識を披露したがる子供のようなキラキラした眼差しで話し続ける。
「〈聖女ヘレネ様〉は神様から〈癒しの力〉を与えられたお方。〈勇者様〉とともに〈厄災〉によって傷つき病んだ人々を訪れて」
メインディッシュは、大きな川魚のパイ。表面にウロコやヒレの模様を入れて、こんがりきつね色に焼いてある。
「わぁ。大きな魚のパイ! 私の好物ですの!」
運ばれてきたそれを目にしたカーミラが歓声をあげた。
(やっぱり……カーミラ様は変だわ)
所作というか行動そのものがおかしい。見合わない、というか。
カーミラに向かい、笑顔でパイを切り分ける給仕――もしもカーミラが、十歳かそこらの少女なら、温かで微笑ましい一幕に見えるかもしれないが。
でも、ちがう。
化粧は年齢を曖昧にする。でも、化粧をしていても、カーミラはリディアよりずっと年上だ。背丈だってリディアより高い。だから、子供っぽい言動がよけい不自然に感じられるのだ。
(ううん。違和感はそれだけじゃないわ)
古めかしい館?
それとも、カーミラの言動を当たり前に扱う使用人?
それとも……魚のパイ?
カーミラの隣、穏やかな眼差しで彼女の話に耳をかたむけるジーン……?
(ううん、これはちがう)
なぜかツキリと痛んだ胸に首を傾げて、リディアはパンを口に運んだ。ニンニクの風味と豆の甘味に、微かな酸味はレモンだろうか。
「コフタはいかがですか? お嬢さん」
悶々とするリディアの向かい側で、メリルが隣席の男から料理を勧められている。棒状の塊からは、スパイシーな香り。肉料理のようだ。
リディアの皿にも、緑髪のメイドが無言でそれをよそってくれた。
「ありがとう」
リディアがお礼を言うと、彼女はギョッと目をむき、次いでサッと逸らした。
(……?)
◆◆◆
「そうですわ! 皆様にぜひ召しあがっていただきたいものがありますの」
食後の紅茶が運ばれてきたタイミングで、カーミラが言いだした。心得たとばかり、メイドたちが運んできたのは、花や鳥、リボンを模った可愛らしいクッキー。「手作りしましたの!」とカーミラが胸を張る。
「私のおともだち、テディーたちが作った蜂蜜を練りこんでありますの」
テディーたち――〈厄災〉が、キラービーを飼い、ゴールデンロッドから集めた蜂蜜だという。少し歪んだリボン型のクッキーは、口に入れるとほろりと崩れて、優しい甘味が広がった。合わせて飲んだ紅茶も甘い。
「お味はいかがかしら? いつか、お兄様がいらした時のために練習していますの」
カーミラはそう語ると、甘やかで幸せそうな笑みを浮かべた。




