Chapter01-1 テディー一家とゴールデンロッド
「ママーマ、マーマ(オマエたち、オレたちの味方)」
ぬいぐるみもどきの〈厄災〉は、ジーンとヘリオスが自分たちの言葉を理解するとわかるや、そんなことを言いだした。
「マーマ、マーマ(姫様に会わせてやる。ついてこい)」
(姫様……?)
〈厄災〉は、自分たちを『山賊テディ一家』と名乗った。曰く、森は彼らの『ナワバリ』であり、『姫様』はニンゲンの中で唯一自分たちの言葉を理解する『女神様』なのだそうだ。
リディアは首を傾げた。
(姫様が言葉を理解? でも、〈厄災〉と人間は言葉が通じないはずじゃ……?)
――そう。〈厄災〉はどんなに知能が高くとも、人間と言葉が通じない。例外は〈聖女〉と〈勇者〉だけ。
「普通の人間が〈厄災〉と言葉を通じることって……?」
「いや、それはないはず」
小声でジーンに尋ねるも、彼はきっぱりと否定した。
「僕らの近くにいる人間ならあり得るけど、そうでないなら……」
ヘリオスも不思議そうな表情だ。
「ママー、マ、マ(何コソコソ話してるんだ? はやく、はやく)」
「マ、マ(はやく、はやく)」
リディアの服の裾をちょいちょいと引っぱり、つぶらな黒目で見つめてくる――クッ、ダメだ。何このカワイイ生き物ッ!
「マ~~♡」
思わず頭を撫でしまったリディアに、ベタァとくっつくぬいぐるみもどき。それがクルッとウィルを振り返った。
「マ~~♪」
「ッ! ジーンさん、コイツ今『バーカ』つった! 絶対言ったぁ!」
からかうように尻尾を振るぬいぐるみもどきに憤慨するウィルを、ジーンは苦笑しつつ宥めたのだった。
◆◆◆
彼らについていくと、森の縁で数匹の〈厄災〉たちがぴょんぴょんと跳びはねてリディアたちを出迎えた。
「ママー!(ヒャッハー!)」
彼らは皆、皮の鎧に弓を背負っていた。見れば、さっきの二匹もいそいそと鎧を着て、仲間から弓を受け取っている。『山賊』らしい格好になった。
「ママーマ、マーマーマ(オマエたち、ニンゲンの邪魔した。蜜源、守った)」
待ち受けていた一匹が進み出て、リディアに言った。
彼(?)は、他のぬいぐるみもどきと違って、丸い耳にピアスを三つもつけ、鎧も皮ではなく金属。山賊の頭領だろうか。
「蜜源?」
ピアスのぬいぐるみもどきは、キョトンとするリディアの手をモフモフの両手でタッチ。黒目がキラキラしている。
「マ?」
リディアはどうしてか〈厄災〉の言葉はわかるのだが、リディアの言葉を〈厄災〉は理解しない。よって会話は成り立たない。
コテッと首を傾げるぬいぐるみもどきに、ジーンが代わりに話しかけた。
「蜜源ってどういうことかな?」
「マ!」
ひと声鳴いて頭領が示した場所を、ウィルが魔法で照らし出す。
「これ……!」
スカートのように広がり垂れ下がる、幾重にも重なった葉っぱ。その頂きには、クリーム色の萼に毒々しい黒紫色の花心を持った四弁花が、ギュムッといびつに固まって咲いていた。
「ゴールデンロッド?!」
闇の中、ウィルの光魔法に照らされたのは、なんとあのグロテスク外来種、ゴールデンロッドだった。
「うわぁ?! いっぱいあるし!」
まるで故意に殖やされたようにあちらにも、こちらにも――ゴールデンロッドの大群落だ。
「まさか、ここってフュゼの人たちが破壊しようとした群生地じゃ……?」
外来種ゴールデンロッドは、森の土を痩せさせる。それが巡り巡ってフュゼの人々を脅かしていたのは、リディアたちも目の当たりにした。
(人間の邪魔をした……そっか。ジーンさんが鱗モグラの〈厄災〉を帰したとき、ウィル君が討伐隊の作戦を邪魔したから)
けれど、どうして〈厄災〉がそんなことを知っているのだろう。
「この子たちが、フュゼの冒険者が言ってた『襲撃者』なんじゃない?」
暗闇の中からメリルが言った。
(……襲撃者!)
思い出したのは、ギルドでゴールデンロッドの採集依頼を窘められた時のこと。
「ゴールデンロッドの駆除が捗らないのは、あの大きさと何者かによる妨害があるからなの。だから、ブロンズ……それも蔦の貴方が手を出したらいけないわ」
確か、その襲撃者は森に潜み姿が見えず、粗末な矢を射てくるとか――。
ぬいぐるみのような〈厄災〉は、小枝を削っただけのような粗末な弓矢を背負っている。
「間違いないな。彼らが襲撃者……放っておけないな」
ジーンが低い声で呟いた。
――と。
「キラービーだ!」
葉っぱスカートの上で半透明の翅を休める巨大なハチ――キラービーを見つけたウィルが、すばやくリディアたちの前に出て身構えた。
「マー!」
「ぬわぁ?!」
しかし、武装したぬいぐるみもどきに囲まれて弓を向けられ、ウィルはギョッとする。
「ママーマ、マーマ? マ?」
キリリリリ……。
小さな弓に棒きれのような粗末な矢をつがえ、〈厄災〉が、低い声でウィルに何やら言った。
「……なんか『敵か味方か』って聞いてる?」
フリーズするウィルに弓を構えたまま、ピアス耳の頭領がキラービーを指してリディアに説明する。
「マーママ、マーマ、ママ、マーマ(あの強いハチは、オレたちの家畜だ)」
「ハチが家畜なの?」
「マー」
なんとなくで肯く頭領。さり気なくリディアの手を引き、自分たちの方へ連れていこうとしている。
(家畜……?)
リディアは頭領の言葉を反芻した。『家畜』とはいったい、どういうことだろう?




