プロローグ
「そろそろ飛ぼうか」
ジーンが仲間たちに声をかけたのは、フュゼを発って一時間ほど経った頃だった。
すでに日は落ちて、とっぷりと暗い。ウィルが灯す魔法の光が、周りをぼんやりと照らすばかりだ。
「まだまだ歩きたいけどなぁ」
「私もまだ余裕よ」
ジーンに答えたのは、ウィルとメリル。リディアが砂漠の国の衣装を縫い上げるまで、長らく引きこもりだったため、二人はまだ〈空間〉に戻りたくなさそうだ。
「ウブフッ、ゲハァ! ぼ、僕はもうダメだ。死ぬ……」
「アンタはお姉さまに押してもらってるじゃない! 何が『死ぬ』よ。しっかりなさい!」
元気な二人の後ろで、掠れ声で弱音を吐くのは聖者ヘリオス。運動能力もスタミナも壊滅的な彼は、少し前からリディアに背中を押してもらってヘロヘロと歩いているのだ。実に情けない。
「足が痛いィ~~」
「文句言えるならまだ歩ける!」
「鬼畜ゥ~~」
ヘリオスとウィルのそんなやりとりに苦笑して。
「けど、そろそろ村が近いよ」
ジーンが言ったところで、空気を震わせて鐘の音が響いてきた。
カーン カーン カーン
カーン カーン カーン
断続的に鐘が鳴らされるのは、獣除けであり、旅人が闇に迷わず村にたどり着けるようにするため。
重なりあい、響きあう鐘の音は、人里が近いことを告げる――本来ならありがたく感じるものだが、リディアたちはあそこへ行くわけにはいかない。
「あんまり近づくと、飛びたちにくくなるわ」
小集落でも、見張りは立っている。それに、ソニアの店にいる時、小耳に挟んだのだ――リディアたちの他に『翼の生えた男』を王国が探している、と。
「は~ぁ。しかたないわね」
少し残念そうにため息をついて、メリルが足を止めた、その時だ。
「誰か来る」
ウィルがすばやく鎖鞭を手に前に出た。見つめる先には……?
「人じゃないな。小さい……クマ? が歩いてる?」
夜目のきくジーンが、近づく何者かにパチパチと目を瞬く。どうやら、その何者かは魔物でも獣でもなさそうだ。まさか?
佇んでいると、何者かがピタリと立ち止まった。
「ママー!(ヒャッハー!)」
「マンマー!(ヒャッハハー!)」
言葉がわかる?!
――つまり。
「〈厄災〉?!」
◆◆◆
トテトテと駆けてきたのは、クマに似た姿の二匹の〈厄災〉。
二足歩行の彼らの頭は、リディアの胸の高さに届かないくらい。茶色の巻き毛はフサフサのモフモフ。毛に埋もれたつぶらな黒目が、興味深げにこちらを見上げている。
(か……かわいい、かも)
見た目はほぼクマ。ただ小さい。そして二足歩行。まるでぬいぐるみだ。
「カワイイー!!」
むぎゅ~~~!
リディアが何か言う前に、メリルが〈厄災〉を二匹まとめて抱きしめた。……豪快。
「マ゛~~~?!」
メリルの腕の中でジタジタ暴れる〈厄災〉だが、
「マッママ~(当たってるぜ~♪)」
……満更でもないらしい。
「おいクマ、メリルちゃんから離れろ」
ウィルが剣呑な目つきでぬいぐるみもどきの〈厄災〉を睨むが、
「ママーマ、マッマ~♪(ニンゲンの言葉わからな~い♪)」
〈厄災〉は短い尻尾をフリフリ。いかにも「おまえ、うっさい」的なイントネーションで言い返した。
「わかんなくても悪意だけは伝わるっつーの!」
「マ゛~~!(うが~~!)」
メリルから〈厄災〉を引き剥がそうとするウィルと、メリルにしがみつく〈厄災〉――絵面的に、女の子からぬいぐるみを奪い取ろうとするクソガキにしか見えないのが悲しい。




