Chapter05-5 再会と拒絶
結論から言うと、リディアとジーンたちは無事に再会を果たした。
ジーンが連れてきたウィルをリディアが魔法で〈隠し〉て、リディアはヘリオスの【変態】魔法で、砂色の小さなカニに姿を変えてもらった。
『リディア』の姿絵を見られてしまった以上、『聖職者ディオ』として街を歩くのも危険と思えたからだ。
『どうする? リディアちゃん。東の門へ行ってみる?』
〈空間〉からウィルが問う。
『僕は行ってもいいと思ってる。ロバもそのままだし、ヨルクは僕たちを騙して売るようなヤツじゃないよ』
そう言ってきたのは、ヘリオス。
リディアもそう思う。ヨルクとは、良い信頼関係を築けていると思う。信じても……。
『私はイヤ! このまま飛んでラームス村に帰りましょう? あの村はフュゼと仲が悪そうだもの。今なら外つ国の商人も居座ってる。簡単には中を調べさせないと思うわ』
と、メリル。
メリルの言うとおり、ラームス村は今なら外つ国の商人が連れてきた傭兵が守っている。安全ではあるのかもしれない。
『そうよ! まだ時間はあるもの。次の街まで飛びましょうよ。お金はまた稼げばいいじゃない!』
実際、リディアたちの懐には大銀貨が二枚とさらにあの〈厄災〉が吐き出した魔核が数個入っている。リディア一人だけなら入門料には困らないのだ。
身の安全を考えるなら、それが最善の選択肢だろう。
しかし――。
『俺は……まだ行けない。〈厄災〉の意思を確認したんだ。〈勇者〉として、彼らの願いを叶えないといけない』
ジーンの言葉で、メリルは黙り込んだ。次の街へ行くのだって、肝心のジーンがいなければどうにもならない。彼が『残る』と言っている以上は。
『私たちを運んで、アンタが夜の間にここに戻るんじゃダメなの? こっちは命がかかってるわ!』
食い下がるメリルだが、〈厄災〉がゴールデンロッド駆除に駆り出されるのは明後日の夜。往復の時間と、夜しか活動できないことを考えると、その案は無理がある。
皆、考え込んでしまった。
『一旦、ラームス村まで運んでくれないかな? ジーン』
ややあって、ヘリオスが言った。
『メリルの言うとおり、フュゼに留まるのはリスクがある。村には夜戻ることも伝えてあるし』
休息は必要だ。こういうときは尚のこと。ジーンだけでなく、リディアが動けなくなっても困るのだから。
しかし、村に戻ろうとしたリディアたちを待ち受けていたのは――。
「大変申し訳ありませんが、聖者様方には今夜限りで出ていってもらいたいのです」
村長に伝えられた、衝撃的な拒絶の言葉であった。
◆◆◆
「大変申し訳ありませんが、聖者様方には今夜限りで出ていってもらいたいのです」
夜――篝火が煌々と、木の柵を照らしている中。村長は硬い表情でリディアに告げた。
「ワームから助けていただいたことも、薬を作ってくださったことも、腕の立つ従者の方を護衛に貸してくださったことも、心より感謝しております。そのことに何ら嘘はありません」
重々しい口調で村長は告げた。その顔は厳めしく、当初この村を訪れた時とはまるでかけ離れた表情――いったい何があったのだろうか?
「何か貴方がたによくないことをしましたでしょうか? もしそうなら謝ります。いったい」
何が、とリディアが問う前に。村長はなぜかリディアを睨むようにくしゃりと顔を歪めて叫んだ。
「貴女です! アンタですよ、リディアさん! アンタが! 夜中に押しかけてきては『ちょうだい、ちょうだい』と! アクババの旦那様がたいそうご立腹しておられるのです!」
「ええっ?!」
驚いたのはリディアだ。村長の言ったことにまったく身に覚えがない。
「我々だって恩のある聖者様方を追い出したくなどない! ですが! 我々はアクババの旦那様を失っては、村の者を守れんのです! フュゼはアテにならん! 未来が! かかっているんですよ!」
言葉に嘘はないのだろう。村長の目にはリディアに対する明らかな怒りがあると同時に、目は潤み、板挟みの苦渋がありありと見て取れたから。
でも、誰がリディアを騙って夜中に押しかけたのだろう。
(あ!!)
思い当たるのは、一人しかいない。
『メリル!!』
思わず、〈空間〉の中に『念話』で叫んだ。
ウィルが手作り風呂を拵えた日から。メリルはどうしてか、リディアの服を勝手に着ていってしまっていた。それが、毎日――つまり、三日間。
メリルとリディアは、鏡あわせのようにそっくりな見た目と声。服を交換してしまえば、別人だと気づけるわけがない。メリルはリディアに成りすまして……!
『どうしてそんなことしたの!』
『アンタになんかわかんないわよ!』
怒鳴りつけたリディアに返ってきたのは、泣き声の混じったメリルの喚き声。
メリルが姉の服を勝手に着ていってしまうことは、子供の頃はしょっちゅうだった。大人になってからもちょくちょく……。けれど、『勝手に借りる』ことはあっても『盗る』ことはなかったから。きっと姉の持ち物が羨ましかったのだと思っていた。メリルは気まぐれだから、たまたま着てみたくなったのだろう、と。
でも今回はわけが違う。どうして……!
憤懣やるかたない――そんなリディアの頭を誰かがグイッと強く押した。
「不肖の弟子が、申し訳ありませんでした……!」
目に映ったのは、地面。リディアの頭を押さえたのは、ヘリオス。彼は直角に腰を折り、村長に頭を下げていた。悪いのは、彼ではないのに。
「弟子がご迷惑をおかけした以上、お世話になるわけには参りません。今まで、本当にありがとうございました」
頭を上げないまま、ヘリオスは芯のある、強い声で言った。その姿勢のまま、彼の手がトントンとリディアの背を軽くたたく。
「……私が愚かでした。申し訳ないことをしまし」
「まったくです!!」
謝罪は、最後まで言わせてはもらえなかった。




