Chapter04-5 初めてのパーティー、不思議な空間
真ん中にウィル視点が入ります。
「こっち側はピピタ林がないんだ……」
ブロンテスの森でも、ラームス側とこちらでは光景がまるでちがう。こちら側にはピピタの人工林はなく、ラームス側の原生の森とも雰囲気がちがう。背の高い木よりも低い灌木が転々と葉を繁らせ、
(薬草がないわ……)
薬草どころか、他の雑草もない。茶色の土が剥き出しの自然にしては奇妙な光景が広がっている。
『もしかしてここで土を採ってるのかな?』
(あ!)
つい昨日、長い長い荷台の隊列を見たばかりだ。つまり、あの大量の土はこの辺りを掘り返して……?
土を採れば、生えている薬草も根こそぎなくなってしまうのだ。なんということでしょう!
『もうちょっと奥に入れば生えてるでしょ』
ヘリオスに言われて、リディアが踏み出したその時!
「ッ! ボアだ!」
ヨルクが叫ぶや、リディアの前へ飛びだす。彼の前には体長一メトルくらいの獣――ゴワゴワした茶色の短毛に、口からは四本の長く鋭い牙。森ではポピュラーな魔物、サーベルボアがいた。
「ブホホッ!!」
鼻息荒く前脚で土を掻くボア。ヤル気満々。
『リディア、ボアの肉は食べられるんだ!』
ジーンが言った。心なしか声が弾んでいる。
『たおすよ!
勇敢なるカルキノスよ
陸の我らに息吹を与え給え!
【水泡】!』
ヘリオスが魔法を放ち、目に泡を喰らったボアが蹈鞴をふむ。
すぐさまヨルクが短剣を構え、ボアに飛びかかるも、
「ブヒィ~~!!」
頭を振りまわしたボアの牙に短剣を弾かれてしまった。
「ヨルク君!」
だが、ヨルクも諦めない。いまだ目潰しが効いているボアの横っ面を、長い脚で思いっきり蹴とばした。
「ブホホ?!」
ドスンと横に倒れるボア。足の短いボアは、横倒しにされるとすぐには起きあがれない。
「【ウィンド・カッター】」
ジタバタ藻掻いているボアの腹を風魔法の刃が一閃。ボアは動かなくなった。
♤♤♤
その頃――。
〈空間〉にいる面々はというと……?
「んー。まだまだだな~、アイツ」
暇を持て余したウィルが、モグモグと口を動かしながら、ヨルクに上から目線なコメントをした。
彼らは今、一足早く食事中である。前回の教訓を活かし、食べ物はあらかじめ〈空間〉内に持ち込んであった。
「あれー? メリルちゃん、もう食べないの?」
ウィルが早々に食事を終えたメリルを呼びとめた。だってメリルときたら、子供のこぶしほどの小さな果実を一つ食べただけ。少なすぎる、とウィルは思った。
すぐ脇に何にも食べないどころか飲みもしない異常者もいるのだが、そこは放っておいた。野郎は後回し!
「お腹減ってないの。要らない」
対するメリルはにべもない。さっきまで機嫌よくしゃべっていたのに、今の彼女の纏う空気は暗い。
「どーしたの? メリルちゃん」
「別に」
ニコニコと明るい声で話しかけても、彼女はフイと横を向いてしまう。いったいどうした?
「メリルちゃん、もしかして喉渇いた? 俺が水出してあげる!」
塩対応にもめげないウィル。とにかく彼は、〈空間〉内にあったカップ(※メリルの私物)を持ってくると、
「【アクア】!」
いつものように水魔法で、カップに水を出そうとした。
……のだが。
「あ……あれ? 【アクア】!」
まったく水が出てこない。
(おかしいな。魔力は使ってるのに)
「【アクア】! 【アクア】!」
カップに変化なし! ……と、
「にゃあぁ~~~~?!」
〈空間〉内ではなく、外――リディアの素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
◆◆◆
なんの予告もなく、手から水が噴き出しました。
「にゃあぁ~~~~?!」
突然の異常現象に、リディアは素っ頓狂な悲鳴をあげた。なんで手から突然水が?!
「え? え? 何?!」
ヨルクもびっくり。隣にいた僧侶がいきなり水魔法を使って狼狽えているのだから。
「落ち着こう? とりあえず落ち着こブフッ!?」
落ち着かせようとディオの肩を掴んだら、彼の出した水が顔を直撃。ヨルクはゴホゴホと咳きこんだ。
「ご、ごめん、ヨルク君! うわぁ?! また出たァ!」
ディオ――リディアはプチパニック。属性魔法をいっさい使えない身からしたら、水噴出は怪奇現象だ。なんだこれ?!
『ごめんごめーん! それたぶん俺のせい!』
〈空間〉からウィルが叫ぶ。なぜだか〈空間〉内で使った魔法がリディアを通じて発動してしまった……?
『び、びっくりした……』
『そういや、ヘリオスの魔法も当たり前にリディア通じて発動させてるもんな~』
……そうだ。ヘリオスの魔法もまた、〈空間〉内ではなく外――あたかもリディアが使ったかのように発動していたのだ。〈空間〉の中では、見かけは何も起こっていない。
『この中は、いったいどういう仕組みになっているんだろう。不思議なところだよな』
口を開いたのは、ジーン。
『暑くもなければ寒くもない。部屋の壁に何の継ぎ目もないのに、長い時間ここにいても息苦しくもならない』
『言われてみれば……』
見上げた〈空間〉の壁は煤けた黒灰。継ぎ目のない大きくて歪な形の箱の中にいるよう。寒くもないし暑くもない。閉じられた空間で、灯りもないのに不思議と明るい。そして静かすぎるほど静か――いったい〈この場所〉は何なのだろうか?
「おい! おーい! ディオ? 聞こえるかー?」
(…………はっ?!)
肩を揺さぶられてリディアはようやく我に返った。目の前には、己の顔をのぞきこむヨルクがいる。
「やっと目の焦点が合ったな。アンタ、具合悪いの?」
「だ、だ、大丈夫……」
……いかん。
念話に夢中になるあまり、ヨルクの存在をすっかり忘れていた。




