Chapter04-4 小さなきっかけ
(あ……足がガクガクするぅ~~)
泣きそうな思いをして高い足場から降り、リディアはロバを回収して城門を潜った。
足場登りのおかげで、ヨルクをはじめ作業員の農夫や兵士のみなさんと心の距離が縮まったのはいいとして。
『あんないい景色初めて! もうちょっと見たかったぁ~』
……メリルの機嫌がいいのも良かったとして!
長居し過ぎてしまった。そろそろ空がオレンジ色になる時刻。早く歩かないと、村に着く前に暗くなってしまう。
せかせかと歩いていると、道の反対側からまた牛車の隊列がやって来るのが見えた。
「はーい、退いて退いて~。牛車が通るよ~」
長い長い隊列。荷台にはこんもりと積んだ土。農夫が教えてくれたが、あの牛車は帰りは畑から古い土を積んで、それを森に捨てに行くのだという。
ゴールデンロッドは、この土に紛れて森へ運ばれてしまったのだ。確かにこれだけの量を運んでいれば、その中に紛れこんだ種の存在になど気づきもしないだろう。
「はーい、退いて退いて~」
人夫の声が遠ざかっていく。
牛車が通り過ぎると、道に面した店が埃除けの布を取り除け、商品を並べ始める。リディアの立ち止まった少し前では、細身の女性がよいこらしょと衣裳を着せたトルソーを運び出したところだ。
『お、お姉さま! その服!』
突然、メリルが興奮した声をあげた。
『値段見て! 早く早く!』
『服って、これ?』
さっき女性が出してきたトルソーのだろうか。
淡い緑に染めた布地、ドレープをたっぷり取ったローブ。これは――。
(砂漠の国の衣裳?)
以前、ニーナが外つ国の商会の旦那様から贈られた服に形がそっくりだ。
あの衣裳と違って、硝子のビーズがびっしり縫いつけてあるわけではないが、代わりに素朴な色糸で裾や袖に花を模った刺繍が施され、可愛らしい印象――。
『お姉さま! いくら!』
〈空間〉からメリルが叫んだ。
『ごめん。今、見るわね』
リディアが見つけた値札に書かれた数字は……?
『え……き、金貨、五枚?!』
フローラ金貨はソルド銀貨五十枚分。それが五枚――銀貨換算で二百五十枚。恐ろしいほどの高値がつけてあった。
◆◆◆
翌朝のことである。
日が昇る前にジーンとメリルを魔法で〈隠し〉たリディアは、村長の家の前に見慣れぬ馬車の隊列を見つけた。
(誰か来ているのかしら?)
昨日は結局、村に戻る前に暗くなってしまい、これだけの隊列がいるのに気づかなかった。
「あ、ウィルさ……君」
聖職者ディオを演じるため、「様づけ」癖を無くすよう努力しているリディアだが。うっかりするとすぐボロが出そうになる。気をつけなければ。
「あ~、あれね~」
隊列を見たウィルは「ふわぁ」と欠伸をした。
「昨日の夕方来たんだよ。外つ国――砂漠の国ハラーラのアクババ商会だってさ」
つまり、ニーナの嫁ぎ先でイーノックたちが『身売り先』と呼ぶ……?
「でさ、傭兵さんがいーっぱい来てた。てことはよ?」
リディアの前に回りこみ、ウィルは碧玉の瞳を期待に輝かせた。
「村のワームはあの人たちに任せちゃって、今日から俺もついていっていいよねーっ!」
そんなわけで。
ウキウキわくわく気分のウィルとヘリオス、リディアの三人で村を出、村が見えなくなったところでヘリオスと服を交換して着替え、二人を魔法で〈隠す〉。この誤魔化し工作を考えれば、ラームス村は実にちょうどいい位置にあった。
『ちぇっ。 俺もギルドカード作りたいなぁ』
〈空間〉からウィルがぼやく。
『ウィルは無駄に目立つからダーメッ!』
『エエーッ! 俺も出~た~い~!』
ウィルがギルドカードを作るなら、もう少し王都から離れてからの方が無難だろう。何せ金髪碧眼の見目麗しく、強力な魔法を使う少年などそうはいないのだから。
『ところでヘリオス、どうして道具を全部運びこんだの?』
ウィルが〈空間〉に運びこんだ大荷物を見て尋ねた。昨日購入した乳鉢に鍋などのポーション作りの道具一式。
『弟子を取ることになったんだよ。僕は超ウルトラスーパーミラクルハイパーエクストラ優秀な薬師だからね!』
『称号が無駄に長い!』
〈空間〉の中は、主にウィルとヘリオスの声で始終賑やかだった。
◆◆◆
ヨルクは既に冒険者ギルドで待っていた。昨日と同じく、鼻と口を布を巻いて隠しており、服と髪が黒いのも相まって、まるで隠密のよう。
「採集って初めてだから、とりあえず袋は持ってきたけど……」
彼は冒険者登録試験でブロンズの牙の資格を取った。そのため、今までは一人で魔物を狩っていたらしい。
「一人でなんてすごいなぁ」
「甘くないよ。数で来られたら逃げるしかないし、怪我したら治るまで休まざるを得ないし」
苦笑するヨルクの腕や足など見える部分の肌は、よく見れば決して綺麗とは言えない。小さな傷痕だらけだ。
「でも、冒険者は続けたいんだ。強くなって、稼いで、家族に楽をさせたい。だから」
立ち止まり、ヨルクはリディアに向き直ると、直角に腰を折った。
「一生懸命覚える。よろしくお願いします」
『ふぅん。骨はありそうだね!』
〈空間〉からヘリオスが言った。
同年代の自分に対してもまっすぐで真面目――確固たる目的のために懸命に走れる人だ。可能な限り彼の願いに応えたい。
「うん! こちらこそよろしくお願いします」
戦闘がからっきしのリディアは、いざ森に入れば彼に守ってもらう側になる。イーノックもそういう意味でヨルクを斡旋したのだろうし。
やる気みなぎる笑みを交わし、二人は城門を出て森へ向かった。




