Chapter04-3 ヨルクの事情
「この辺の壁は古くてさ。壁の下に埋まってるのが煉瓦じゃないところもあるんだ」
休憩に足場から降りてきたヨルクは、水筒の水を飲み干してから言った。
森の近くにある都市や集落は、魔物や賊徒等から居住地を護るために高い柵なり壁を巡らし、地中にはワームのような魔物が入り込まないよう、煉瓦を埋めたり、木の杭を打つ。
あの〈厄災〉は群れで押し寄せ、城壁の古くて弱い部分を食い破ったのだ。そのせいで、井戸は使えなくなり、城壁は崩落。さらに彼らが通った上の麦畑で陥没が起こり、収穫間際の麦と数軒の民家が犠牲になった。
特に、麦畑の被害は人々の感情を逆なでした。ゴールデンロッドのせいで食材の値が上がり、さらに収穫が減ったとなれば、それは当然と言えた。
「アイツらは人間を脅かす。アンタが言うように奴らがワームを餌にしたって、厄災は厄災だ」
「……うん」
城壁は街を、人々を護るモノだ。城壁があるからこそ、街に住む人々は安心して暮らしていけるのだ。破壊されて、どうして平静でいられるだろう。
ヨルクの抱える身長以外の事情は、壁の修復だった。だから泊まりがけの依頼には参加できない――護衛依頼などを請け負う先輩パーティーに同行できないのだ。
彼はこの作業に無償で参加している。煉瓦などの資材は領主が出してくれるが、作業員までは賄いきれない。よって、普段は麦畑で働く農夫たちや、有志の人々で修復を行っているという。
「ここの修復は何より急がないといけない。こっち側は森も近いし、」
麦畑の向こう側は、すぐ森だ。森には狼もいるし、ゴブリンのような集団になると厄介な魔物もいる。
「それに……俺の家族は壁外に住んでるから。ここが修復できないと、家や畑を護る杭を直してもらえない」
「ッ!」
目を瞠るリディアに、当のヨルクは苦笑を返した。
「別に意地悪されてるわけじゃないさ。街が第一なのは当然だし。壁外はほとんど畑だし、住んでる人間も少ない。それに、慣れてるからさ。魔物の気配には」
最後、少しだけ言葉が弱くなる。彼の眼差しは彼方の森ではなく、麦畑の下の地面を見ていた。
(そうだ……。森が近いからここにもワームは出るんだわ。今までは杭が邪魔で入ってこなかっただけで)
あの〈厄災〉が、畑を囲む地中の杭――ワーム除けを食い破ったのなら、地上から姿の見えない侵入者は脅威のはず。もしかしたら既にいくらか被害は出たのかもしれない。
だから……。
あの〈厄災〉は捕獲され、憎まれているのだ。
「おーい、ヨルク! なんだよ彼女か?」
声に顔をあげれば、修復作業の足場から数人の男たちが興味津々といった体でこちらをのぞきこんでいた。並んで話しているのを恋人かなにかと誤解したらしい。
「ちがうー! この人男ー!」
「嘘だァ! 綺麗な顔してるじゃねぇかどこで引っ掛けた?!」
ヨルクが叫び返すも、足場の男たちはニヤニヤしている。
「どこで知り合ったんだよ!」
「そうだ!」「そうだ!」
「ちょっとこっちに貸せよ!」
「そうだ!」「そうだ!」
散々揶揄われたヨルクはムスッと端整な顔を顰め、
「ちょっと、こっち来て」
ぐいとリディアの腕を引いた。
「え? ヨルク君?」
目を白黒させるリディアを引っ張り、ヨルクが足場の下にやってくると、彼を揶揄っていた男たちがやいのやいのと囃したてる。
「ちがうー! この人聖職者様だっ!」
「おいおい! シスターだってよ!」
「なんだとコラ」「おま、罰当たりィ」
……完全にリディアを女性と誤解している。いや、正体は女性だけれども。
(顔がほとんど変わっていないから……なんだかヨルク君に申し訳ないわ)
「つけヒゲを検討する……?」
毎度女性と間違われるのは、リディアとしても心臓に悪いし。考える余地は
「女顔にヒゲは似合わないと思うけど? 悪いけど、誤解解くのにつき合ってくれない? ……俺、フツーに彼女募集中だし」
足場の上で騒ぐ男たちを指さして、げんなりとした顔でヨルクが頼んできた。「もちろん」と頷こうとしたリディアだが。
足場、登れる……?
細くてしなやかな木材を麻紐で縛って固定しただけ――超簡単な造りの足場。そこそこ高さがあるし、
『ゆ、揺れるゥゥ~~~!!!』
一段目に登って早々、リディアを恐怖が襲った。
恐る恐るもう一段……。
『はうぅぅぅぅ~~!! た、た、高いィ~~!!』
揺れる、そして思っていたより高い。悲鳴を念話に留めているのをむしろ褒めて欲しい。
『大丈夫だよ、リディア。もしも落ちたら僕が【鎧】を使うから』
地面に激突してもOK! とヘリオスが言うが。
(そっちを想像したくなかった!!)
おかげで下を意識してしまったリディアは、涙目で足場にしがみついた。落ちるのイヤ!
「おーい! 聖職者の兄ちゃんがんばれー」
「男を見せろー!」
なぜか、城門の兵士まで声援を投げて追い詰めてくる。挙げ句、
「アンタもしかして高所恐怖症?」
呆れたヨルクから掴まれとばかり手を差し出された。いや、「度胸」って言われても
「うぎゃあ?!」
顔を引き攣らせていると、ヒョイとヨルクが降りてきてリディアを小脇に抱え、あっという間に足場を二段駆け上がった。
『高い高い高い揺れる!! あと近いんですけどぉ~~!!』
必死で足場にしがみつくリディアの腹に腕を回して支えつつ、
「ハハハ。アンタ軽いなぁ。ちゃんと食ってる?」
ヨルクはケラケラと笑った。
「シ……心臓ガトビダシソウデス」
リディアは目も眩む高さにいっぱいいっぱい。
『ふわぁ……いい景色』
『いい眺めだね。リディア、よく頑張ったね』
〈空間〉からメリルがパノラマを楽しみ、ジーンが頑張りを褒め、
『リディア、大丈夫だよ。万が一落ちても【鎧】がある!』
ヘリオスが無邪気に下を意識させた。だから落ちることを想像させるな!
「おう、聖職者様。ちょいとズルがあったが、女神様は微笑んでくれるぜ! たぶん」
「降りるのは自力でな!」
上でヨルクを揶揄っていた男たちが、今度は調子よくリディアを揶揄う。
足場に登ってみると、黄金色に実った麦穂の波を割るように陥没して茶色くなった痕跡と、その向こうに薄く緑の稜線が見えた。




