Chapter03-4 ジーンの秘密と勇者の昔話
「君は、俺のことをおとぎ話の〈勇者〉かって、聞いたことがあったね」
細い三日月が頼りなげに浮かぶ空の下で。
緊張を滲ませた面持ちでコクリと肯くリディアに、ジーンは穏やかな口調で話し始めた。
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むかしむかし……
創造主たる魔女は異界の扉を開けました。崇高なる目的のために。
地上に厄災が降りそそぐこととなり、魔女は愛し子たる勇者を遣わしました。
しかし、ある日あるとき、舞い降りた厄災は金の卵を産む鳥でした。
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「魔女派の『創世神話』ですね」
〈勇者〉は〈厄災〉を滅する存在。だから、彼が訪れた〈厄災〉はこの世界から消えてなくなってしまう。
おとぎ話では、〈厄災〉――金の卵を産む鳥を手放したくなかった王様が、〈勇者〉を捕らえて牢に入れてしまう。それを悲しんだ〈魔女〉は、我が子たる〈勇者〉を手許に戻し、以降、世界に降り注ぐ〈厄災〉を滅する者はいなくなった。
欲を封じ、清貧を心がけなさい。〈魔女〉様の怒りを解くために。
武器を持たぬ旅人を助けなさい。私たちは〈勇者〉を迎える用意があると示すために。
これが、現在の魔女派の教義である。大半の国は女神信仰――女神派の『創世神話』を正当としているため、声高に名乗る者こそいないが、魔女派は貴族の中にも少なからず存在する。
「実際は、おとぎ話と少し違うんだ」
ジーンは白い三日月を見上げて目を細めた。月明かりが、彼の横顔のラインを白く浮かび上がらせ、その分表情が陰に覆われる。
「金の卵を産む鳥が落ちてきたのは、俺の仲間の故郷だった。女神派のおとぎ話では、『女神様は地上に勇者一行を遣わせました』とされているよね?」
「勇者、戦斧使い、聖女、魔法使いの四人、ですか?」
リディアの問いを、ジーンは柔らかく笑んで肯定した。
「〈勇者〉は俺、〈戦斧使い〉はパスカル、〈聖女〉はアクベンス神国の聖女ヘレネ、それから……〈魔法使い〉エリック。賢くて、皮肉屋でパスカルとよく喧嘩して、でも情に篤いヤツで。男なのに手先が器用でさ……。文句言いながらも破れたズボンやマントを直してくれるのは、いつも彼だったよ」
当時を、温かな思い出を懐かしむように、ジーンは言葉を紡いだ。
「金の卵を産む鳥で、俺の代での〈厄災〉は最後だった。長かった旅も終わりで、もうすぐ故郷に帰れる。みんな笑顔だったな」
もう少しだ、今までよく頑張った、と互いを讃え、笑いあった。
だから、まさかエリックが裏切るなんて思ってもみなかった。
翌日――。
エリックは唐突にジーンを一人、領主の館に呼び出した。話がしたい、と。ジーンは快諾し、約束どおり領主の館を訪れた。が、そこにエリックの姿はなく、代わりに武器を持った兵士が四方から――。
「そ……!?」
「今となっては、彼の真意はわからないよ」
息を飲んだリディアに、穏やかに凪いだ声でジーンは言った。
斃れて、〈魔女〉の手で再び目を覚まして。そのときにはもうずいぶん時が流れた後で。エリックのその後は知らないままだ。
「俺はあのとき、確かに命を喪った。身体に温もりがないのも、翼を生やしたのも、全部そのときからなんだ」
どうして己が生き続けているのかは、自身にもわからないのだと、ジーンは言った。
◆◆◆
〈勇者〉を殺したのは人間だった――。
衝撃的な告白を受けた翌朝、リディアは再び【擬態】で男性聖職者に成りすまし、フュゼの街へやってきた。ポーションの納品に、まずは冒険者ギルドへ向かう。
「ウウッ?!」
この悪臭は嗅ぎ覚えがある! 土臭さと腐敗臭の混じり合った臭い。
(謎魔物の臭い!)
まさか森にいた謎魔物が討伐された?! いや、それにしては臭いが強い。
荷物を運ばせているロバが首を振って、前へ進むのを拒否してしまった。見れば、ギルド前は見事なまでに人がいない。
…………。
…………。
「かっ……ゴホッ、買い取りをッ、お願いします」
悪臭を我慢しつつギルドのカウンターにポーションを出すと、布で口許を覆った職員が出てきて、一本一本計量をし、
「魔力回復ポーション五十本と固形ポーション、それからこの魔核は?」
小石ほどの魔核を指して、怪訝な顔をした。職員からすれば、魔物の魔核は採集オンリーの冒険者が納品するに不相応な品なのだ。
「え……と、」
一方、そこを突っ込まれると思っていなかったリディアは言葉に詰まる。言い訳を考えていなかった。
「おい、どうしたァ? おう、なんだその小っさい魔核はァ?」
「ひっ?!」
聞き覚えのあり過ぎる声――後ろにイーノッ
「キィヤァーー?!」
腕を捻じりあげられ、リディアは悲鳴を上げた。なんでよりによってあの恐ろしいゴリマッチョがここに
「あ゛ぁ? 兄ちゃんワームに出くわしたのか?」
「はひぃ?!」
息がかかりそうなほどの至近距離に超強面ゴリマッチョ。気絶していいですか。
「コイツぁまだ幼生だな。んで、無謀にも倒そうとして怪我したと」
小粒の魔核とリディアの手に巻いた包帯に目をやって、ゴリマッチョ……もといイーノックはようやくリディアの腕を解放した。
「んん? おいおい、この怪我は危ねぇぞ?」
「んぎ?!」
ぎゅむっ、とイーノックが太い指で押さえたのは、昨日木の根が跳ねてついた目の下の傷。
「目ン玉やられたら死ぬぞ? 幼生だからって舐めちゃいけねぇ」
『なんか……イイ感じに誤解してくれたね』
圧のありすぎる説教に涙目でこくこくと頷くリディアに、〈空間〉からヘリオスがコソッと囁いた。まあ、ワームのことは偶然倒したと取られた様子だし、切り抜けた……?
「ソロはやめて、パーティー組んだ方がいいぞ。なんなら俺が斡旋してやる」
と、イーノック。
親切心からの提案だとわかるが、それは困る。こちらは探られたらよろしくない事情持ちなのだし、何より……恐ろしいゴリマッチョ仲間を斡旋されたら堪らない。
「お、お気遣いなく……。ところで、すごい臭いですね」
リディアは引き攣った笑みで提案を断り、ついでに話題も変えた。
「領主様から今度の駆除作戦に使う魔物を預かってるんだよ。こりゃその臭いだ」
イーノックが示したのは、訓練場。
(駆除作戦に……使う?)
それはいったいどういうことだろう。




