Chapter03-2 急がないと……
翌朝、リディアたちはまた森へ薬草摘みに入った。今回も村人の好感度を上げるため、ウィルはワーム対策の留守番である。
「ええーッ! 俺も行~き~た~いィ~!」
退屈な役を押しつけられたウィルは不満タラタラだが、しかたがない。タダで寝床と食事をもらっている以上、好感度は大事なのだ。
ピピタの林を抜け、リディアとヘリオスは籠を手に座りこんだ。
「あ~~、もうっ! 頑張って採るしかないよね!」
労働が大嫌いなヘリオスも、文句を言いながらも木に絡まっている叫び蔦に手を伸ばし。リディアも無言で薬草の葉を探す。
(早く、早く、たくさん採らないと……)
お金が貯まれば、次の街に移動できる――。
盛大に文句を言いながら叫び蔦と格闘するヘリオスを見る。
「アクベンスが滅びたなんて嘘っぱちさ!」
彼から聞いた話だ。
アグラヴェイン妃は、厄介物の異世界種を自国の軍に追わせてアクベンスを襲わせ、国を荒らした。そして、後からやってきた自軍にその異世界種を討伐させ、さもアクベンスを『助けた』体を装った。
オクトヴィア軍は『守護』を大義名分に、アクベンスを封鎖している。
「オクトヴィア軍が退いた話は聞かない。ならきっと、留まる理由――一族の生存者がいるんだ。だから」
「可能な限り早く、帰りたいんだ」
アクベンスは医療技術、知識において他国の追随を許さない。同胞一人とったって、そこらの医者よりよほど優秀だと。
オクトヴィアもその価値をわかっているはず。ヘリオスに言うことを聞かせるためにも、滅多なことは、しないはず……。
……まるで自らに言い聞かせるように。
(のんびりしている時間はないの。だから、私も頑張らなくちゃ。役に、立たなきゃ)
前回よりもテキパキと、集中して。
(フュゼと往復する日は採集する時間がないもの。だから今日、できるだけたくさん採らなきゃ)
籠から溢れるくらいの葉を集め、今度は芋……もといウィスを探し、せっせと土を掘る。
「リディアー、ぐふぅ、休憩しない?」
もう音をあげてへばっているヘリオスに「もうちょっと」と答えて、土中から姿を現した細長い根を引っぱる。
「なんだよだらしねぇなぁ。さっきから女の子ばっかり働いてるじゃねぇか」
不意に声が聞こえたと思えば。
「パスカルさん?!」
二日ぶりの登場となるジーンの使い魔は、リディアの横に身を屈めると、ポキリ。リディアが引っぱっていたウィスの根の両端を、易々と折って籠に放りこんだ。
「ジーンの代わりに手伝うぜ」
ありがたい助っ人だ。身体能力の高い彼のおかげで、リディアとヘリオスには手の届かない高さに実った木の実も採れ、一人では時間がかかる芋掘りも格段に捗るようになった。
……だがしかし。
(私……私が、頑張らないと……!)
昨夜のメリルの言葉を絶賛引きずり中のリディアには、パスカルの助けが妙な追い打ちになってしまっていた。
(頑張らないと、頑張らないと、頑張らないと、)
パスカルの手を借りなくてもできるように。
自分一人でできるように。
太い根の端を、パスカルを真似て折ろうとして。片手でできず、両手で懸命に力を込めていたら。
ボコッ!
「わっ!?」
力の込め方が悪かったのか、勢いよく根が飛びだし、土が飛び散った。
「リディア、大丈……って血?!」
尻もちをついたリディアにヘリオスが駆けよって、泥と血だらけの手にギョッとし、
「うわ、ちょ、顔にも?! ストーップさわるなァ!」
目を擦ろうとするリディアを慌てて止めた。
「目に入った?」
コクリと頷くリディア。パスカルがやってきて、リディアの手を引いて近くにあった切り株に座らせた。
『大丈夫かい? リディア』
〈空間〉からジーンが気遣わしげに声をかけた。
「……よかった。目を切ったわけではないね」
リディアの手と顔についた泥を水筒の水で洗い流し、根の引っかき傷が眼球ではないことを確認したヘリオスは、「少し早いけど戻ろっか」と、仲間たちを促した。
◆◆◆
さり、さり、と落ち葉を踏み、森を歩く。幸い、リディアの視力はすぐに戻り、今は手を引かれなくとも歩ける。
けれど。
(役に立たなかった! 私、結局お荷物に……)
自らを追い立てての失敗――リディアの気落ちはひどかった。
「そう落ち込みなさんな。お嬢さんはよくやっているよ」
パスカルが慰めてくれたが、気持ちは浮上しない。
「あ! この木の樹液は目薬になるんだ。リディア、帰ったら作ったげるよ」
ヘリオスが道の途中で生えていた木の樹皮を剥ごうとしたその時、
ボコッ!
ヘリオスのすぐ前の地面が割れ、朽葉色に深紅の眼状紋の入った細長い、
「聖者様! ワームだ!!」
教会に出た個体よりは小さい。しかし、大蛇並みの太さのそれでも、人間には脅威だ。
パスカルが咄嗟にヘリオスとワームの間に割りこむが。
「ん?」
パスカルに噛みつこうとしたワームの頭がダランと力を失い、ボトリと地面に墜落した。
直後、ザザザッと土をかきわけて、地中から黒っぽい何かが姿を現したではないか。
「ウウッ?!」
リディアとパスカルが思わず鼻を押さえる。強烈な生臭さ、いや、腐敗臭!
『〈厄災〉!!』
〈空間〉からジーンが叫んだ。
◆◆◆
その生き物は、リディアたちの目の前でワームを食べ始めた。
土を掘るための鋭い爪をナイフのように使い、ワームを小間切れにしながら、一心不乱に食べている。大きなワームの身体があっという間に半分に。すごい食欲だ。
そして半ばまで食べたところで、ようやくその生き物は自分を見つめる存在に気づいた。
「ギィ?!」
モグラのような突き出した細い鼻がヒクヒク。つぶらな黒い瞳をキョロキョロさせ、リディアたちを見つめる生き物は、小型の熊並みの大きさ。さらに全身が黒光りする鎧のような鱗で覆われていた。
(昨日村に出た謎魔物?!)
「プッ」
モグモグ動かしていた口から、謎魔物は赤い石――ワームの魔核を吐き出した。どうやら魔核は食べないらしい。
「大丈夫。僕たちは君に何もしないよ」
オロオロする謎魔物に、ヘリオスがゆっくり話しかけた。
「ギギィ?!(言葉がわかるだ!)」
図体の大きな鱗モグラは途端につぶらな黒目を輝かせた。
「ギッ、ギッ、(オラの仲間見なかったか?オラ迷子になっちまっただ)」
そう言ったかと思うと、突然地面を掘り返し、瞬く間に土中に潜ってしまう。
…………。
ボコッ! パクッ!
ややあって再び地中から這いだしてきた鱗モグラの口には、ワームの幼生?! いや、幼生でも一メトルくらいはあるのだが、またそれを目の前でムシャムシャと平らげて、プッと魔核を吐き出した。
「ギギィ、ギギィ(ここはでっかくて美味しい『ミミズ』がいっぱいいるだ。オラ、でっかいヤツを追いかけてて、仲間とはぐれちまっただ)」
そう言って、謎魔物はシュンと項垂れた。




